「生き物語」②
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「こちらがまずエアロゾルコースになります」
案内係は、金網の通路を渡りながら右手に見えるガラス壁の向こうを示した。
吹き抜けの下に大勢の影法師の少年少女が座り、ステージに床を刳り抜かれるようにして設えられているデコンポーザーを眺めている。彼らは皆てるてる坊主のような外套を着込み、その端が機械に巻き込まれないように気を付けている。
プールのようなガラス容器の上部に、四枚刃のミキサーのようなものが取り付けられており、担当者がスイッチを入れるとガリガリと激しい金属音を立て、火花を散らしながら回転が始まった。
「最も最短で、最も需要の高い『空気』に生まれ変わりますが、自由度はそこまで高くありません」係が説明する。「このコースに選ばれた方は、あのデコンポーザーを用い、まず粉々に破砕されます。その後、撹拌して直径一ナノメートルの粒子に分解されます」
「やっぱり、エアロゾルがいちばん多いんですか?」私は質問する。
「ええ。私どもと致しましても、なるべくいいコストパフォーマンスで高需要に対応したいと考えていますので。最下位のコースではありますが、選ばれてもどうかお気を落とさないで下さい。痛くはありませんよ、皆と一緒なので怖くも恥ずかしくもありません」
説明されている傍から、眼下でも説明が終わったらしく順番に投入が始まった。肉や骨が拉げるグシャグシャ、ゴリゴリという音が、規則正しい金属音の中で不協和音のように響く。
しかし、四枚刃は素晴らしい切れ味で詰まりを起こす事はなかった。容器に、灰色とも赤とも緑ともつかない液体が溜まっていく。これを更に粒子の運動状態が最も自由な「気体」になるまで細かくすると、広場で見た雪の結晶のような綺麗な粉になるのだ。
影法師たちも、怖がっている様子はなかった。皆抵抗せず、私語もせず大人しく案内に従って機械に掛けられていく。
「カワウソさんは優秀ですので、希望がありましたらある程度は審査に反映させる事が可能ですが如何でしょうか?」
「取り敢えず一通り見せて頂きたいと思います」
「結構。では、次のコースに参りましょう」
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第三手術室でのオペは腹部の方に移っていた。
こちらもあらかじめ本人が気を回したらしく仮縫いにされていたが、やはり素人がするものではない、それは本来切開する予定だった箇所より遥かに広範囲に及び、胃と膵臓、十二指腸が殆ど完全に露わになっている。
「参ったな、これでは駄目だ」
執刀医はやや暫し唸ると、助手に目配せした。
「君の言っていた例の方法を試してみる。ものを取ってくれ」
「承知しました」
助手は壁際から、食肉加工に使う包丁を取った。刃渡りは五五〇ミリもあり、刃は鋸のようにぎざぎざとアサリが付いている。
執刀医はそれを受け取ると、よく狙いを付けてから術野の肉に当て、挽いた。
保護用ゴーグルに撥ねた血と粘液を、助手が素早く拭き取った。
* * *
その隣の部屋、第四手術室。
移植の担当医がレシピエントの両脚を挽き終え、ガーゼで刃に付いた血糊を拭っていた。背後では、肉吊りフックに掛けられベルトコンベアーで運ばれて来た二本の馬の脚を覆面の人物が外している。赤身や白い脂肪が露わになった断面は冷凍されており、腐敗しているような事はない。
担当医は重量のあるそれを覆面と共に持ち、台上に固定する。十分に糊を塗ってからレシピエントの脚の断面に当て、肉同士の接着した隙間から漏れ出した血混じりの余分な液を拭き取る。
「はい、今神経を繋ぎますからねー。患部は大丈夫ですか? 感覚に違和感があったりはしませんか?」
「ええ……大丈夫です。だけど、本当にこれで速く走れるようになるんですよね?」
「なりますとも。提供してくれた子はエアロゾルになってしまいましたが、いつでもあなたの傍に居ますからね。きちんとお礼を言うんですよ」
「分かりました。先生たちも、ありがとう」
担当医と覆面の人物はそれには軽く肯いたのみで、あとは黙々と作業を続ける。糊が十分に乾くのを待ち、二人で背凭れを起こすと、レシピエントの背中に手を添えて身を起こさせた。
レシピエントは肘掛けに両手で縋りながら、ゆっくりと足を伸ばして蹄をリノリウムの床に付ける。こつり、という音と共に確かに地面を踏んだ感触を感じ取ったようで、その顔が「おお」と感激に輝く。
完全に尻を座面から浮かすのを待って、担当医が言う。
「それじゃあ、私たちは手を放しますね」
