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未分類  作者: 藍原センシ
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「ラブレター・トゥ・キラル」

 窓辺の蜘蛛の巣はとうに出来上がってしまいました。

 最初の頃こそ()()()で払っていたのですが、ある時期を境にそれも億劫になりました。窓枠にしても部屋の隅っこにしても、蜘蛛の巣を見ていつも不思議に思う事なのですが、いつの間にか張っている癖に蜘蛛自身が滅多に居ないんですよね。だからこそ私もこれまで、容赦なく払う事が出来ていた訳ですが。

 巣が完成して間もない頃、珍しくも私は巣にそれが居る場面を目撃しました。多分アシダカグモだと思いますが、予想以上に大きくて正直言って怖かった。

 けれど、いえ、だからこそ殺せなかったのです。

 窓の桟で、羽虫に混ざって一杯死んでいるような小さなものであれば問題はないのです。それらは何処か砂粒とか埃とかと同じゴミの一種みたいに思えて、手で取るのも大丈夫なのですが、その大きな蜘蛛は生々しい程に”生物”をしているように思いました。

 殺したらそれこそ祟られるんじゃないか、とか、気持ち悪くて触れない、とかではないのです。ただ、ゴミと一緒に処理する事に抵抗がある。例えば蜻蛉(とんぼ)や蝶を偶然潰してしまったら決して後味は良くないと思うのですが、それに近い感情だったような気がします。

 多分、それで良かったのだと思います。いつの間にか大きな蜘蛛は居なくなり、巣だけが埃塗れになりながらそこに残りました。芥川龍之介の「蜘蛛の糸」に登場する犍陀多(かんだた)も、生前に一匹の蜘蛛を殺さずに助けたという唯一の善行から、お釈迦様に地獄へ糸を垂らして貰いますよね。

 またいつか掃除をしなければならないな、と思いますが、とりあえず今はそのように考えてみる事にします。

 それにしてもアニメやゲームでは、何故か蜘蛛は「きしゃああ」と鳴くイメージがあるような。蜘蛛の巣なんて簡単に張るけど、毎日本当に部屋の隅々から「きしゃああ、きしゃああ」と聞こえ続けたら気がおかしくなりそうです。


 いきなり変な話をしているな、という自覚はあります。

 ただ、今は無性にこんな脈絡のない話をしたいという気分なのです。先生は仰いましたっけ、私の場合、話したい時には思い切り話した方がいいって。そういえば今までも私は一方的に喋るばかりでしたが、先生は(もっぱ)ら聴き手に回って下さっていましたね。

 甘えすぎて失礼があったかもしれませんが、どうかご容赦下さい。

 それから、遅くなりましたが電話に出なくなってしまった事も謝らなければなりません。連絡先もあれからほぼ全員分消去してしまったのです。先生に対してではありませんが、連絡先なんて宛てにならないと思っていたから。リストに百人近い「友だち」が居ても、中身が言葉と合っていない。本当に頼れる「友だち」が百人も居たら私は、今頃こんな思いをしている訳がないだろう、と。

 だから皆には、虫がいい事だと思われてしまうかもしれませんが、それでも敢えて言います。私は今、とても話がしたい。あんなに話し掛けるなと思っていた人たちとも、会話をしたいと思う。

 会話というからには、ちゃんと皆の事も聞かないといけませんね。そこは分かっていますから、安心して頂きたい。

 ただ、全く緊張や不安がないのかと聞かれれば、それも嘘になる。

 そうですね、一人きりで居た時間があまりにも長すぎたのです。ただでさえ生き方の違ってしまっている私たちには、数ヶ月──いえ、もう半年、ややもすると一年になるでしょうか、大きな隔たりが出来てしまったかもしれません。

 勿論、遅れているのは私の方です。皆に追い着く為に、私は一体何をすればいいのでしょう?

