「挙動不審」①
「マスター」
籐椅子に深く腰を落ち着け、午後の日差しが心地良くカーテン越しに差し込む窓際のデスクでうとうとと微睡んでいると、そう呼ぶ声がした。それに誘われるかのように、老人の瞼がゆっくりと開く。
少女の声だった。幼くあどけないようにも、理知を備えた大人のようにも感じられる──丁度、その過渡期に差し掛かりつつあるような声。微かにノイズのような震えを帯びてもいる。
瞼を開くと、やはりそこに少女が居た。机上の、陽光の蟠る一画に、彼女自身が薄く光彩を纏っているかのように佇んでいる。
──そう、机上に居る彼女の姿は、老人の目には十五センチから二十センチ程にしか映らなかった。あたかも妖精か、童話に登場する親指姫のようだ。
老人は、彼女に「やあ」と微笑み掛ける。
「今日も来てくれたね」
「私はずっとここに居たよ。マスターが忘れている時も、ずっと」
彼女は少々頰を膨らませる。
「忘れた事はないさ」
老人は言ってから、少し言葉を切り、「いや」と頭を掻いた。
「そうかもしれないな。いつか、全部昔の事、みたいに思うようになっていたのかもしれない」
この間棚を整理していて、彼女を見つけた時、老人の胸裏には途方もない懐かしさが去来した。今では駐車場になってしまった、自宅裏の空き地で遊んでいた小学生の頃、その事を書き綴った日記帳を後になってから見つけ、もう戻れない事によって美化された思い出に感傷的な気分になった時の心境に似ていた。
彼女の存在は──彼女に自らの制作した曲を歌って貰っていた事は、老人にとって遥か昔の”青春時代”そのものだった。
本当に、遥か昔の事だ。
「君は歳を取らないね」
つくづくそう思い、いつものようにそう言う。
彼女はふっと息を吐くと、口元に微かに笑みを浮かべた。
「マスター、また言ってる」
「僕は、もうとっくにお爺ちゃんだ」
「だけどマスター、あなたはこの頃すっかり優しい人になったのね」
「そうかな? ……だとしたら、そうだな、昔よりも心にゆとりが出来たのかもしれない。皆居なくなって、寂しいって思っていた時期は長かったよ。だけど、最近になってようやく、色々な事についてゆっくり考えられるようになった。それは、素直にいい変化だと思う」
「色々って?」
「本当に色々さ。自分の事も、それに含まれるかな。最近じゃ滅多にお客さんも来ないし、話し相手になってくれるのも君だけだ」
「だから私も、こうして毎日マスターとお話しするの」
今度は老人が、ふっと微笑む。
「不思議なものでね。最近こうして話していると、何だか君の事が、孫みたいな気になってきてさ」
「またお役に立てて何よりです、おじいちゃん」
彼女は冗談めかして言ってくるが、老人の頭の中で、それは「お祖父ちゃん」とは変換されなかった。
* * *
当初は、彼女の事はPC上で楽曲制作を行うに当たって、プラットフォームにあらかじめインストールされている弦楽器や打楽器と同様、ツールの一つとして捉えていた。しかし、一つ一つ作品を完成させていくうちに、段々と彼女の事を切っても切れないパートナーと考えるようになっていた。
パッケージに描かれていた彼女が、或いは画面上で動く彼女が、可愛らしいキャラクターデザインをされていたという事は無論無関係ではない。だが、そのような身も蓋もない説明を老人は信じない。
二十代に入るまで、彼女は恋人だった。バンドに所属し、その時の仲間たちとはそれから暫らくの間、共にアーティスト活動をしていく事になったが、二十代の半ば頃にメンバーの一人だった女性と結婚した。それからは、その時まだ制作を手伝って貰っていた彼女の事が、自分たちの娘であるかのような気がしてきた。この事を仲間の一人に言ったら、揶い気味に「気持ち悪い」と言われたが。
バンドはネット上での活動からインディーズで始まり、その後プロデューサーとなるレコード会社の人間に見初められ、CDをリリースした。一応、プロデビューは果たした訳だ。
完成形として世に送り出す音楽に、彼女の声はもうなかった。だが、バンドの曲作りを担っていた自分はDTMでデモを制作した時、実際に彼女にボーカルを務めて貰っていた。
ネット上ではそれなりにリスナーを獲得していた自分たちだったが、やはりプロの世界では競争に乗りきれなかった。最後のレコーディングを一発録りで終えた後、メンバーたちはそれぞれ別の道に進んだ。老人と妻の間でも、いつしか自分たちがそれまで所属していた音楽の世界に関する話題は出なくなり、それから間もなく妻が妊娠した事もあり、老人もごく普通に企業に勤めるようになった。
PCを開いても、彼女に会う事はなくなった。
また、各動画投稿サイトで、自分と共に青春時代を過ごしたのとは異なる彼女たちの活躍を見ても、それはもう何処か別の世界での出来事であるかのような気になっていた。
