表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SNSに潜む魔物たち  作者: はまゆう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/4

第3話 ロマンス詐欺

序章


勅使川原洋司は、これまでのニ作で一つの結論に達していた。SNS上の詐欺は、もはや「特殊な犯罪」ではない。「日常」そのものだ。


そこで彼は考えた。これまではプロの俳優・二ノ宮亨が一人で全てを演じてきた。しかし、それは「作り物」の域を出ない。もっとリアルなものを撮るには――実際の孤独な人々を被験者にする「ロマンス詐欺」だ。


「エキストラ事務所に依頼する」


集められたのは10人の被験者。


男性(60~80歳)


1. 田中(67歳) – 元サラリーマン。妻に先立たれて5年。子供は独立。

2. 鈴木(72歳) – 元公務員。離婚歴あり。現在は一人暮らし。

3. 佐藤(75歳) – 元教師。妻は施設入所中。毎週一度面会に行く。

4. 高橋(64歳) – 元自営業。定年後は何もすることがない。

5. 渡辺(80歳) – 元銀行員。趣味だった囲碁の友達も次々に他界。


女性(45~65歳)

6. 伊藤(58歳) – パート勤務。夫とは三年前に離婚。

7. 山本(62歳) – 元看護師。現在は無職。子供はいない。

8. 中村(49歳) – 契約社員。結婚願望はあるが「もう無理」と諦めている。

9. 小林(55歳) – 専業主婦だったが夫に先立たれ、現在は一人暮らし。

10. 加藤(65歳) – 元事務職。親の介護で結婚できなかった。


全員に共通するのは「孤独」だった。毎日誰とも会話をしない。スマホの通知が来るたびに心が踊る。そして、誰かと「繋がりたい」と願っている。


ルールはシンプルだった。


· フェイクのSNSアカウント(名前・年齢・職業は架空のもの)を作成する

· 週3回以上、普通の日常を投稿する(写真はAI生成またはロケ地で撮影したものを使用。ない場合のためにスタッフがメールで送るので使用。文章もスタッフが作成するのでコピペして投稿もOK)

· 届く友達リクエストは全て受け入れる

· メッセージのやり取りは全て記録する

· 毎日のチャットログを翌日正午までに二ノ宮亨の専用アドレスに提出する

· 期間は2ヶ月(60日間)

· 送金は絶対にしない


二ノ宮は今回、“記録者”と番組のナレーターに徹する。彼は毎日届く10人分のチャットログを読み、分析し、そして番組の構成を考えた。


「60日間… 長いですね」


「ああ。それがリアルだからな」


第一章 始まり


被験者たちにフェイクアカウントが配布された初日。彼らは戸惑いながらも、自分の写真や趣味の投稿を始めた。


田中(67歳・男性)は、自分の庭で撮った花の写真を投稿した。


『今日もバラが咲きました。綺麗です。』


数時間後――


友達リクエスト:「サラ」(プロフィール写真:30代後半の金髪美女)。職業:国境なき医師団医師 現在はシリア在住。


「Hello, Tanaka-san. あなたのバラ、とても美しいですね。私は花を育てることができませんが、見るのは大好きです。友達になれますか?」


田中は驚いた。自分なんかに、こんな美しい人が友達リクエストを送ってくるなんて。彼は承認した。


「こんにちは。サラさんは医者なんですか? すごいですね」


「いいえ、私はただの人です。でも、戦地で働くことで、少しでも誰かの役に立ちたいと思っています。田中さんは何をされているんですか?」


会話は続いた。サラは田中の仕事の話を興味深く聞き、趣味のガーデニングを褒め、そして「あなたは優しい人ですね」と言った。


その日の夜、田中は二ノ宮にこう報告した。


「初めて、誰かとちゃんと話した気がします。彼女は偽物だとわかっています。でも… それでも嬉しかったんです」


第二章 増殖


一週間が経過した。10人の被験者全員に、複数の友達リクエストが届いていた。


パターンは驚くほど似通っていた。


男性被験者に届く「女性詐欺師」の肩書き


· 国境なき医師団(シリア在住)

· 中国の富豪(上海在住)

· 中東の実業家(ドバイ在住・石油関連)

· 米軍エリート(アフガニスタン駐留)

· 国際線CA(パリ在住)

· モデル(ミラノ在住)

· 声楽家(ウィーン在住)

· 看護師(テキサス在住)


女性被験者に届く「男性詐欺師」の肩書き


· 国境なき医師団(イエメン在住)

· 米軍パイロット(カタール基地)

· 石油技師サウジアラビア

· 投資顧問ロンドン

· 建築家ドバイ

· 大学教授ケンブリッジ

米軍エリート(アフガニスタンまたは、イスラエル勤務)


そして、ある共通点に二ノ宮は気づいた。


同じ写真を使い回しているのだ。


「サラ」として田中に近づいた詐欺師のプロフィール写真。その同じ写真が、別の被験者・鈴木(72歳・男性)には「看護師のジェシカ」として、高橋(64歳・男性)には「モデルのエマ」として届いていた。