 ……いえ、それ以前に、何と言って入室すればいいだろう。何事もなかったかのように、今まで通り接してくれていいんだよ、という事を示す為に、「おはよう」とすべきか。或いは、型通りに「久しぶり」とすべきか。

 話したい事は沢山あるのに──それどころか、こう聞かれたらこう返す、というようなテンプレート、ある意味気の利いた一言というものすら用意出来ているのに、こんな些細な事で頭を悩ませてしまう私です。使いたいフレーズはあるのに、読者の心を掴むような冒頭が浮かばずに書き出せない本。喩えるなら、そのような()れったさです。

 私らしい喩え、ですか。実際にそういう事は、まあ、よくあります。

 ええ、創作は相変わらずやっていました。元来、作文くらいしか褒められた事がありません。それも褒められようとする度、結果ばかり見られて、出来る奴、頑張れば出来てしまう奴だと思われる事にも反発して、どうしようもなかったなと今では反省しています。

 実を言うと、褒められようとしていたというのは嘘で、直されないように頑張っていた。この辺りの事は、順を追ってお話しするので今は措きます。

 皆からは逃げ出してしまったけれど、部屋に居る間、私を現実に繋ぎ留め続けてくれたのはやはり言葉でした。暗い事を書けば可哀想で許してくれるよね、というような書き方は本当に嫌で、意図的に前向きな事ばかり書いていたような気がする。だから書き終わると、いつも自己嫌悪に襲われました。

 全部嘘じゃないか、私の書く言葉は薄っぺらいのではないか、と。

 けれどそれを捨ててしまったら、私は私じゃなくなる。そう思う気持ちも確かにあったので。本当は自分がどうしたいのか、そういうものを見る度に分からなくなりました。

 今でもまだ、怖くはあります。怖くはあるけれど、それは当たり前の事だと思っていいんですよね。

 自己正当化の意図でこう言う訳ではないけれど、私は自分が失う事になるものをきっちり秤に掛けて選んだつもりでした。けれど()()()皆からすれば、やっぱり私が取り返しのつかない事をしたというのは紛れもない事実で。罪を犯した過去というものは既成事実だから、どれだけ一つの局面を乗り越えたつもりであっても一生付きまとう訳で。

 喩えの話ですが、刑務所って出られるじゃないですか。余程救いようのない事をしたのでなければ。けれど刑期を終えた人たちには、そういう事をしたという過去が残る。どうしてもそういう目で見られる。或いは周りに見ているつもりがなくても、本人はそう見られているのではないかと思ってしまう。それ自体は終わった事になっている分、余計に苦しいはずです。

 過去はつまるところ、解釈次第のようです。今の私は強烈な記憶がごく最近のものとしてありますが、生まれてから今まで楽しかった事、嬉しかった事が何一つなかった訳ではない。そういう時間の長さや幸不幸が何回ずつかという指標的なカウントは度外視して、どちらを重視して過去が総じていいものだったか悪いものだったかを定義するかは本人次第でしょう。

 嫌な事の方がよく覚えているとは言いますが、どうやら本当のようです。

 私の良くない癖なのですが、自分を強めに注意した人であったり、本やインターネットの記事なんかで一つの物事について批判的な事を述べた人が居たりすると、それだけでもうその人の印象が最悪になります。以降ずっと、その人と同じ名字や名前を見るだけで嫌な気分になる。けれど今回の件で、私の名字や名前をそのように感じるようになった人も居るはずだ。

 罪悪感が付きまとうというような、殊勝な気持ちとはまた異なるのです。それならもっと早い段階で、素直になれていたと思う。けれど、どうして私が後悔や反省をしなければならないのだ、とは、繰り返すようですが一連の出来事が起こってから一度も思った事はないのです。

 そもそも堂々としていられたら、こうしてまた外に出られるようになるまで、これ程長い時間は掛からなかったと思います。私は自分を悪いと思いながら、自分を責める他人には反発する。きっと認めて欲しいのに、その過程であれこれ言われるのは我慢ならない。要するに臆病なようです。

 私は言葉を武器にするけれど、それは一昔前の中学生が懐に入れて持ち歩いたカッターナイフのようなものです。最終兵器のように忍ばせておきながら、使ってしまったらその時が最後になると自ら怯えているような。

 作文は一生懸命やったけれど、目立つ事は本当に嫌いでした。

 小、中学校くらいまで、夏休みになると義務的に書かされた作文が自動的にコンクールに応募されます。その時私は、絶対に自分の書いたものは受賞しないで欲しいとずっと祈っていました。

 小さい頃に紙を同じくらいの大きさに切ってセロハンテープで貼って、自分で短い絵本を作った事がありましたが、読ませたお母さんが涙を流してそれを抱き締めてみせた時、途方もない居心地の悪さ──はい、照れるなどではなく、正真正銘の不快感でした──を覚えた事があります。それ以来、感動するものは書いてはいけないという強迫観念に駆られて、中学二年生頃まで当たり障りのない文章しか書こうとしなくなりました。

