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未分類  作者: 藍原センシ
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「ブレンド・ニュー・ワールド」①

 寄り道をするつもりはなかったが、結局する事になった。

 ターミナル駅から隣県へと至る在来線は、丁度私たちの大学の最寄り駅を通過した辺りで山道に入る。動物との衝突が起こったり、秋や冬には落ち葉や雪が線路に積もって遅延するという事もしばしばある。そうでない時も、単線の為、ターミナル駅から下りに入って二つ目の駅で行き違いを行う為、反対側が遅延するとこちらも待機を余儀なくされる。殆(ほとん)ど、時刻通りに運行される事の方が珍しいといっても過言ではない。

 今日は、梅雨入りから間もない大雨の影響で電車の遅延が起こった。ターミナルのS**駅に着いてから、自宅通学の私と燈子(トモコ)はそれぞれバスと別の電車に乗り換えて帰宅するのだが、どちらもいつもS**駅で下車してからいちばん早いバスと電車の発車時刻まで、時間的な余裕はそこまでない。

 燈子の方は十分程度で、駅構内のみの移動なのでそこまで焦る必要はないが、私は下車後、外のバスプールまで五分で移動し、バスに乗らねばならない。それを逃した場合、次の便は三十分後だ。だから、いつも私は電車がホームに停まる前に燈子と別れの挨拶を済ませ、停車するや否や駆け出してコンコースへの階段をダッシュで上がる、というのがルーティンだった。

 大学の時間割では、放課となる時刻もまちまちだが、おかしなもので、私も燈子も電車でS**駅に着くと毎回、最も早い乗り換え後のバスや電車の発車時刻まで余裕がない。

 燈子以上にぎりぎりの私も大抵間に合う──無理矢理間に合わせているという方が近い──が、今日はそもそも大学の最寄り駅から乗車する時点で三十分以上の遅延があった為、私たちは早々に早い帰宅を諦めていた。元々、サークル紹介に顔を出していた時点で帰りが遅くなる事は分かっていたし、そもそも早く帰ったところで特にする事もなかった。

 S**駅に着いた時点で、時刻は午後六時半を過ぎたところだった。

「少し早いけど、どっかで食べて帰ろうか?」

 燈子にそう提案され、二人で駅舎を出て間もない所にあるハンバーガーショップに入った。

「大学入ると、こういう事出来るようになるからいいね」

 席で向かい合って座ると、燈子はそう言った。

「高校って、ドラマ程自由じゃないからなあ」

 彼女は、幼い頃から両親の仕事の都合で海外を転々としており、高校二年次までは米国に居たと言っていた。その為日本語に飢え、向こうではオンデマンド配信されている日本のテレビドラマを手当たり次第に視聴していたというが、それが彼女に、日本での高校生活が輝かしい、自分にとっての特別誂えのものであるかのような気にさせていたらしい。

 燈子は、青春という言葉が高校生活を意味するものだと思っていたという。私もこの言葉が具体的には何を指すのか、誰に対しても人生に於ける一つの時期という意味で使用されるものなのか、それとも恋人が居て毎日が充実しているようなシチュエーションを指すのか──私を含めて多くの人はそう考えているようだ──、未だによく分からずにいるが、少なくとも私は昨年まで自分の過ごしていた高校での時間が、燈子の好きなドラマで描かれるようなもの程「青春」という言葉を感じさせるものだとは思えなかった。

「期待外れって言ったら大袈裟になるけど、何か思っていたよりも『普通』だな、って感じだった」

 外国語の選択で無難に選んだ英語の授業で、最初に皆で自己紹介をした時、たまたま隣の席に座っていた燈子は私に鮮烈な印象を残した。人形の髪のようにさらりとした長い金髪は、恐らく元からそういう造りなのであろう彫りの深い顔と相俟ち、私は最初、彼女が外国人留学生なのではないか、と思った。

 彼女が隣に座った時、私は最初、少々居心地の悪さを覚えた。彼女は、夏はまだ先だというのに、上は胸元やお腹の大きく開いたチューブトップのみで、それも背中が何箇所か紐で結ばれているだけのデザインであり、下はほぼお尻ぎりぎりという程まで丈の詰まったホットパンツを穿いていた。足の方は、裸足の上にサンダルをつっかけていた。