名前も肩書きも違う。しかし、写真は同じ女性。


二ノ宮は分析した。


「この写真はおそらく、誰かのSNSから盗用されたものか、AI生成でしょう。詐欺師たちは一つの写真を何度も使い回し、複数の被害者を同時に騙している」


さらに衝撃的だったのは、一人の被験者に複数の詐欺師が同時にアプローチしていたことだ。


佐藤(75歳・男性)のケース。


· 一人目:「シリアの医師・ナディア」 → 毎日「おはよう」から始まる長文メッセージ

· 二人目:「中国の富豪・リン」 → 「一緒にビジネスをしないか」と投資話

· 三人目:「米軍のエリート・マリー」 → 「退役したら日本に住みたい」と将来の夢を語る


佐藤は75歳で、施設に入っている妻の面会に週一度行く以外、誰とも話さない。彼はこの三人全員とチャットを続けた。一日中スマホを見つめて。


第三章 依存


15日目。


伊藤(58歳・女性)のチャットログに異変が現れた。


彼女にアプローチしてきたのは「米軍パイロットのジェームズ」(38歳・イケメン設定)。毎日朝6時に「Good morning, sweetheart」というメッセージが届き、夜11時に「Dream of me」で締めくくられる。


伊藤は夢中になった。


「彼は毎日私のことを考えてくれている。私の誕生日も覚えていてくれた。夫は忘れてたのに…」


彼女は毎朝5時に起きるようになった。ジェームズの花束の画像と優しい愛のメッセージを待つために。夜は11時まで眠らず、チャットを続ける。彼の「おやすみ」まで。


彼女の生活は、完全にジェームズのリズムに支配されていた。


二ノ宮は彼女に連絡した。


「伊藤さん、依存しすぎないように気をつけてください。彼は偽物です」


「わかってます。でも… これが偽物でも、私はこの気持ちを止められない」


二ノ宮はその言葉に、何も言えなかった。


第四章 空爆


25日目。


田中(67歳・男性)の担当詐欺師「サラ」から、いつもと違うメッセージが届いた。


「田中さん、助けてください。今、近くの病院が空爆されました。ものすごい音がして、建物が揺れています。怖いです。ここにいたら、私も死ぬだけかもしれない…」


田中は画面を見つめて、どう返信すればいいかわからなかった。


「サラさん、大丈夫ですか? 無事ですか?」


「今は隠れています。でも、もう限界です。脱出したい。シリアから出たい。でも渡航費がなくて… 後で必ず返します。田中さん、お金を貸していただけませんか?」


添付されていたのは、アフリカの某国の銀行口座。聞いたこともない銀行だった。


田中は長い間考えた。偽物だとわかっている。でも、もし本当だったら? もしサラが実在して、本当に危険な目に遭っているとしたら?


彼は送金しなかった。ルールだから。


しかし、その日のチャットログにはこう書かれていた。


「私は今日、見殺しにした。たとえ偽物でも、自分の手を汚したくないと思った。でも… もしこれが現実だったら、私はお金を振り込んでいたと思う。彼女の『助けて』という言葉が、頭から離れない」


第五章 同時進行


同じ頃、他の被験者にも同様の「渡航費要求」が届き始めた。


鈴木(72歳・男性) 担当「ジェシカ(看護師)」:

「私のいるキャンプが襲撃されました。もう無理です。日本に逃げたい。鈴木さんに会いたい。渡航費40万円、貸してもらえませんか? 銀行には何ヶ月分ものお給料が振り込まれています。ここでは下ろせない。日本に着いたら必ず返します」


口座:ナイジェリアの銀行


山本(62歳・女性) 担当「マーク(米軍パイロット)」:

「任務が終わったら日本に行く約束をしたよね。でも、軍が渡航費を出してくれないんだ。あなたに会うためにお金が必要だ。30万円、君の名前で預金してほしい」


口座:ガーナの銀行


中村(49歳・女性) 担当「アレックス(石油技師)」:

「ドバイから日本への飛行機代が足りない。資金が凍結されてて、下ろせないんだ。50万円だけ。会ったらすぐに返す」


口座:ケニアの銀行


全員が「後で返す」「会ったら返す」「絶対に騙したりしない」と約束する。しかし、要求される口座は全てアフリカの怪しい銀行。一度振り込めば、回収は不可能な場所ばかりだった。