 願いはいつも、そんなものを望まない頃になって叶うようになる。

 勇気を出してと自分で言うのは恥ずかしいのですが、自分の殻に閉じ籠っている間に先生に勧められて応募した文芸関連の賞は軒並み落選しました。この事は、この間もお話しした通りですよね。

 私はそもそも、他人に供せられるようなものを書けているのか──その事はずっと気掛かりではありました。

 決して他人の為に、という高尚な目的でも、媚を売ろうという下卑た目的でもないのです。言説を弄しているようで、類比的に同じ事だと言われればそれでもいいけれど、認められたいと思わないのは要するにモチベーションがないという事だと思いませんか? 私は私のままで認められたい、それなら私自身が認められたという自信が持てるから。当たり前の事なのに、書き起こすとどうしてこれ程身勝手に見えてしまうのでしょうね。

 分かっています、他人から認められなくて悔しいのは、自分では自分の創り出したものを認めているから。或いは、認めたいと思っているから。先生は、それを自信と呼ぶのだと仰るでしょう。

 もっと分かりやすく、私は私自身の創り出すものが好きなのかと自問します。私は好きです。好きじゃなかったら、世に送り出そうなどとは思いません。ただ、それが自信なのかと言われると分からなくなる。

 いつの間にか創作に置き換えて話してしまっていますが、多分私は根本的に自分そのものが好きではないのかもしれない。そして、自分が好きでないという事を嫌だと思うのは、やっぱり本当は自分を好きでいたいと思っているからかもしれない。自分を守るような事をしたり、誰かから傷つけるような目を向けられる度に反抗心を抱くのは、いつか本当にそうなれるかもしれないから今は大事にしていたいという気持ちかもしれない。

 部屋にものが溜まってくると、いらいらします。それでも、いざ整理しようとすると「いつか使うかもしれないから」と言って結局多くを残してしまう。それに近いような気持ちです。

 希望を捨てていない、といえばそうなのかもしれません。

 けれど、それは踏ん切りがつかないという事の裏返しでもある。

 まるで面接対策です。自分の短所を長所に。結局言葉一つで、様式そのものが変わらなくてもどうとでも取れる。畢竟同じ事なら、何故ポジティブに思考する事がこんなにも苦痛なのだろう。

 現実は変わらないのに、元々感じ取るままに受けた印象を無理矢理(いじく)ろうとするから虚しさが生じるのかもしれません。感じる事は、意思でどうこう出来るものではないですから。

 ネガティブな事を考えて、そんな事を考えてしまう自分は最低だ、と増々ネガティブになるのは負のスパイラルですね。けれど、どうしてもポジティブになれないならそんな事をするよりも、大人しくネガティブで居させてくれた方が(かえ)って安らぐ事もあると思います。

 自己分析がしっかりと出来ていると、褒めないで下さい。

 私はこんな事で、いい子だとは言われたくないのです。


 一年近くも経てば、夏の噂はとっくに消えているでしょうか。

 正確に七十五日経ったかは数えていませんでしたが、先生は二、三ヶ月でもう誰も私の事をあれこれ言わなくなった、と教えて下さいましたっけ。だから、今更私が気にするのは自意識過剰というものでしょう。

 私はあの頃、自分なんか居なくなればいいと思いながら、そういった噂には反発していました。そういう事を言う人たちを、卑怯だとすら思った。

 そうでしょう? 文句があるなら、陰口なんか叩かないで直接言えばいいじゃないですか。それをしないのはやっぱり私を怖がっているからで、だけど私が何もしないと確信している訳でもないのに。私に報復される可能性は全くないとは言えないけれど、それは例えば山が噴火するくらいの日頃は気にしない危険性で。そういうものに勝手に当て嵌めて考えていて。

 病気の偏見に近いと思います。感染(うつ)るぞ、何々菌が来た、逃げろ、みたいな。持ち物をわざと触って「汚い」と言うみたいな、ね。本当に怖いと思っているならそんな事はしないよね、という感じです。

 だけど、陰口じゃなくて直接言われたら、それはそれで嫌な気分になるんだろうなあ。だからそうですね、陰口がどうこうというのは、私が「馬鹿じゃないのか」「黙っていろ」などと思う中に入り込んだ、特に意味はない返しの言葉です。先生もご存知だったとは思いますけど。

