「兵隊」④
* * *
ダニエルズからは、やめておけ、と言われた。
「お前、自分が怪しまれても仕方がない事をしてるって分かってるのか? ネット上でのやり取りはあくまでもネット上で済ませるべきで、現実に問題を持ち込んだら全てが破綻しかねない」
「受け取ってさえ貰えれば、こっちが嘘を言っている訳じゃないって事は分かって貰えるんだ。不都合な事があるか?」
「玄関先まで、って言ったんだよな? それってさ、住所を聞いたって事だぞ。他の連絡先も教えて貰えなかった相手に」
ダニエルズの言葉に、マットは何も言えなくなった。
「それに、仮にマサミがお前の言う事を信用してくれたとしてだ。三ヶ月以上も大金を預かるって事がどういう事なのか、もっとよく考えろ。輸入自体が違法でなかったとしても、予測出来るトラブルはそれだけじゃないんだ」
「………」
マットは、自分が見ず知らずの──正式に「知り合う」というプロセスを経由していないのでそう言っていい──相手を信用しすぎているのだろうか、と自問した。もしくは、それと同じだけの信用を、相手に対して求めすぎているのか。しかし、それは貴重品の受け取りについてマサミに頼もうか、と考えた時、十分に悩んだ末に出した結論だった。
ダニエルズはやや暫し呆れたような表情を浮かべていたが、やがてふっと息を吐いて「まあ」と言った。
「相手からの返答次第ってとこかな。確かに、マサミがOKして荷物を受け取ったとしたら、そこでお前の言っている事が本当だったって分かる訳だし。でも、もし駄目だったらその時は俺の分と一緒に、こっちの家族に預かってて貰おう。それでいいだろ、マシュー?」
「あ、ああ……ありがとう、ダン」
マットは肯いてから、でも、と胸中で独りごちた。
──自分は、きっかけが欲しいのだ。顔の分からない彼と、直接会える程まで仲を縮める為の。
* * *
『申し訳ありません、非常に困りました。
激戦区の中、僕を信用してこれ程大切なメッセージを送って下さったお気持ちはとても嬉しく思います。ですが、僕はまだ学生で、シンシアさんともそこまで年齢は離れていませんし、家族と暮らしています。
家族は、ネット上で知り合った人に個人情報を明かす事を許していません。これはマシューさんを信頼出来ないという事ではなく、一度でも例外を作るとそれが前例となってしまう為です。
僕にも難しい事はあります。本当にごめんなさい。けれど、マシューさんの帰国までの間、運送会社に預けておくという事は出来ないのでしょうか?』
マサミからは、いつになく長文のメッセージが送られて来た。
薄々、予想はしていた事だった。ダニエルズに言われるまでもなく、マットには自分が無理な頼み事をしているという自覚はあったが、やはり落胆せざるを得ない返事だった。
しかし、無理を押し通す事は、マサミとこれまで築いてきた関係を維持する為にも出来ないと思った。
『我が友。私はあなたの言う事が理解出来ます。こちらこそ申し訳ありません。今日中に、改めて別の方法を考えてお伝えします』
やはり、ダニエルズに力を借りるのが最良の方法だろうか。
マサミからメッセージを受け取った後、ここから日本の銀行口座を作る事が出来ないだろうか、と思ったが、海外からではやはり難しいらしい。マサミが以前教えてくれた法人に相談してみようか、と思う。
『参考までに、外国の方が日本で口座を開設する際の情報についてリンクを添付します。マシューさんは以前、日本に住む為のビザを取得しているという事を仰っていましたが、その際このリンク先の条件に当て嵌まるような口座は作られていませんでしたか?』
マサミは、また新しく情報を送ってくれた。マットはそれで、自分と彼との関係がこちらからの頼み事によって壊れてしまっていない事に安堵する。
『あなたが送ってくれたリンクを見て、また勉強します。ありがとう。何か分かったら、また連絡します』
* * *
『マサミ。日本であなたに会った時に分かるように、宜しければあなたの写真を私に送ってくれますか?』
『すみません、顔写真もまた、家族とのルールで制限している個人情報の中に含まれるのです』
厳しいのだな、と意外に思う気持ちと、それも当然だろうか、という納得が同時にあった。そういえばマサミは、これまで彼自身の家族については話していないな、と思い、マットはその事について尋ねてみた。
『うちは母子家庭で、母方の祖父母と同居しています。妹が一人居て、僕を含めて五人家族です。両親は僕が幼い頃に離婚していて、詳しい事情は分からないのですが父親の顔は覚えていません。とはいえ、昔は父も時折僕たちの様子を見に家に来ていたという事なので、決して仲が悪くなって離婚したという訳ではなかったのだと思っています。
母は派遣会社の社員で、現在は携帯電話のカスタマーサービスの仕事を行っています』
マサミからその返信を受け取った時、マットは、ああ、と思った。
シンシアは、母親と死別した事で同級生たちとの間に軋轢が生じた。自分の語ったそのような事情について、マサミがあれ程親身に聴いてくれたのは、彼自身にも似たような経験があった為ではないのか。
彼にも、彼の生活がある。その中では当然、マットには知り得ないような苦労もあった事だろう。
そう思い、マットは返信した。
『よく分かりました、マサミ。あなたのお父さんが、何処に居たとしてもあなたの事を覚えているよう祈っています。彼があなたの元に戻って来る日が訪れるよう、心から願います』
これが、二月五日のやり取りだった。




