「花園の霊」②
* * *
私はそれから、やはり毎日のように花畑に足を運んだ。
ただ、その度に決まってベンチに座っている老人にこちらから話し掛けようとはしなかったし、向こうでも私にその気がないと分かると、強いて喋ろうとする事もなかった。
私たちはそのようにして、晩春から初夏にかけての穏やかな時間を共有した。
日は巡り、梅雨が始まった。公園の随所に紫陽花が咲き始め、雨が降らない日でも鈍い灰色の雲が厚く垂れ込めるようになった。
公園を訪れる人の姿がなくなっても、老人はそこに居た。傘を差していても尚小雨が吹き込み、文庫本の端を濡らしていたが、老人にそれに頓着するような素振りは見られなかった。
一度だけ、木の下で雨宿りをする私に彼が
「傘に入りませんか?」
と声を掛けてきたが、私は
「いいえ、お構いなく」
ありがとうございます、と付け加え、断った。老人はその後、敢えて勧めてくるような事もなかった。
やがて七月になり、梅雨は明け、花壇の花は千日紅やマリーゴールドに置き換わった。人の姿は次第にまた増え、子供たちは水場で遊んだり、揚羽蝶を追ったりする様子が見られた。
再び長く老人と話したのは、そのような時期だった。
「暑いですな。ここは日当たりはいいけれど、夏になるとどうも直射日光が降り注ぐのでいけません。老体には応えます」
彼は木陰に佇む私を見、尋ねてきた。
「あなたは、暑くありませんか?」
「暑いですよ、それは」
堪えられない程ではないが、もう本格的に夏なのだという事は分かるので、私はそう答えた。老人は本を団扇のように振って顔を扇いだが、そこに汗が光っているような事はなく、肌も微塵も日に焼けてはいなかった。
ふと風が吹き抜け、手摺りの向こうのビル街へ抜けて行った。老人は「ああ、涼しくなった」と言いながらその行く末を見る。
彼方に浮かぶ工事現場は、その配置を変えていた。これまで見えていた摩天楼の幾つかが見えなくなり、代わりに複数の箇所で鉄骨が空に向かって伸び始めている。骨を肉や皮膚が覆うように、それらにはブルーシートが掛けられた。
「精が出ますな、このような暑い中で、分厚い作業着を着て働いている人たちの事を想像すると、本当に凄いと思います」
私と同じものを見ていたらしく、老人が言った。
私は、彼が春の終わりに言っていた事を思い出し、応じる。
「都市の拡大──ですか」
「ええ。けれど、実際には元々あったものも壊している訳ですから、大きさだけでいえばそれ程変わるものでもありませんよ」
「それでも、古いものが新しいものに変わるという事は進化です」
「拡大というより、その点では都市の成長と言った方が適切かもしれませんね」
老人は言うと、徐ろに目を閉じて続けた。
「時折、想像する事があるのです。蟻は巣穴と餌場を、列を成して往復する。彼らはこの列を以て、それに参加する次世代の個体たちに行動のパターンを教示する訳ですが、仮に餌場がなくなり、帰るべき巣穴も埋められてしまったとしたら。蟻たちは自らに刷り込まれた通り、尚も行列を形成するでしょう。ただそこに目的はなく、列を成すという事それ自体がドグマとなる。
この蟻のコロニーを人間社会に置換して考えてみた時、慄然とします。それは個々の原理が喪失し、ただ社会という巨大な機構を目的なく維持し続けねばならなくなったという状況なのですから。
ビルが壊されたり、企業が倒産したりするのは一般的に、それを維持していくコストがパフォーマンスと釣り合わなくなった時です。しかし都市をそういった目で見た時、共同体という名だけを残し、それを維持していく事のみが究極目的になると、不思議な事に『維持していく必要がない』という恐るべき結論に行き着いてしまうように、私には思われるのです」
彼は、「飛躍しすぎでしょうか?」と私の方を向いた。
「幸いにもまだ人々には、生きていく目的があります。その為の場所として、共同体としての社会が必要なのです。都市が本質的に社会そのものと等しく捉えられる事については、この間もお話ししましたね。
私は、古い時代を経験しています。あなたもそうかもしれませんが、かつてこの国は誤った方向に向かいかけた事がある。その時、もしかしたら有り得たかもしれない未来の話です。
都市そのものが、最小単位である人の分裂と化してしまった未来。自らでリソースの役割をも担わねばならなくなった人々は、徐々に二つの極を形成します。巣穴である者、餌となる者。そして最も多いその中間層は、維持そのものを目的とした擬似的な巣穴の規範に盲従せねばならなくなります。
有機的組織と経済が同一の単語──economyであった社会の終わりです。誰かがそれに気付き、手放そうとする頃には、都市はそれなくして人々が生きられない程のものに育ってしまっている。
都市に生きる人々は、その大きさがある閾値を超えた時、意地の悪い言い方になりますが都市に対して最も奴隷に近い存在となるのです」
「その都市の意思を擬人化したものが」
私は、つい容喙した。
「この間仰った、抽象的存在としての土地柄ですか?」
「地霊という言葉が、それに相応しいのだと私は考えます」
老人は、文庫本の表紙を軽く指先でとんとんと叩いた。