 とはいえ、普段街中やキャンパス内で見かけたら「ギャル」と即断しそうな彼女のその出(い)で立ちは、派手でありながら私には「どぎつい」とは受け取れず、我ながらその事に戸惑いもした。

 その後、彼女が自己紹介の時、帰国子女だと言い、デモンストレーションに流暢な英語で同じ内容の自己紹介を披露した際、私の中で彼女に対する印象は完全に憧れに近しいものに変わっていた。

 隣の席の相手と二人一組でスピーチをする、という課題で彼女と話し、彼女が私の思っていた以上に陽気で気さくだという事を知った。課題を終えて日本語で雑談をしている中で、私が彼女の金髪が綺麗だと褒めると、

「ああ、これはカラーだよ」

 実にあっけらかんとした調子で言った。

「うちの親、どっちも日本人だし、身内に外国人が居た事もないし。向こうで生まれつき金髪って子、一杯見てきたからさ、いいな、って思って。だけど、何か皆、私の顔が日本人っぽくないって言うんだよね」

 嫌な訳じゃないけどさ、と言い、彼女は笑った。

「あっちで長い事暮らしてると、顔も似てくるのかなあ。ほら、友達と長く居るとその子に似てくるってあるでしょ?」

 その時には既に、憧れとして始まった私からの燈子への気持ちは、高校時代までの他の友人たちに対して持ったのと同じような、「友達の一人」というものに変化していた。

 話し上手の燈子はそれから、とても楽しく色々な事を語ってくれた。既に英語はペラペラだという彼女が外国語選択で英語を採った事に関しては、

「だって、楽したいんだもん」

 と言っていた。

 個人として意識するようになると、私たちの時間割はかなり重なる時間のある事が分かった。私と燈子は同じ学科に所属していたが、やはり一年次は必修科目が多くなる為、自然に時間割が似通ったものになるようだ。

 燈子は各授業の教室で私の姿を見かける度、「亜衣(アイ)!」と呼びながら隣の席まで移動して来る。私も、周囲に同じ高校から進学した友人をなかなか見つけられずにいたので、自然に彼女とは最もよくつるむようになり、こうして毎日のように下校を共にしていた。

「あっちの高校ってどんな感じ? やっぱり、背が高くて格好良い男の子とか結構居て、そういう子たちは運動部のエースで、可愛いチアリーダーのガールフレンドが居て……的な」

「亜衣ったら」

 私が尋ねると、燈子は咥えていたバニラシェイクのストローから唇を離してくすくすと笑った。

「映画とかだと、確かにそういう描き方されてるよね。だけど、全然。私も日本人だから結構クラスの皆から色々聞かれたり、珍しがられたけど、日本でも留学生が決まってモテる訳じゃないでしょ? だから私も、日本のドラマで見る高校生活に憧れてたんだけど」

「彼氏なんて、そう簡単に出来るもんじゃないよね」

「そうそう。カルチャーショックじゃないけどさ、あるじゃん、日本人が海外に行ったら、思っていたよりもキラキラしてなくてショック受けた、みたいな。それが思いの外(ほか)応えたり」

「パリ症候群だっけ」

「私のは言ってみれば、逆パリ症候群ってやつかな」

「それだと、警戒して来てみたら思ったより良かった、みたいな意味になると思うけど」

「あはは、日本語って難しい」

 燈子は言い、椅子の上で上体を反らせるようにする。

 私はフライドポテトを摘まみながら──いつもバーガーに対してポテトの量が多いと感じている──、例によって露出度の高い服装をした彼女の鎖骨の辺りに視線を置き続けていた。

 梅雨に入ってから、天気予報士たちは気象情報の中で「三月下旬の気温」とか「四月上旬の気温」とかいった言い回しを多用していた。ここ最近は毎年のように異常気象なので、そんな事を言われても分からない、と思う私だが、確かに夏に向かっているにしてはここ数日間は肌寒い。

 薄着の彼女は寒くはないのだろうか、とちらりと考えた時、近くの座席に座っている、私たちと同じ下校中の大学生と思われる若い男性たちの一団からの視線が気になった。

 燈子は、そこで私の視線が気になったのか、

「ん? どうかした?」

 怪訝な顔になり、まだやや反り返ったまま顎を引き、自分の胸を見下ろすようにした。クロップの布地にあしらわれたアルファベットのロゴが、豊かなバストに引き延ばされるように変形している。