二ノ宮は全てのログを読みながら、あるパターンを発見した。


詐欺師たちは「危機」の種類を使い分けている。


· 空爆・戦闘シリア・イエメン・アフガニスタン → 緊急性が高い

· 病気・事故(自分や家族) → 同情を誘う

· ビザ・税金(役所の問題) → 制度に詳しい層を狙う

· 投資話(倍になる) → 欲を利用する


そして、どのケースも「渡航費」という形で30万~70万円を要求する。高額すぎず、低額すぎない。「出せなくはない」絶妙な金額設定だった。


第六章 感覚の狂い


40日目。


被験者たちの「感覚」が明らかに狂い始めていた。


佐藤(75歳・男性) は、担当詐欺師の「ナディア(シリアの医師)」から毎日「おはよう」と「おやすみ」が来ないと、不安で眠れなくなった。


「今日はまだメッセージが来ていません。彼女は無事でしょうか? 空爆に巻き込まれたのでは? 私は今、彼女がいないとダメな人間になってしまいました」


加藤(65歳・女性) は、担当詐欺師の「ロバート(建築家)」からプロポーズされた。


「あなたと結婚したい。すぐにでも日本に飛ぶ。そのための書類代が10万円かかる。貸してほしい」


加藤はその日のログにこう書いた。


「プロポーズされました。偽物とわかっていても、泣きました。10万円なんて安いものです。でも送金できません。ルールだから。もしルールがなかったら、私は振り込んでいた。喜んで。」


後でわかったが、彼女はそう言ってこっそり10万送金してしまった。


二ノ宮はこのログを読んで、自分の役割に疑問を感じ始めた。僕は何をしているんだ? これらの人々の「孤独」を利用して、ただのデータを集めているだけじゃないか?


第七章 クライマックス


50日目。


最も衝撃的な出来事が起こった。


高橋(64歳・男性) が、担当詐欺師の「モデル・エマ」から「会いたい、交通費を出して欲しい」と言われ、送金した後、スタッフから注意を受けて睡眠薬を過剰摂取したのだ。


「エマに会えないなら、生きている意味がない。偽物でもいい。その偽物に愛されたかっただけだ」


幸い、高橋は一命を取り留めた。彼のチャットログに異変を感じた二ノ宮が、すぐに事務所に連絡し、スタッフが駆けつけたのだ。


この事件を受けて、勅使川原は「実験を中止するか」一瞬考えた。しかし高橋本人が言った。


「続けてください。私は自分の弱さを知りたいんです。なぜ、偽物にここまで依存してしまったのか。その答えを、この実験で見つけたい」


第八章 終了


60日間が終了した。


10人の被験者全員が、それぞれ複数の詐欺師から「渡航費要求」を受けていた。


集計結果


· 総友達リクエスト数:247件

· うち「詐欺」と特定されたもの:189件

· 同じ写真を使い回していたパターン:12種類

· 「渡航費」として要求された総額(実際には送金していない):約3800万円

· 要求された口座の内訳:ナイジェリア(47%)、ガーナ(23%)、ケニア(15%)、その他アフリカ諸国(15%)


要求内容の内訳


· 空爆・戦闘からの脱出:34%

· 病気・事故の治療費:28%

· ビザ・税金・書類代:22%

· 投資・ビジネス話:16%


そして、最も衝撃的なデータがあった。


実験終了後のアンケートで、10人中9人がこう答えている。


「もしルールがなかったら、お金を振り込んでいた」


たった一人だけが「振り込まなかった」と答えた。その理由は「預金が底をついていたから」だった。

そしてこっそり送金した人も2名いた。



終章


特番『SNS ロマンス詐欺』は2029年9月に放送された。


2ヶ月にわたる記録映像、10人の被験者の生の声、詐欺師たちの巧妙な手口――全てが赤裸々に描かれた。


視聴率は23%。特に50代以上の視聴率は41%という驚異的な数字だった。


番組の最後に、被験者たちの言葉がテロップで流れた。


田中(67歳):

「サラは偽物です。でも、彼女がくれた『おはよう』は本物でした。それがすべてです」


伊藤(58歳):

「ジェームズにプロポーズされた時、本気で結婚しようと思いました。55歳で初めてのプロポーズでしたから」


佐藤(75歳):

「ナディアが『あなたがいなければ生きていけない』と言った時、私も同じ言葉を返しました。偽物同士の愛。でも、それでよかったんです」


高橋(64歳):

「睡眠薬を飲んだのは、エマに『会いたい』と言われたからじゃない。『会えない』現実に耐えられなかったからです。僕が欲しかったのは、誰かに『必要とされる』という感覚だけでした」


二ノ宮亨はこの企画の後、しばらく何も話せなくなった。彼は10人の被験者から毎日届くチャットログを読み続けた。彼らの喜び、不安、絶望、そして愛を。


あるインタビューで彼はこう語っている。


「僕は今回、初めて『孤独』そのものと向き合いました。詐欺師は悪い人間ですか? そうです。でも、騙される人も悪いのですか? いいえ。ただ寂しかっただけです。」


勅使川原洋司はこの企画の後、彼自身もカウンセリングを受けることになった。10人の孤独があまりに重く、自分の心が潰れそうだったからだ。


彼は次の企画を考えていない。初めて、何も考えられなかった。


そして今日も、どこかのスマホに「ハロー」が届いている。


その向こう側に誰がいるのか、誰も知らない。


---


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