第2話 高齢者にタカる人たち
序章
『SNS 神々の堕ちる十日間』の放送から三ヶ月。勅使川原洋司は次の一手を考えていた。
あの番組は大成功だった。視聴率28%、SNSでの再生回数は一千万を超え、国会でも「SNS上のなりすまし犯罪」が取り上げられた。しかし、それで何かが変わったかと言われれば、疑問だった。弁護士や医師が減ったわけではない。ただ、より巧妙になっただけだ。
「次は逆をやる」
勅使川原はそう言って、二ノ宮亨に企画書を渡した。
「今度はお前が老人だ。75歳の孤独な男性。若者たちがどうやって騙そうとしてくるか、記録する」
二ノ宮は最初、笑った。前作のトラウマがまだ癒えていない。あの少女の声で脅迫された日々が、今も悪夢として彼を苛んでいた。
「今度は騙される側ですか。楽そうですね」
「楽じゃないぞ。傷つくのは心の方だ」
二ノ宮はまた承諾した。前作で彼は「化け物」を演じた。今度は「餌」を演じるのだ。
第一章 トシオ
アバターではなく、二ノ宮自身が老人に扮した。特殊メイクで75歳に。白髪のカツラ、手の甲に描かれたしわ、少し猫背気味の姿勢。声は低く、ゆっくりと途切れがちに話す。
「お、おじいちゃん、スマホってものはね…」
練習を重ねた。老人がスマホを操作するときのあの「間」、文字を打つときの震える指、通話中に「ああ、ごめんね。耳が遠くて」と何度も聞き返す仕草。
SNSのアカウント名は「としお1952」。プロフィール画像は二ノ宮の老人メイク写真。自己紹介文はこうだった。
「75歳。妻は五年前に他界。娘も三年前に病気でなくしました。今は一人暮らし。趣味は将棋と散歩。スマホは娘が残してくれたもので、まだよく使いこなせていません。誰かと話せたら嬉しいです。」
たったそれだけの文章で、DMは届き始めた。
第二章 親切な若者たち
「おじいちゃん、こんにちは! 大学生のユウキです。スマホの使い方、教えてあげますよ」
最初に連絡をしてきたのは、大学生を名乗る22歳の男性だった。プロフィールにはボランティア活動の写真が何枚もあり、一見すると善人そのもの。
「わあ、ありがとう。君はいい子だねぇ」(二ノ宮、老人の声で)
「いえいえ。じゃあ、まずLINEを入れましょうか。そっちの方が連絡取りやすいので」
誘導はそこから始まった。LINE、そして電話。老人を装った二ノ宮は「トシオ」として、すべての要求に「よくわからないから教えて」と応じた。
三日目。
「おじいちゃん、実はね、今すぐお金を倍にできる方法があるんです」
「倍? どういうこと?」
「簡単な投資なんです。十万円預けると、一週間で二十万円になります。おじいちゃんの年金、少し余裕ありますよね?」
二ノ宮はためらった。断ろうとしたその瞬間、ユウキの口調が変わる。
「騙してると思ってる? おじいちゃん、疑い深いんだね。じゃあいいや。知らない人が親切にしてくれてるのに、それを疑うんだ。悲しいなあ」
まるで逆ギレだった。まるで親切を拒否された被害者のように。
第三章 泣き落とし
五日目。別の若者。看護師を名乗る27歳の女性「ミサキ」。
「おじいちゃん、私、看護師なんです。高齢者のお世話が仕事で。おじいちゃんを見てると、自分の祖父を思い出して…」
感動的な出会いを装い、数日間はただの雑談。二ノ宮は警戒を緩めかけた。
六日目。
「実は私、困ってて… 弟が手術を受けないといけないんだけど、お金が足りなくて。おじいちゃん、二十万だけ貸してくれない? 給料入ったら必ず返すから」
二ノ宮が「それは難しいな」と断ると、彼女は泣き出した。声を詰まらせて。
「私が嘘つきみたいに… おじいちゃんにだけはわかってほしかった。もういいです。弟、死ぬかもしれません。でもおじいちゃんのせいじゃないですから…」