 先生、私への悪口を言っていた人たちに対して私がその場に居ないにも拘わらず庇ってくれていたNさんの事についても教えて下さいましたね。

 本当は涙が出るくらい嬉しかったけれど、彼女も結局、「そうかもしれない」という事情を口に出しながら私を弁護したと聞いて複雑になりました。善意でも、的外れな事を言われたら傷つく。私が何を思っていたのか知りもしないのに、勝手な事を言うな、と。

 よくある事です。小学校でドッジボールをした時、私にボールが当たる度誰かが私に当てた人に対して「最低!」と冗談半分に叫んでいましたが、それは(かえ)って私を傷つけるだけだった。

 私は、理想といえば場合によっては聞こえのいいものを、周囲に押しつけすぎている。悪意も、本人からすれば善意のつもりの悪意も、ひっくるめて私は人付き合いが苦手です。けれど、誰かと話したい事はある。

 野良猫の集会場に出くわす度に、いいな、私も彼らのコミュニティで生きていたいな、と思います。黒猫が居て、ぶち猫が居て、ハチワレが居て、その中にキジトラも居るよ、というように。皆特に関わり合う訳ではないし、無個性という訳でもないのです。それぞれに個性がある者が集まっていて、自分もその例外ではなくて、皆の中の一人だよ、と。

 何処にも行けないものは、一定数存在しています。

 区役所の小高い丘にある(ふくろう)のモニュメントだとか、アパートから引っ越してしまった隣人の落とし物だとか、撤去されるのを待つだけの電話ボックスとか。立ち入り禁止の池に落ちてしまった子供靴や、錆びていて誰も飲みたがらない公園の水道もそうです。

 野良猫たちはわちゃわちゃと集まっていながら、不思議と独立しています。猫は可愛いから沢山の愛情を貰えるはずですが、それを重く感じてしまったかのような。もしくは、失恋するのを恐れて最初から恋をしないでいるかのよう。

 それは寂しさと言ってしまえばそれまでですが、これもまた背反の言葉で言い表せるのです。そういった寂しいものたちには、むしろ「淋しい」という表記が似合うような穏やかさがあります。眠っていれば何も感じる事は出来ないけれど、眠りには楽しむのとは違う誘惑を感じる。

 一方で、誰にも行けない場所もある。

 そのような事を考えている時に、先生から教わった鏡像異性体の話を思い出しました。

 二次元空間、平面に対して対称な図形を鏡像と呼ぶ。分子の場合、単結合の回転が可能なので鏡像と重なり合う事は出来るけれど、それがどうしても重なり合わない場合この一対を互いにエナンチオマー、鏡像異性体と呼ぶ。そのようなパターンが存在する事をキラルであるという。

 ……間違っていたらごめんなさい、ご指摘下さい。けれどこれ、そんなに難しい言葉を使わなくてもいいような気がします。鏡像異性体には、自身が重なり合う事は出来ない。客観的になろうとすると主観である自分ごと移動してしまうみたいに、鏡に映った自分にはなれない。

 いつか風邪を引いて記念写真に写りそびれた私を、先生は後から一人だけ撮って下さいました。何回も手鏡で確認したのに、いざ写真を撮ると、誰この不細工、と自分で思う始末でした。

 鏡に映った顔と写真に写った顔、全然違いますよね。癪だったので後から調べてみましたが、鏡の顔は左右反転するのだし、人間の顔は正確に左右対称に出来ている訳でもないのだから当たり前でしょう、という事ばかり書いてありました。そのような初歩的な事なら誰でも分かります。けれど内カメラを使っても、自分の顔は明らかに鏡と違う。鏡とスマートフォンを並べて見比べてみた事もありますが、そういう事は二度としたくないです。どちらも自分の顔だと認識してしまう事が、気持ち悪くていけなかった。

 鏡の顔になりたいな、と思った事があります。けれど、自分を虚心坦懐に見つめるという意味で鏡という言葉を使う時、自分が嫌になる。いざ鏡だけを見るとなってもそうです。「三つ子の魂百まで」などと、事実無根の事を言ってみては深遠な哲学を語った気になっている昔の人に言ってやりたいとすら思う。私は小さい頃は、絶対にもっと希望に溢れていた。それとも私は小さい頃からずっと、気が付かないだけでこんな顔をしていたのでしょうか。

 先日読んだ文庫本の解説に、小さい頃の神様の事が書いてありました。不思議と夢を叶えてくれる神様です。私は先生とお話をする時、思えばずっとデジャヴのようなものを感じていましたが、無意識のうちに自分のこの神様の事を思い出していたのかもしれません。そして鏡を見る度、それがもう居ないのだなという事をまざまざと突きつけられる。