担当医と覆面はいち、にの、さん、でレシピエントを自由にする。蹄はがくがくと震えながらそこに立ち続け、やがて一歩、二歩と足を踏み出した。
三歩めに入った時、接着剤で固定されていた右の接合部が折れた。粘つく糸を引いて馬の脚が元の肉から離れ、バランスを崩したレシピエントは咄嗟に空を掴みつつ前にのめった。
その拍子に、もう片方の脚も折れた。その体は空中で一瞬浮かび、すぐに頭を下にして床に落下した。反射的にその左手が伸ばされ、カートの上に置かれていた鋸の刃を掴む。握り込んだ指が全て切断され、ばらばらと散らばった。
思い切り叩きつけられた顔は俯せになって見えないが、卵を失敗して割ったかのように血が四方へと飛び散った。
「大丈夫ですか!?」
「ああ、せっかくくっつけたのに」
* * *
私が膝裏を抉ったのを皮切りに、吊るされた狸への報復は激しさを増した。
翌日、二日目には腹の毛皮の一部が剃られ、そこに円く抉られた鑿の痕が残っていた。膝裏は、血は止まっていたが酷く化膿していた。
三日目には脇腹と肋の辺りにも痕が出来、四日目には痕が六つに増え、五日目には十二個になり、一週間が経つ頃には最早数えきれない程に穴ぼこだらけになって毛皮が見えなくなっていた。
空が鉛丹色になる頃、その穴ぼこだらけの狸の傍に立っていると、ランドセルを背負った児童たちがその蓋も止めないまま元気良く校門を走り出て行った。皆、放課後を何処で遊ぶかという事ばかりで頭の中が一杯になっているようで、私は彼らをほんの少しだけ羨ましく思っていた。
何もかもを諦めきったような狸の顔が酷く哀れなものに思えて、その帰り、私は校門の向かいにある自動販売機の下に咲いていたシバザクラを一輪摘んで狸の左胸の辺りに穿たれた穴ぼこに挿してやった。
* * *
外を通って施設の間を移動する時、私は広い中庭のような場所でスタッフがせっせと土を掘っているのを目撃した。彼らの横には、絵でしか見た事のないような十字架の付いた薄い墓石が積み重なっている。その奥に、最早何の動物だったのかも判断がつかない子供たちが並んでいた。
額から上の皮を取り除き、剝き出された頭蓋骨に無数の釘を打ち、背中を弓形に曲げて四肢を牛のそれに取り替えた男の子の姿があった。両足を膝から曲げて「冂」の形を作り、それと同じようにもう一対の足を尾骶骨と下腹部とに取りつけ、両腕を切り離し、その片方を首のあるべき場所に頭を握って生やした子供が居た。こちらは性別が分からない。全身にガラスのような欠片を埋め込み、きらきらと乱反射している子供、案山子の如く一本足で立ち、骨だけになった両手を横に張り出して手首から生首を載せた皿を天秤のように吊るした少女。猫の少年の両耳は切られ、代わりに真っ白な鳥の翼が一対移植されている。下半身はなく、四角に組んだ手足の上に、切断面を下にして胴が置かれていた。
ここからでは皆、生きているのか死んでいるのかも分からない。
「あちらは失敗例です」
私の視線に気付いたらしく、灰色キャップが説明してくれた。
「失敗例?」
「モディファイコースですよ。もう手のつけようがない、駄目だと思った部位を交換したり、こんな形だったらいいのになと希望する姿に作り替えて貰うのです。部位は一般から提供して頂いたものと、デモリションコースで解体された方から再利用しているものがあります。こちらは実際の様子が見学出来ないので、丁度いい、ここで案内を済ませてしまいましょう」
私が説明を聴きながら目を外している間に、既に先頭に居た何人かは姿を消し、積まれていた墓石が屹立していた。灰色キャップは続ける。
「審査の結果、更生の余地があると判断された方はモディファイコースを選択する事が出来ます。身体的なコンプレックスを克服出来る事もありますが、同時にリスクもそれなりにあり、失敗する事もあります。場合ごとの具体的なリスクは希望を提出してから担当者から説明され、選択者はそこで希望に変更を加えるか、リスクを受容するかを決めます」
「失敗すると、死んでしまうのですか?」
「場合によります。希望と違った形になったり、強制的に『土』に生まれ変わる事を選ばざるを得ない状態になる事もあります」
「失礼かもしれませんが、失敗例の子供たちが大分多いような……?」
「児童ディスポーザーは都内に一箇所しかない公的施設ですので、日々沢山の子供が集められています。たとえ成功率が九十九パーセントであったとしても、千人居れば平均十人は失敗のケースに当て嵌まってしまう。私どもも、将来的には成功率を小数点以下トリプルナインに出来るよう研究を重ねています」
「なるほど」
「では、次に行ってみましょう」
私たちが再び歩き始める頃、もう墓石は半数以上が立てられていた。