この「泣き落とし」は驚くほど効果的だと、後の分析でわかった。実際の高齢者の約68%が、このパターンで振り込んでしまうというデータがある。
第四章 脅迫と騙り
八日目。男の声。20代前半。「タカシ」。
「おじいちゃん、先週話した投資の話、どうなってるの?」
「やっぱりやめとくよ。怪しいから」
その瞬間、態度が一変した。
「は? お前、俺を何だと思ってる? この間の通話、録音してるからな。お前が『投資に興味ある』って言った音声がある。これ、警察に言ったらどうなると思う? お前もグルだってなるぞ」
実際には「興味がある」とは一言も言っていない。しかし老人は自分の記憶に自信を失いやすい。これも常套手段だった。
さらに驚くべきは次のケースだ。
「おじいさん、市役所の者です。あなたの口座から不正な引き落としが発生しています。すぐに暗証番号を教えてください。こちらのシステムでロックをかけます」
市役所を名乗る若者(実際は22歳のアルバイト)は、完璧な口調でそう言った。二ノ宮が「電話で暗証番号は教えられない」と答えると、彼はこう言った。
「では、こちらで強制ロックをかけます。あなたの口座は一時間後に凍結されます。解除したかったら、最寄りの窓口で手続きを。ただし、手続きには一ヶ月かかります。その間、あなたの年金は引き出せません」
恐怖を煽る。そして「今ならこちらの仮の口座に移せば凍結を回避できる」と誘導する。完璧な心理操作だった。
第五章 統計
十日間。集まったフォロワー1500人。うち、金銭要求や個人情報の詐取を試みた者は412件。
内訳は以下の通り。
· 「投資」を持ちかける:187件
· 「医療費・手術費」を装う:98件
· 「市役所・警察」を名乗る:72件
· 「泣き落とし型」:55件
最も衝撃的だったのは、この412件のうち約3割が実際に「老人から金を騙し取った経験がある」と平然と語ったことだ。
「だって老人ってさ、金はあるけど使うところないじゃん。俺たちが使ってやるのが社会のためだよ」(23歳・男性・フリーター)
二ノ宮は吐き気を覚えた。前作では大人たちが少女を騙そうとしていた。今作では若者たちが老人を騙そうとしている。どちらも「自分が正しい」と思っている。そこに悪意すら自覚していない点が、最も恐ろしかった。
第六章 特番
『SNS 祈りの行方』は2027年9月に放送された。
視聴率は前作を上回る31%。しかし反応は大きく異なった。
「老人がバカなだけ」
「若者の貧困が問題なんだろ」
「こういう企画が老人を余計に疑い深くする」
被害者であるはずの老人を責める声が、予想以上に多かった。
勅使川原はインタビューでこう語っている。
「私たちは『誰が悪いか』ではなく、『なぜこの構造がなくならないか』を考えなければなりません。少女を騙す大人も、老人を騙す若者も、彼らは『自分は特別悪くない』と思っている。これが最も根深い問題です」
二ノ宮亨はこの企画の後、再び役者を休業した。彼の口から出た言葉は、前作とほぼ同じだった。
「僕が演じたのは75歳の老人じゃない。僕が演じたのは『孤独』という名の獲物です」
終章 その後
特番から半年後、あるニュースが流れた。
「先日、特殊詐欺で逮捕された19歳の少年が、『SNS 祈りの行方』を見て手口を学んだと供述しています。番組を制作したテレビ局は『再発防止に努める』とコメントしています」
勅使川原はそのニュースを見て、しばらく動けなかった。自分の作った企画が、新たな詐欺師を生み出したのだ。
彼は次の企画を考え始めていた。今度は「子供になりすまして、親を騙そうとする」というものだ。しかしその前に、彼は自分自身に問いかけた。
『私は誰を救いたくて、この企画をやっているんだ?』
答えは出なかった。ただ、視聴率は稼げる。それだけ関心がある人は多いのだろう。机の引き出しにはまた新しい企画書が追加された。




