「ブレンド・ニュー・ワールド」②
* * *
サークルについて、あれでもない、これでもない、と悩んでいる間に七月に入ってしまい、私は完全にタイミングを逸してしまった。
燈子は、私と見学に行った写真サークルに入るのかと思われたが、そうではなく私には名前の分からないカードゲームの団体にいつの間にか入っていた。が、それからも毎日のように私と一緒に帰るので、
「サークル、行かなくていいの?」
そう尋ねてみたところ、
「こないだの土曜日に新歓やったんだけど、もういいか、って感じ。元々非公認の同好会だし、気が向いたら来る、みたいなノリでいいって」
例のあっけらかんとした調子でそう言っていた。
「それより、バイトの為に時間使いたいかな」
「ああ、確かに……」
七月上旬では梅雨も明けておらず、その日も相変わらず雨が降っていた。
二限目が同じ経営学概論だったので、いつもそのまま二人で学食に行って昼食を取る事にしているが、傘を差しながら敷地内を移動している最中に彼女がサークルの先輩から声を掛けられた為このような会話になった。
「私も探さなきゃな、バイト」
「亜衣は、何かしたい仕事とかあるの?」
「やっぱり飲食系かなあ。土日は休みたいから、平日の夜の時間帯だとベスト」
一年次では、やはり時間割で全休を作るのは難しかった。
「飲食って、ホステスとか?」
「ち、違うよ! 普通に、ファミレスとかファストフード店とか……」
真面目な顔で言ってくる燈子に、私は慌てて否定する。
「えー、行けると思うけどなあ、亜衣なら」
「そういう燈子には、何か希望はあるの?」
「ふっふーん、私はね」
彼女は何故か得意げにそう言ってから、矢庭に身を屈め、声を潜めるようにして囁いてきた。
「モデル」
私は「モデル?」と鸚鵡返しする。
「そう。ファッション誌とかの撮影の。結構、募集してるとこあるんだ」
頭の中で、現実でそういうものがバイトになるのだという事が上手く呑み込めなかった。否、信じられないという訳ではなく、そういった話は私たちとは別世界の事であるような気がしていた。
だが、一瞬の思考の遅延を経て、燈子ならば或いはありかもしれない、と胸中で呟いた。
「何なら一緒にやってみる? 報酬は撮影の度に貰える、ってところにしたら、一回だけでも全然OKだと思うよ」
「い、いいよ、私は。顔が本に載るのとか、ちょっと抵抗がある」
「そうかなあ? ……ま、無理強いはしないけどね。亜衣も元はいいんだからさ、自信持ちなって。そうだ、今度一緒に服買いに行こうよ。私も、普段はこんなんだけどさ、コーディネートには多少自信があるんだ」
私は、燈子のような大胆な服装は私には似合わない、と思いながら、ふと、本当は自分も最初、高校は私服校に通いたかったのだよな、と考えた。
私は第一希望だった公立受験に落ちたので、滑り止めで受験して合格していた私立の高校に通った。一緒にその公立高校を目指していた友人は合格し、それぞれの入学から暫らくの間は定期的に休日に会ったりもしていたが、その彼女が「思ったより自由じゃないよ」とぼやいていた。
「うちのお祖母ちゃんさ、そういうのうるさいんだよね。例えば私が夏、キャミで出ようとしたら、そういう格好で遅くまで出歩くと悪い人に狙われやすいからやめておけ、とか言ってきたりさ。中学じゃスカート丈とか細かかったし、それで普通だと思ってるんだろうね。ミニスカで玄関まで行っただけで、信じられないものを見た、みたいな顔されて」
気にしなければいいんじゃないの、と私が言うと、
「そう単純な問題でもないんだよね……」
と、やや憂鬱そうに溜め息を吐いた。
気持ちは分からないでもなかった。実際に大学に入り、私服通学が日常になった今では、私も身を以て痛感する。
私も、普段の燈子のような大胆な服装の同年代の女子を見かける度に、よくそんな度胸があるな、などと思うが、考えてみれば今、私が結局高校時代の制服の延長線上にあるような服装に「落ち着く」と感じるのも似たようなものだ。身内や、私の事を知っている人たちからの目が気になる。私の勝手でしょ、と言えたらそれで済む話ではあるのだが、それ以前に、見られる事自体に気まずさを覚える。
似合うファッションというのは即ち、身の丈に合ったファッションという事を意味しているのではないか、と思う。
燈子がコーディネートしてくれると言った時、私は確かに彼女であれば私にとって間違いのないものや組み合わせを選んでくれるのだろうな、と思いながら、そもそも私が今したいファッションとは何なのだろう、という考えをちらりと脳裏に過ぎらせた。
そのような事を考えながら、
「まず、バイトしてお金が入ってからね」
私は冗談めかしてそう言った。
燈子はふふっと小さく笑ってから、
「そりゃそうだ」
と応えた。
* * *
それからは、私たちの会話の内容に、それぞれのアルバイトの件がどうなったのかという事は殊更に現れなかった。
私は求人サイトを見ていて、自宅からそう離れていないファミレスが私の希望通りの時間帯で募集を掛けている事を知り、連絡して履歴書を出した。採用は比較的スムーズに決まり、夏休みに入る前にはシフトに参加出来ていた。
ファッション誌のモデルをしたい、と言っていた燈子がその希望を叶えられたのかは分からなかった。丁度その頃、梅雨の終わりと時期を同じくして各授業はテスト期間に入ったり、期末レポートの提出があったりした為、私たちの話題はどうしてもそちらに偏りがちになったのだ。
燈子のバイトの事については暫らくの間頭から抜け落ち、考える事をしなくなっていた私だったが、夏休みに入ってから、そういえばどうなったのだろう、と、何かのきっかけでちらりと思い出した。
その疑問は、私自身思いも寄らなかったタイミングであっさりと解消される事になった。
たまたま私用で、彼女の自宅のあるO**市を訪れ、そこでこれもまたたまたま立ち寄ったドラッグストア──薬ではなく、一緒に売られている飲み物や軽食を買うのが目的だった──で、彼女の姿を見かけたのだ。
彼女はグレーの制服を着、サプリメントの棚でせっせと品出しをしていた。私が近くに居る事には気付いていないらしく、私は最初、話し掛けようか、とも思ったものの、すぐに思い留まった。
仕事中に話し掛けて邪魔をするのもどうかと思った、という事も無論あった。しかしそれ以上に──何処がという訳ではないが、普段とは何となく雰囲気の異なる彼女の様子に、彼女は今知人から話し掛けられる事は嫌なのではないか、という直感が自然に働いた。
バイトが決まった時、私は彼女にその旨を伝えると同時に、そういえばモデルの件はどうなったのか、と尋ねた。彼女はまだ応募していない、と言い、その後の事については不明のままだったのだが、その時にはもう、このドラッグストアでのバイトは始まっていたのだろうか。
結局私は、彼女には声を掛けないまま会計の為にレジへと向かった。
彼女は、私が退店する時まで、こちらが訪れていた事には気が付かなかったようだった。




