第1話 ロリコンフォロワー
序章
2026年、東京。
テレビ局のディレクター、勅使川原洋司は四十五歳だった。視聴率の取れないバラエティ番組を打ち切られ、企画会議でいつも「もっと尖ったものを」と言われ続けていた。彼のデスクの引き出しには、没になった企画書が三十本以上眠っている。
そんなある日、彼はチェコのドキュメンタリー映画『SNS 少女たちの十日間』の存在を知る。大人の男性がSNSで女子中学生になりすまし、どれだけ簡単に大人たちを釣れるかを実証した作品だった。
「これを日本でやる。しかも、もっと過激に」
彼はそう決めた。
第一章 アバター
勅使川原が目をつけたのは、若手俳優の二ノ宮亨だった。二十三歳。甘いマスクと優しい笑顔が特徴で、アイドル路線から俳優への転身を狙っている。
「二ノ宮くん、これを受けてくれ。君の芝居の幅が広がる」
二ノ宮は躊躇した。十三歳の女子中学生のアバターを作り、音声も合成音声で少女に変え、動画チャットができるSNS「ミライ」で活動するという企画。フォロワーを増やし、どれだけの大人が近づいてくるかを記録する。
「犯罪に近いんじゃないですか?」
「違法性はない。なりすましはグレーゾーンだが、金銭の要求もしないし、会おうともしない。純粋な社会実験だ」
結局、二ノ宮は承諾した。彼にも焦りがあった。二十三歳でパッとしないキャリアに、この企画が何かを変えるかもしれないという淡い期待。
アバターの名前は「みりあ」。プロフィール画像はAI生成の少女。自己紹介文は「13歳、中2。趣味はダンスと可愛い服を着ること。大人と話すのが好きです」。
合成音声は完璧だった。ためらいがちな口調、語尾を上げる独特の話し方、たまに入る「えっと」「あのね」。二ノ宮は元々声域が広く、違和感なく少女を演じ切った。
第二章 増殖
みりあは爆発的に拡散した。
初日でフォロワー二百人。三日目で千人。七日目で三千人を超えた。
「ちょっと待ってくださいよ、勅使川原さん。こんなに来るんですか?」
二ノ宮は困惑していた。みりあの動画投稿は普通の女子中学生の日常を装ったものだった。学校帰りの風景(実際は二ノ宮がロケ地で撮影したもの)、好きなアイドルの話、ちょっと悩んでいる風な相談ごと。
「今日、学校で嫌なことあってさ…。誰か話し相手になってくれないかな?」
その一言で、ダイレクトメッセージが殺到した。
驚くべきはその属性だった。
フォロワーの中には、弁護士、医師、高校教諭、警視庁勤務と称する男、大学教授など、社会的地位の高い人物が少なくなかった。みんな四十代から五十代の男性ばかりだ。
「みりあちゃん、大丈夫? 話聞くよ」
「おじさんは弁護士やってるんだ。困ったことがあったら相談して」
「先生はね、君くらいの娘がいるんだ」
彼らは皆、最初は親切な大人の仮面をかぶっていた。
第三章 変質
十日間の記録は、予想以上に早く闇に沈んだ。
五日目。
「みりあ、くるっと回って見せてくれないか?」(自称・医師、五十代)
「えっ? どういうことですか?」(二ノ宮、困惑しながらも少女の声で)
「くるっと一回転。服はそのままでいいから。可愛いから」
二ノ宮は無視した。するとメッセージが続く。
「無視するのは良くないよ。みりあはいい子だから、おじさんの言うこと聞くよね?」
二ノ宮は勅使川原に相談した。
「断ってください。それがリアルですから」
断った。
その瞬間、態度が一変した。
「お前みたいな小娘が調子に乗るな。今までの会話はスクリーンショット保存してある。学校にばらまいてもいいんだぞ?」
「一緒にいる友達の名前も知ってるからな」
脅迫が始まった。
第四章 共犯
六日目。別のフォロワー(自称・高校教諭、四十二歳)からも同様の要求が来る。
「セクシーなポーズして。ほら、胸を強調するような」
断ると、「学校に電話するぞ。お前がこんなアカウントやってるって通報してやる」と。
さらに別の男(自称・警視庁勤務)はこう言った。
「未成年のアカウント運営は保護者の同意が必要だ。無断でやってるんだろ? だったら俺がお前の親に連絡するぞ。ただし、俺の言うことを聞けば黙ってやる」
驚くべきは、これらの脅迫に屈するフォロワーが後を絶たなかったことだ。
「ごめんなさい。言うこと聞きます」
そう返事をしてくる少女たちが実在するという事実を、二ノ宮はこの企画で初めて知った。
第五章 墜落
八日目。
弁護士と名乗る男(四十七歳)からのメッセージ。
「みりあちゃん、おじさんは法律の専門家だ。君のアカウントには違法な点がいくつかある。通報されたくなかったら、今夜ビデオチャットで話そう」
ビデオチャットを開始すると、男は画面の向こうでズボンを下ろしていた。
「これを見てごらん。これをお前の中に入れたいんだ」
二ノ宮は吐き気を覚えた。それでも役者として、怯える十三歳の少女を演じ続けた。
「や、やめてください…」
「やめてほしかったら、お前も服を脱げ」
この瞬間、二ノ宮は気づいた。この企画は社会実験ではない。彼らはみんな、最初からこれを目的に近づいてきていたのだ。親切な大人の仮面は、最初から罠だった。
第六章 記録
十日間。
集まったフォロワー三千二百人。うち、直接的な性的要求や脅迫を行ったアカウントは二百三十件。弁護士、医師、教員、警察官、会社役員…肩書を名乗った者だけで七十八名。
勅使川原は全てを記録していた。画面録画、メッセージのスクリーンショット、ビデオチャットの内容。
「これで特番ができる。衝撃だ」
彼はそう言って笑った。二ノ宮は笑えなかった。
「この人たちの顔と名前、出せるんですか?」
「モザイクはかける。でも、肩書と年齢は出す。それが証拠だから」
終章 その後
特番『SNS 神々の堕ちる十日間』は2026年12月に放送された。
視聴率は驚異の28%。SNSでトレンドワードの一位を独占した。
弁護士の男は弁護士会から除名処分。医師の男は医院を閉鎖。高校教諭は懲戒免職。警視庁勤務と名乗った男は架空の肩書だったが、別の犯罪で逮捕された。
しかし、番組の最後に流れたテロップは、視聴者に静かな恐怖を残した。
「なお、本番組で記録された二百三十件の要求のうち、実際に少女たちが『はい』と返答したケースは、日本国内で年間約一万二千件に上ると推定されています。この番組はフィクションですが、現実はこれを上回ります」
二ノ宮亨はこの企画の後、役者を休業した。インタビューで彼はこう語っている。
「僕が演じたのは十三歳の少女じゃない。僕が演じたのは、この社会の化け物だったんだと思います」
勅使川原洋司は次の企画をすでに考えていた。今度は「老人になりすまして、どれだけの若者が金を騙し取ろうとするか」というものだ。
彼はまだ気づいていない。自分もまた、この化け物の一員であることを。
――終わりに代えて
これはフィクションです。しかし、あなたのスマホの通知が鳴るたび、画面の向こうには優しい笑顔の化け物がいるかもしれません。