「近代建築に於いて、基本原則はアプリオリ、元型、そして地霊です。ランドスケープ設計は、常に地霊──土地柄に基づいてなされるべきだという。しかし私は、この地霊の都市に於ける依拠は、やはり人間にあると思います。都という概念を人が作った時、初めて地霊は存在を始めた。そして今や、都が変遷を経る中でそれは人の手から離れ、彼らが利潤を追求する行為が自らの成長に直結するようアフォーダンスをもたらしている」
「……あなたはそのような存在を、何と呼びますか?」
私が尋ねると、彼はやや睫毛を伏せてから紡ぎ出した。
「トリックスター、でしょうか」
「そうですね」
私は肯き、少しだけ自らの輪郭が定まったような気分になる。
「けれど、地霊はもしも──本当に例えばの話ですが──そのように独立した存在を獲得したのならば、敢えて人を試みるような事はしないでしょう。都市は時に残酷なフィードバックを行いますが、敢えてその上に生きる者たちに自らへの依存性を与えたりはしない。人は……限界そのものを排する事は、出来ませんから」
「ええ、その通りでしょう」
老人は、私の返答をも予想していたかのように首肯した。
「実際に都市に終わりをもたらすとすれば、それは独立した地霊ではなく、人の意思でしょう。しかし、私が地霊をトリックスターと呼んだのは、それが意地悪く人を害する一面を持っているという事ではありませんよ。その気紛れさが、私がそう呼称する所以です。
例えばそう、あの小説に登場する猫のようです。何処か俯瞰的な目で、人間の悲喜交々を眺めていながら、それに当事者として関与はしない。例えばこの街がなくなって、限界を迎えた人々が旧都を遺棄して別の地に移って行ったとすれば、何事もなかったかのように着いて行く。地霊にとっては、都市の『形』には何ら特別な意味はないのです。彼らは、都市という概念そのものに受肉するのですから。
ただ観察し、記憶し続ける。何の為に、という事はないのでしょう。人々が共同体を──更に布衍して言えば、生物が種を──保存し続ける事が、理由を超越した原理であるように」
私たちの背後で、ワゴン車の走行音が丘を上って来、止まった。
アイスクリームの販売車のようだった。花壇の周りや噴水で遊んでいた子供たちが声を上げ、それに集まって行く。
また風が吹き、芝生から切れた草を運んで私たちの視界へ送り出した。
「……私は」
老人は、やや間を置いて再度開口した。
「この都が好きです。それは、長らくこのような場所に居て、世俗の煩わしさやら空気の悪さやらから切り離された時間を過ごしているからかもしれませんけれどね。あなたは如何ですか?」
私は少し躊躇い、
「……分かりません」
正直にそう口に出した。
「考えた事がなかったのです。たとえどのような猥雑な街でも、僕は同じようにただそこに居たでしょうから」
「まあ、そうでしょう。私もこの都は好きですが、以前からどうも、ここでいつも変わりゆく景色を眺める事が、義務のように思えてならないのです。今や、街の人々は個人単位では都市全体の記録をそこまで重要視してはいません。私は誰に頼まれた訳でもなく、ここでそれを観測し続けている。
誰かが、今という時代を覚えておく必要がある。当事者として覚えている誰かはいつか消えてしまいますが、都は誰かに記憶し、記録されたという歴史を持つ事になります。
それがアフォーダンスの由来になるとまで言ったら、さすがに私の自己満足だと思われますかな?」
「………」
私は、黙って首を振った。老人は安心したようにやや目尻を下げてから、不意に内緒話をするように声を潜めた。
「あなたを見た時、まだ一言も口を利かないうちから、私は不思議な共感を覚えていました。あなたからは、私と同じようなものを感じます。都市の移ろいの観察と記録を、原理として行っている。しかしそれを、集団的な共感として誰かに共有しようという気配は微塵も感じられない」
彼は、微かに首を傾けながら言った。
「ひょっとすると、この都市に於ける地霊とは……あなたの事なのではありませんかな?」
「………」
私はやはり、答えなかった。
そうかもしれない。そう思いながら、実際はよく分からなかったのだ。私は、私の事を表白する言葉を持ち合わせていないのだから──。
* * *
私は考える。川沿いの遊歩道や、終電の時刻を過ぎた駅のホームで。
それは、春から初夏にかけてよりも一層確信に至るまでの距離が近い推論として私の中に存在する思考だった。
あの老人は、私と同じ性質の存在なのではないか。
そうだとすれば、今までのあらゆる事に説明がつくように思った。彼が「見えすぎる」理由も、都市の観察を義務のように思えてならないと言ったのも、私が地霊ではないかという想像をあっさりと口に出せた事についても。
そもそも、私が特定の”個人”に対し、ここまで強く引き寄せられるものを感じるという事が普通ではなかった。
岸に団地の建ち並ぶ川や、摩天楼の隙間から覗く、やけに雲の流れが激しい空、明治神宮の森などと同じく、人もまたそこにただ在る。都の具体であり、本体でありながら、私には観察対象の一つに過ぎない。
地霊とは、蓋し言い得て妙だなと感じた。ややもすれば彼は、私とは異質な者同士という点で類型だが、私よりもずっと自身の正体について認知しているのかもしれない。だとすれば、本来の私の性質についても、彼の言葉は的を射たものである可能性が高い。
私自身を知った時、私は自らの存在意義に疑問を抱くだろうか。
あの老人の言によれば、人の営為から生じ、今では独立した抽象的存在が、こうして人格を持つようになっている。
何の為に?