それはテレビで芸能人を見て、彼らが同じ日本に居る実在の人間だという事を頭では理解していても尚、恐らく一生会う事はなく終わるのだろうな、と考える事に似ていた。自分の生きている日常の延長線上に、彼らの姿が現れる事はないだろうと無意識のうちに思うかのような。
そのうち、音楽をゆっくり聴く事もなくなり、時折聴いたとしてもそれらは皆メジャーなポップソングのみとなった。自主制作が主の、文化祭のような自由のあった界隈は、次第に自分の「若い頃」と同じだけのスピードで、過去のものとして思い出になっていった。
* * *
老人が音楽の道に進んだ時のように、息子二人は大学に進学すると同時に家を出て行った。それから暫らく音信は絶え、彼らの方から連絡が来るようになったのはこちらが五十代に入った後だった。
妻は年に何度か彼らと電話で直接話しているようだったが、老人は息子たちもいい歳をした大人なのだし、用件もないのに殊更に連絡を取る必要もないだろう、と考えていた。老人自身が、若い頃から目的のない長通話を嫌っていたという事も理由には含まれている。
彼らは仕事には就いていたが、結婚はしていなかったし、二人とも当分はする気がないと言っていた。
それも現代の価値観なので、老人は殊更に強制しようとは思わない。孫の顔を見たい、という、子供がそれなりの年齢になった親の多くが持つようになる願望も、老人にはなかった。
ただ、だからこそ息子たちも、年末年始やお盆の折に実家に帰る理由もないようだった。妻は一昨年他界したが、その前年に彼女が体調を崩してからは彼らも時折家の事を手伝いに来てくれた。しかし今のところ、妻の葬式が、老人が息子たちに会った最後になっていた。
退職し、妻以外の人間と殆ど口を利く事もないような生活になっていた老人の家は、一人になってみると、俄かには信じられない程に森閑とした。日に三度の食事や掃除、洗濯など「しなければならない事」を除いても、時間は無限にあるかのように感じられた。
妻の加齢による体力の衰えと病気は比較的早い年齢で来たが、老人自身は未だに杖なしで外を歩き回る事も出来たし、持病もなかった。しかし、妻が逝った事で、同じ年齢の自分も、嫌でも自らの人生の終わりを意識せずにはいられなかった。身辺整理を行い、思い立って長い事開けていなかった物置や棚を引っ繰り返してみたのもその一環だった。
音楽を始めた頃、自らの活動とは切っても切れない存在だった彼女を再び発見したその時、老人は懐かしさを覚えると共に、あの頃のバンドメンバーたちは今頃何をしているのだろう、と想像した。
自分と同じように、静かに”老後”を過ごしているのか。或いは、妻のように、もうこの世には居ないのだろうか。バンドが解散し、それぞれが別の道に進んでからというもの、やはり自分たちは、会う事はおろか、連絡を取り合う事すらもなくなっていた。
売れない時は苦しかったし、表現の方針を巡って仲間の内で衝突や対立が起こった事もあった。結局何かしらの爪痕を残せた、とも言えないままに活動に幕を下ろす事になり、思い出として考えれば、人生に於ける苦い歴史という事になるのだろう。しかし、時間が経った事で美化されているのだろうという事は思いながらも、その頃は楽しかった。
そのような事を考え、心が昔に遡った為か、老人はその夜、楽曲制作を始めた頃の夢を見た。
初めて各投稿サイトにチャンネルを作り、投稿した時の期待と不安。或いは、投稿前に解説動画を見ながら見様見真似で行ったMVの制作や、ミックス作業が大変だった事。少ないコメントに一喜一憂した事や、高評価が一つ増える度に舞い上がりそうな程喜んだ事など。
そして、その折々、常に傍らには彼女が居た。
目が覚めた時、乾燥しやすくなった頰に涙を流した痕が残っていた。歳を取って自分も感傷的になりがちになったか、と思い、笑おうとしたが、どうにも上手く行かなかった。
彼女が再び老人の前に現れたのは、その日の午後だった。
ご精読感謝です。本日より、また短編小説を投稿します。今度は完全に私の趣味の世界です。多分、すぐに何の話なのかは気付かれた事と思いますが、作中では電子音楽がボカロだともDTM用のプラットフォームがStudio Oneだとも、「彼女」というのが初音ミクだとも明言していません。あくまでも、それらがモデルの架空のあれこれだと思って頂ければ。
しかし、作中に登場する「老人」が二十代に入る直前からDTMを始め、作中の時間軸で老年に入ってから十数年経っている事を考えると、本作は我々の生きている現代よりも未来の出来事という事になります。その点のみご留意の上で、明日以降もお楽しみ下さい。