 鏡像異性体──何と、悲しい響きに感じられる日本語でしょうか。

 そのような意図で和名が考案された訳でない事は分かっているはずなのに、重なり合う事の出来ないそれは、紛れもなく自分の一面でありながら最早自分では有り得ないようなのです。なる事の()()()叶わないものは、それを目指すという選択肢すら最初から取り上げられている。

 鏡の自分が目を瞑ったらオカルトですが、(はな)から別物だと分かっている”そっくりさん”が自分の振りをしていると考えるのもぞっとするものです。じっと鏡に映った自分の目を見ると、自分が目を逸らす前に思う。お前なんか嫌いだ、見るな、こっちに来るな、と。

 それはまた、私が関わり合いを避けて逃げ出した”他者”に対する感情のようでもありました。


 鏡自体の本当の色が何色なのだろう、と、昔考えた事はありませんか?

 住みたい部屋、みたいな絵を描かされる時、私は殊更(ことさら)に考える事もなく鏡は銀色に塗っていました。斜め方向に一部分だけ塗らない箇所を作って、反射光を表現してみたりなどしながら。

 光の反射について学んだのは、中学校に入学してからでしたね。実像と虚像の事を知って、可視光線の反射で鏡にものが映る事を知った。光を通さないレンズが鏡なのだと思い切り言われたはずなのに、鏡がもし何も反射しないなら透明であるという事を理解したのは、それから何年も経ってからでした。

 全部が反射してしまうから、透明だという事に気付けない。

 キラルであるって、お互いに対して使う言葉ですから、鏡の私からすればこうしてお喋りをする私もまたキラルな自分なのでしょうか。私も、向こうからは重なり合う事が出来ない鏡像異性体なのでしょうか。

 鏡は模倣です。透明で何者でもないから、誰かの振りをしている。言葉が大切な武器になるなら、そういった取り繕いもまた武器になり得ます。あくまで鏡の向こうの世界などというものがあれば、の話ですが、こういう考え方をドラマツルギーというそうです。

 私を羨ましがる人は、まず居ないでしょう。鏡を擬人化して自分を慰めるような痛い事はしませんが、誰かの中で、あの日の私が憎むべき一つの形として存在し続けるなら、それも私の残した痕跡には違いありません。

 私は、殻の中に閉じ籠りながらも自分を死んでいるのと同然だと思った事はありませんでした。それどころか、先生には呆れられるかもしれませんが、全身全霊で生きていると思っていました。今でもそれは変わりません。

 人生に穿たれた空白とも、ロスタイムであるとも思いません。

 先生は最初、そのうち私が自ら命を絶ってしまうのではないかと思われていたようですが、あの時違うと言ったのはその場凌ぎでも何でもありません、本当の事を言ったつもりでした。正確には、半分が嘘で、半分が本当かな。別に、何であいつらのせいで私が死ななければならないのだ、というような、逆境に屈しないレジリエンスがあった訳ではない。

 自暴自棄になったのでもない私の人生が、私自身が手を下した事で呆気なく終了するというのも、あの一件で私を恨んだ人たちにとってもざまを見ろというようで痛快な気がしました。が、結局私はそうしませんでした。

 あのやたら大きな蜘蛛や、窓の外のプランターから伸びている、枯れているとしか思えない酸漿(ほおずき)と同じです。蜘蛛は易々と殺せなかったし、酸漿には水をやらずにはいられない。

 馬鹿ばかりやっているような私ではありますが、本人としては彼らに見てしまうような命を自覚して、必死に一つの畢生をこなそうとしているつもりです。或いは街角の一コマを切り取った写真で背景として映っている人々にも、一人一人に生活があるように。

 自分で言いながら言い得て妙な表現です。そう、街角の写真に、背景の一部として映っている小さな人が私。

 私がこうして、先生にお手伝いして貰いながらもう一度皆の居る所へ行こうと思ったのにも、その事が関わっているようです。

 死ぬ事は、命があった事の証明です。元々自分でも死んでいると思うくらいに日々を送っていれば、その瞬間私はこの上ない現実感を感じて満足したのかもしれないと思う。けれどそれを、私は私が(いびつ)にもきちんと生きていると思う事で、押し留め続けていた。

 死ぬのが怖かったとか、そのような勇気すらなかったとか、人によっては言いようはあります。けれど死ぬのが怖いのは当たり前だし、戦国時代でもあるまいに、自ら命を絶つ勇気などあって堪るか、と私は言いたい。

