「ブレンド・ニュー・ワールド」③
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私用というのは、同じ公立高校を目指していたという件の友人に会いに行く事だった。彼女はO**市の大学に通い始め、入学と同時に学校の近くのアパートで一人暮らしを始めたという事で、久々に連絡を取った時、
『亜衣、泊まりにおいでよー』
と誘われた為、旧交を温めに行く事にしたのだ。
その香織という友人も多忙な毎日を送っているらしく、特に一人暮らしだと何かとお金が掛かるので、バイトに明け暮れる毎日だ、と、そこまで深刻そうではないながらも電話でぼやいていた。
その日は午後から会う事にしていたが、香織はその午前中もシフトを入れられていたらしく、私が「少し早く着いた」と言うと、その事を告げた上で、
『今上がったところだから駅で待ってて』
と言った。
私はそれに対して、
「いや、私がそっちまで迎えに行くよ」
と返した。彼女の働いているチェーン店のカフェについては、以前から既に教えられていた。
「お腹空いたでしょ? どっかその辺でお昼にしよう」
ドラッグストアを出てから、香織のバイト先までそこまで離れていなかったという事もあった。三分程度で私はそこまで行き、丁度店を出てくるところだった彼女に手を振った。
香織は丁度、午後から出勤だったらしい同い歳くらいの女の子たちと擦れ違うところで、「お疲れ様」と声を掛け合っていた。
彼女の印象は、最後に会った高校時代とそこまで変わっていなかった。そこまで派手ではないペールブルーの半袖のワンピースを纏い、麦藁っぽい編み方のメッシュキャップを被っていた。
他方、彼女と擦れ違った女の子たちは皆お腹を開けたキャミソールを身に着け、一人は後ろからだと殆どブラ同然に見えた。あれで電車に乗ったりするのかな、と思い、やっぱり私には勇気がない、と胸中で独りごつ。
香織は私の方に小走りで駆け寄って来ると、「久しぶり!」と言いながら抱きついてきた。仲のいい女子同士だと取り立てて珍しい事ではなかったが、そこで私の脳裏に、この間燈子と話した時に出た「カルチャーショック」という言葉が連想的に浮かんだ。
「ごめんね、待った?」
「ううん、全然。私も、ちょっと寄り道して来たし」
私は言い、ドラッグストアのレジ袋を示した。
私たちは香織の住んでいるアパートに向かって歩き始め、その道中で彼女がよく学校帰りに寄るという定食屋で昼食にする事にした。私は先程のカフェでも良かったのだが、香織は
「同僚の居る前でオフって、何か恥ずかしいでしょ」
と言って拒否した。
「あの子たち、同じ大学じゃないの?」
「違う違う、高校生だよ、あの子たち。夏休みだから稼ぎ時って、次々応募してきちゃって。新人教育は殆どこっちに任されてる」
「高校生?」
「びっくりだよね、色々と」
定食屋で席に就き、注文した料理が運ばれて来ると、私たちは改めて近況を報告し合った。私が高校に進んだ時、同じ中学から上がった知り合いが誰も居なかったので香織からは心配されたが、やはり今回も彼女からは真っ先に「同じ高校だった人、居る?」と確認された。
彼女はどうやら、新しい環境に移る度、私にとって友達作りがこちらの思っている以上にハードルの高いものだと考えているらしい。彼女自身がそれを体験したのかもしれないが、私は苦笑しながら
「居ないけど、友達ならもう出来たよ」
と先回りして言った。
「丁度、こっちに住んでる子でね。さっきもドラッグストアで見かけた。バイト中みたいだったから、話し掛けなかったけど」
私が言うと、香織はそこでやや驚いたような顔をした。
「亜衣、F**大だって言ったよね? だったら私、その子知ってるかも」
「えっ?」
「野田燈子っていう名前じゃない、その子?」
香織に言われ、私は「何で知ってるの!?」と素っ頓狂な声を出してしまった。
「こないだ、ゼミで仲良くなった友達から合コン誘われてさ」
「早いよ」
「で、その友達が呼んだ高校時代の知り合いが、その子だったの。自己紹介の時、その子F**大に通ってるって言ったから、亜衣と同じとこだな、って思って印象に残ってたんだ」
「凄い偶然もあるもんだね」
私は言ったが、心の何処かには、またか、と思う気持ちもあった。
