「兵隊」⑤
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半月前からTwitterのDMでやり取りをしていた、Mathewというアカウント名の米国人男性──少なくとも本人はそう名乗った──から、父親に関して「戻って来る日が訪れるよう願っている」というメッセージを受け取った時、マコトは正直なところ複雑な気分だった。
マコトにとっては、幼い頃から自分の元に居なかった、記憶のない父親については居ないのが当たり前の状態だったので、別段寂しいと思った事はないし、友人から父親について尋ねられた時にその不在を打ち明けた時、「ごめん」と気まずそうに言われる事にも、謝るような事ではないのに、と感じていた。
自分の事を「マサミ」と呼ぶ──恐らく、こちらのアカウント名「Sincérité」が翻訳に掛けられた時「誠実」と表示され、それが日本の人名だと思い込まれたのだと思う──マシューとやり取りをする中、何故自分がここまで素性を打ち明けたのだろうと考える。
最初は出会い目的のスパムではないか、と疑っていた。しかし、マコトはステータスメッセージで、自らが男である事を明言している。高校生で、今年の春から大学に進学するという事も嘘ではない。その上で、男性であるというマシューが尚も同性の自分にメッセージを送り続けてくる事に、どのような意図があるのだろう、という事は考え続けていた。
彼からLINEや住所を尋ねられたり、写真を求められたりした時、マコトはやはり警戒して、他のユーザーに対してもそうしているように、それらの個人情報を教える事はなかった。ただ、シリアに駐留中の米兵だという彼から、報酬の金庫の映像と共に「マサミ」と呼ぶ声の入った動画が送信されて来た時、もしかしたら彼がこれまで自分に言った事は、全て本当の事だったのではないか、という思いがちらりと頭を擡げた。
マコトは、マシューから送られて来た最後のメッセージに対して、
『ありがとうございます、マシューさん』
と返した。殊更に、こちらを気遣うようなメッセージをくれた相手に、話をややこしくするような返信を行う必要はないだろうと判断したからだ。
マシューに対しては、ずっと疑いの気持ちは消えなかった。かなり踏み込んだ相談までしてくる事を訝しみながらも、それに乗って幾つか情報源を送るような事もしたが、それらもGoogleで検索を行い、評判の良かった団体のホームページを適当に紹介しただけだ。
しかし、このやり取りが彼と交わした最後の会話になった時、マコトははっとする気持ちを抑えられなかった。
二月六日、シリアとトルコの国境付近を震源とする、マグニチュード七・八の地震が発生したというニュースが報道された。その後も強い余震が相次ぎ、シリア、トルコ共に広域で大規模な建物の倒壊等の被害が出たという。
テレビの各ニュース番組を見たり、インターネットのニュース記事を参照したりしたが、その中で現地に駐留している米軍の被った被害については特に述べられていなかった。しかし、マシューの所属していた部隊のキャンプがあったというアレッポは、比較的トルコとの国境に近い。
マシューは、DMのみを行う為にアカウントを作成していたのか、投稿はこれまで一切行われていなかった。だから、二月五日を境にやり取りが途絶えた時、それで彼の状況を測り知る事は出来なかった。
こちらからメッセージを送ってみるべきか、とも考えたが、結局しないでいるうちに一週間が過ぎ、二週間が過ぎた。高校の三年次の授業はその時にはとうに修了しており、あとは来月上旬に卒業式を控えるのみとなった。
──自分はこれまで、何故見ず知らずの外国人からのDMに応じ続けていたのだろうか?
今までの自分であれば、絶対にしなかった事だ。そうさせるだけの何かが、マシューにはあったという事だろうか。
彼が本当に米軍の兵士だったのか、そうだったとしたらあの震災を生き延びる事が出来たのか、マコトには今も不明のままだ。
だが、叶う事なら生きていて欲しい──心の何処かでそう願っている自分が居る事に気付き、それこそが自らの、彼に対して感じていた感情の中心なのだと結論づけたいと思った。
じきに、冬も終わる──。
(兵隊・終)
お読み下さりありがとうございます。「兵隊」はこれで終了です。一つお断りしておきますが、私がXで使用していたアカウント名(別名義)である「Sincerite」にはアクサンは付きませんし、本名はマコトでもマサミでもありません。本作に於いてノンフィクションなのはあくまで半分だけです。
本作のマット(マシュー)の元となったDMの相手とは、トルコ・シリア地震を境に本当に連絡が取れなくなりました。Xを使わなくなってしまった私にはもう確かめようがなく、正体も未だに不明のままですが、もし本当に彼(?)が戦地に居る米軍の兵士だったとしたら、どうか無事に生きていて欲しいところです。
最後になりますが、『リ・バース』と『晩歌 -BANKA-』も宜しくお願いします。