 彼女はそこで、珍しくやや顔を赤らめながらお腹の方を隠すようにした。

「あ、あっちだともっと大らかなんだよ、皆」

「……私、それこそカルチャーショック起こしそう」

 気まずさをごまかす為、私もやや早口で言う。燈子はは(・)あ(・)っ(・)と妙に色っぽい溜め息を吐(つ)き、

「それはよくある話」

 と言った。

「服装がっていうより、日本より性別に関するあれこれに対して、皆神経質じゃないの。いや、違うかな……そもそも身体的な接触とかを、そこまで性的なものとして考えていない。欧米だと、ハグとかキスとかが普通の挨拶って国も多いしね。私、高二でこっち来た頃、クラスの友達にハグしようとして引かれたもん。一応、女の子同士だったんだけど」

「燈子の学校には、他に日本人の留学生とか居なかったの?」

「私のクラスには居なかったけど、別の学年には何人か。私も友達に、会いに行ったら、なんて勧められたけど、結局ちゃんとその子たちと話したの、一回か二回かだけだったなあ。大体、遠くから見るだけで」

「そういうもんなんだ」

「向こうは向こうで、仲良くなって固まってるしね。……あっちでは私服校だったんだけどさ、やっぱり最初はその子たちも、現地の女の子たちの服装が大胆、って戸惑ってたみたい。

 だけどそのうち、調整期間? に、入って来たのかな。周りの子たちに感化されるっていうのもあるだろうけど、その日本人の女の子たちも似たような格好になり始めた。私は素直に、いい変化だって思ったよ」

「うーむ」

 私は、自然に燈子と自分の私服を比較してしまう。私はというと、まだ春物の白いブラウスに、スリットの入ったチェック柄のロングスカートを身に着けていた。指輪やネックレスなど、装飾品の類(たぐい)は特にない。

 それはほぼ、高校時代の制服と似たり寄ったりだった。

 私の通っていた高校には制服があった。それは燈子もまた同じだったが、彼女は本人も言った通り、日本での「高校生活」に憧れていたので、セーラーの制服を着る事になって喜んだらしい。

 とはいえ、彼女はその頃から、日本に移ったら髪を金色に染めよう、と考えていたらしく、校則で染髪が許されていない事を知った時にはショックを受けたらしい。スカートの丈も、創作物で描かれる女子高生程ミニには出来ず、少々不満だった、と言っていた。私の学校もそうだったが、私はむしろ、その事に安堵していた。制服がある事も、毎日服を選ばなくていいので楽だったといえば楽だったが、困るのは大学に入ってからだった。

 春休み中に、大学に通うようになってから着る為の服は何通りか購入していたものの、大学に入ったらもっと可愛いのを着るぞ、と心に決めていても結局地味で無難なものを選んでしまうのは、ひとえに私が日頃からお洒落にはあまり力を入れていないが故の無知が原因のようだった。

 とはいえ燈子は、毎日同じような服を着ている私に、会う度に「今日も可愛いじゃん」と、決して社交辞令ではない感じで言ってくる。彼女にとっては私もまた、自分とは異なるタイプという意味で新鮮さを覚える対象なのかもしれないが、私はそんな彼女を少し羨ましく感じる。

 そういえば、高校時代の同級生の女子の中に、後輩から大学に行ったら何をしたいか、と尋ねられて、

「ミニスカートが穿きたい」

 と答えた者が居た。

 その事を燈子に話すと、彼女は何やら大変感銘を受けた様子で、

「そういうのでいいんだよ、やっぱり」

 しきりにこくこくと肯きながらそう言っていた。

 短編小説「ブレンド・ニュー・ワールド」の投稿を開始します。ここ最近、「未分類」にちょっと不思議な読み味の短編を連投していますが、「奇妙な味」という言葉を使うと小説のジャンルではサイコサスペンスやアンチミステリに近しいものになってしまうようです。私の最近投稿しているようなものは何と呼ぶのか、適切な言葉があれば教えて欲しいです。

 本作は『フランチャイズ・フラン』以来の「可愛い小説」を目指して書いたつもりでしたが、最終的にはそこまで可愛くはなりませんでした。題名はオルダス・ハクスリーのディストピア小説『すばらしい新世界』の原題「Brave New World」に響きが似ていますが、内容は全然関係ないです。何故こういう題名なのかは、最終日に説明したいと思います。

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