 私は敢えてそれを、優しい衝動の何かだと信じてみました。

 信じて、そのようなものを奥底に飼っている私そのものをも信じてみるきっかけにしようと思いました。

 きっかけなら、何でも良かったようです。先にあったのは、そろそろ皆と会う事を自らに許してもいいのではないか、という思いで、死なないでいる理由が一つでもあればそれを動機にしてもいいような気がしたのでした。

 そういえば、この間最後に先生とお話ししてから一度だけ、スレッドを一つ立てました。参考にしようという訳ではないけれども、私と同じような境遇の人が居たら話してみたいなと思って。

 やっぱり、無関係な人たちも書き込んで散々な事になりましたよ。問題を起こした後、引退しますって言えば可哀想だと思って貰える有名人のつもりで居るのか、なんて言われた時は、今度その喩え使わせて頂きます、なんて内心思ったけれど。だけどその中に、最高に青春しているじゃん、という言葉を見つけた時、私はそれが自分自身で書いたものではなかったかと目を疑いました。

 そう思いませんか? ……やっぱり、違いますかね。

 勿論私も後から冷静に考えて、それもまた誰かがくさした皮肉だという事に気付きました。悪口を言われれば後々までずっと恨み通しなのに、気付かなければ逆に励まされたような気にすらなるいい気な私です。

 それからでした、私が「優しい何か」の存在を確信したのは。

 鏡像異性体を、自分の事だと捉え直そうと試みました。見たくもない鏡の自分が私なら、それになりたいと思っている時に頭の中に浮かべている鏡の自分も、また一人の私だと。

 私らしい私のいいところも悪いところも、私らしくない私のいいところも悪いところも、全てが跳ね返ってそれは現れる。寂しくなった時に聴きたい曲のように、せっかくのお休みの日の朝に降っていた雨のように。または、子供の頃は空き地一面で遊べる程だった雪が降らないまま終わる最近の冬のように、行く宛てのない落とし物を残して引っ越してしまった隣人のように。私が、自分に似ているもの全ての代表として鏡像異性体に恋文を投げつけようと思いました。

 はい、()()()()()のです。果たし状を叩きつけるかのように。

 愛してやるから覚悟しておけよ、みたいな。

 こんな台詞を言ったら、先生は不安になりますか? 何しろ「愛してやる」は私の得意芸みたいなものですからね。

 ……ごめんなさい、不謹慎でした。


 ともかく私は、私がまたそちらへ行くという事を聞いて自分の事のように喜んで下さった先生に、安心して頂きたいのです。それは、単なるぬか喜びで終わらせたりはしない。

 私は私として、まだカウンセリングは必要かもしれないけれど、この最初の一回を最後の一回にはしない。春はリセットの季節です。年度替わりを機に、全てを清算した私として再出発してみる。

 失敗したメチエの絵画に描かれたもの、「愛する」の意味が下品になる程重ねた過去、街角の写真の背景、ショーウィンドウでマネキンに着せられていた方が似合っていた服。これらが、鏡像異性体から見た私です。全部私の事だと、自虐的にではなく胸を張って言ってやろうと思います。


 もうすぐ駅に着きます。日がもう少し昇ったら、駅舎の影が回転してきて街路樹と私を迎えるでしょう。


 四月、私はこうしてドッペルゲンガーと和解しました。



(ラブレター・トゥ・キラル 終)

 お読み下さりありがとうございます。本作「ラブレター・トゥ・キラル」は、あきは詩書工房より出版されている詩誌「月刊ココア共和国」に私が初めて寄稿し、今年の二月号傑作集に掲載された「鏡像異性体に恋文を投げつけて」という詩をノベライズしたものです。私は日頃から「詩に物語は必要ない」を標榜しており、当然「鏡像異性体に恋文を投げつけて」も今回投稿したような物語的な意図を込めて書いたものではありませんでした。故に本作は、元々あった詩から想像を膨らませて書いた小説です。

 敢えて詳細には描写していませんが、未成年でとあるトラブルを引き起こし、長期間独りの世界に閉じ籠っていた主人公の再生を描いた話です。作中に登場する「文庫本の解説」とは、大江健三郎『叫び声』(講談社文芸文庫)に載っている新井敏記さんのもので、個人的に今まで読んできた本の解説の中で最も「かっこいい」と思っています。

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