ゼミや、抽選のあったスポーツの授業の時、初対面の学生たちはまず知人の話題で盛り上がる。その中で、中学校や高校が同じだったとか、共通の知り合いが居たという話が飛び出す事が多く、私は何だか自分一人が「世間は狭い」の「例外」の方に含まれる事の方が多いような気がしてアウェー感を感じていた。
そうか、香織と燈子は会った事があったのか、と思いながら、燈子が私の知らないところで他校の学生たちと繋がり、合コンに参加したりもしていたという事に、やはり彼女は私よりも進んでいるな、と感じた。
「私の同じゼミの子だけどね、その燈子って子に再会した時、彼女が髪染めてた事にびっくりしてた。高校の時はどちらかっていうと、大人しい雰囲気のある子だったみたいだから。大学デビューってやつかな」
「それは、高校の校則がうるさかったからじゃない? 向こうだと、皆もっとあっけらかんとしてるってよ」
「向こうって?」
「アメリカ。燈子、帰国子女だって言ってたでしょ」
「えっ、そんな事言ってなかったよ?」
香織の言葉に、私の方が面食らってしまう。
「ゼミの子、高校時代の友達って言ってたけど、厳密にはそれよりも前から付き合いがあったみたいでね。小学校の頃から一緒だったって」
「嘘、だって彼女、英語はペラペラだったし──」
「それも、特技だって言ってた。小学生の頃、習い事で英会話スクールに通っていたみたいで」
香織はそこまで言ってから、「ははあ」と一人で納得したように肯いた。
「大学入って、殻破りたかったんじゃないかな、彼女? だけど、何となく恥ずかしかったから、見栄張ってたのかも」
私はそれを聞きながら、頭の中に、カルチャーショックの調整期間、融合期間という言葉を浮かべていた。
それに引っ張られるように、モデルをしたいと言った時の燈子の顔と、一時間程前にドラッグストアで見かけた彼女の、せっせと品出しに勤しんでいる姿が同時に想起された。
昔の自分の事を知っている人が近くに居たら、確かに私に言ったのと同じような話は出来ないよな、と思った。また、香織の言葉を借りれば「殻を破る」という事へのハードルも、周囲との人間関係がゼロからスタートという時よりも高いものになるだろうな、とも。
私が言葉を探している間に、香織は席の傍を丁度通り掛かったウェイターを呼び止め、「食後のデザートお願いします」と頼んでいた。
私はそんな彼女を見ながら、夏休みが明けたら、これまでよりも短いスカートを穿いてみよう、と思った。
(ブレンド・ニュー・ワールド 終)
「ブレンド・ニュー・ワールド」はこれでおしまいです。本作では「カルチャーショック」と「ファッション」がキーワードになっていますが、作中で亜衣や燈子の触れている通り、前者には幾つかの段階が存在するそうです。最初は「ハネムーン期間」で、憧れを抱いて異国の土を踏み、見るもの全てが新しく、これからの生活に心を躍らせている状態ですが、それから文化の違いやあらかじめその国に抱いていたイメージとの乖離から「移行期間」に入り、ここでパリ症候群は起こります。しかしやがて、その文化を受け入れ出す「調整期間」になり、最終的には自らもその文化を当たり前のものとして日常に溶け込んでいく「融合期間」に至ります。
この「融合」が国単位で起こり、新しい文化が誕生すると「アカルチュレーション」と呼ばれますが、本作の題名はこれを意識したものでした。ポップカルチャーだ韓国ファッションだといいますが、よくよく考えれば現代の日本の若者文化(一概にそういう言葉を使うのは創作者としてやや抵抗がありますが)といってイメージするものも、伝統文化という意味で捉えるとまだまだ歴史は浅いです。
とはいえ、今回は文化変容や異文化体験が主題ではなく、一見方向性の違う二人の女子大生が関わる中で影響を及ぼし合うというのが主な筋でした。結末まで読むと亜衣と燈子は根を同じくしている事が分かり、亜衣は最後にそれに気付いた時、少しだけ燈子に近づきます。まとめるとそれだけの話ですが、この「何かちょっといい感じ」はニュアンスで察して頂くしかありません。こういう時、私は言葉の不自由さと、表現方法としての小説の効果をつくづく実感します。
そろそろ新連載の執筆に取り掛からないと本当にマズいので、ノンシリーズものの連投はここで一旦おしまいにします。『晩歌 -BANKA-』も含め最近色々なものを投稿していますが、お読み下さった方々が一つでも「あ、これ好き」という作品を見つけて下されば幸甚に思います。




