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聖職者はつれぇわ

 俺の服の裾をそっと離して、ステラは燃やし尽くした闘技場の奥に視線を向けた。


 あの獄炎に巻き込まれて、地形が変わるほどに破壊されつくしたはずなのに――


「玉座……ですか?」


 あるじを失った椅子は、金色の装飾が成された立派なものだ。


 無傷で残っていることを考えると、ただの椅子ではないのだろう。


 ベリアルが声を上げた。


「お、おやめください魔王様! 人間に訊かせてはなりませぬ!」


「セイクリッドだけは特別よ」


 少女の小さな肩が細かく震えた。


 女騎士は赤髪の少女に駆けよろうとして、一歩踏み出したところで立ち止まる。


 ステラがじっと、ベリアルに懇願するような眼差しを向けていた。


 ベリアルはその瞳に釘付けにされながらも、言葉を絞り出した。


「特別であればなおのこと! 知らなかったで済む話のままにしておくべきです。セイクリッドに知られれば、魔王様が滅ぼされるやもしれません!」


 ごもっともな意見だ。


「そのつもりがあるなら、とっくにそうしてる……でしょ? セイクリッド」


 達観というよりも、諦めたような顔でステラは息を吐く。


「魔王討伐は神官の職務に含まれませんから」


「ほら、やっぱり。一緒に来て」


 なにがやっぱりなんだ。まったく。


 一度担いだアコとカノンを、そっと地面に寝かせる。


 魔王は俺の手をとり歩いた。といっても距離にして十数メートル。ほんの短い間だ。


 この短時間でも恐るべき不快感。


 ステラの小さな白い手は粘液が落ちきらず、ベッタベタのぬちゃぬちゃだった。彼女はそれをこすりつけるようにして手を握ってくる。


 地味な嫌がらせをしてくれるものである。


 苦情はあとで書面にまとめて提出しよう。


 大破壊にも耐え抜いた玉座の前にたどり着く。


「この砦はアイスバーンにとっての居城よ。あいつが魔物や他の魔族を支配できるのも、玉座を作り出すことができたからなの」


「作り出すとは日曜大工が得意だったのでしょうか。それとも、椅子職人に発注を?」


「茶化さないで。支配者を目指す上級魔族は、椅子に魔法力を込めて自分だけの玉座を生み出すの。まあ、元となる椅子はなんでもいいのだけれど、こういう玉座タイプは変わらぬ人気ね」


「はあ。なんだかイマイチぴんと来ませんね」


「それを言うなら人間がデカイだけの木をあがめてるのだって、あたしから見れば意味がわかんないわよ?」


 ステラは腰に手を当て胸を張ると、俺の顔をじっと見上げた。


「ともかく、魔王の世界は椅子取りゲーム。倒した他の有力魔族の玉座を封印すれば、その魔族の魂はもちろん、手下も全部いただき……ってね。もし、魔王城に攻め込まれて玉座を奪われたら、あたしはそいつのモノにされちゃうわけ」


「拒否権は無い。それが魔族のルールというわけですか」


 少女は尻尾をだらんと下ろしてうなずく。


「あたしは先代の……お父様から玉座を受け継いだだけで、自分では作り出していないけど……」


 魔王の倒し方を魔王自身が語っている。


 伏し目がちなステラに俺は確認した。


「それが私に話したかったことなのですか?」


「え、えっと……」


「魔王城の玉座を私が手に入れれば、ステラさんに毎日パンを買いに走ってもらったり、肩を揉んでいただけるということですね」


「な、なによそれ魔王のあたしをパシリ扱いするつもりなの!?」


「それくらいしか凡人の私には思いつきません」


 俺が真面目に言うなりステラはププッと吹き出した。


「やだもー! ほんとなによそれ! こっちは一大決心で話したのに……ほんと、自分の決められた仕事以外やらないって言い張って、こんなとこまで出張してくるくせに……魔王の椅子なんて興味なしなんだものッ! 笑っちゃうわ! あーっはっはっは!」


 なぜかバカにされているようで、少しだけイラッくるが……涙を目に溜めてステラは泣き笑いだ。


 俺は彼女の頭をそっと撫でる。


「今日は本当に、よくがんばりましたね。幸い、アコさんもカノンさんもぐっすり夢の中ですし、私は魔王の椅子には興味ありません。この砦の玉座なんてそれ以上に、なんの魅力も感じませんから。あとはステラさんの思うままに」


「ふぇっ!? い、いいの? こ、壊すこともできるのよ? そうしたらアイスバーンの魂も永久に失われて消滅するわ!」


「それは聞かなかったことにいたしましょう」


 魔王の玉座でもきっと、同じ事が言えるのだろう。


 さらに撫でる。撫でる。というか粘液をこすりつける。


「ちょ、やめ! やめて!」


「最初にべったりなすりつけてきたのはステラさんですよ?」


「うううぅ! ばかばかばかっ!」


 ステラは俺に背を向け、ちょっとだけべとついた髪を気にしつつアイスバーンの玉座に対峙した。


「もうっ! じゃあいいわ! セイクリッドには遠慮無く……この玉座の持ち主とそれに従う者たちの魂を封印し、あたしの軍門に加えるッ!」


 魔王と神官――最初から遠慮したりされたりするような関係性でもないだろうに。


 そっと魔王が手をかざすと、玉座は光に包まれ一瞬でてのひらの上に乗るミニチュアへと姿を変えた。


 そして、このホワイトロックキャニオンの上に築かれた、氷の砦の迷宮の住人たちが肉体を光に変えて、小さな玉座に集められる。


 ステラが掲げたミニチュアの玉座に、ぐんぐんと光が集まり渦巻いて吸い寄せられる光景は神秘的であり、また、突然魂にされて封印されるというのが恐ろしくもあったが……はかなげなステラの横顔が印象的で、ただただ美しかった。




 かくして、ホワイトロックキャニオンを根城に周辺の村や街に恐れられていた魔族――氷牙皇帝アイスバーンと仲間たちは、この日を境にラスベギガス地域から忽然と消えた。


 送り届けた勇者アコと神官見習いカノンは、無事に街へと凱旋がいせんを果たした。


 あの「だめッ子アコちゃん」が立派な勇者への一歩を踏み出したと、街は御祭騒ぎの大賑わいになったそうな。




 そして、俺はというと――


 転移魔法ですぐさま“最後の教会”へと帰りつく。


 ローブを着替えて襟を正し、呼吸を整え私室に戻ると、そっとベッドサイドにある丸椅子に腰掛け聖典を開いた。


 パチリと目を開くなり、ニーナがベッドから飛び起きる。


「お昼寝ちゃんとできたの!」


「そうですね。よくできました」


「あれ? おにーちゃ……お着替えですか?」


「おや、お気づきになられましたか。ニーナさんが寝ている間に、少しだけ外で運動をしてきたので」


「おにーちゃもお外で遊ぶの?」


「ええまあ。さて、そろそろステラさんとベリアルさんが、ニーナさんを迎えにくる時間ですね」


 ニーナは小さくうなずいた。


「うん! それじゃあまた明日も、おにーちゃ教会に遊びにきていいですか?」


「教会に閉ざす扉はありません。ニーナさんでしたら大歓迎です」


 嬉しそうにニーナは両手を万歳させると、俺の胸に飛び込むようにして抱きついてきた。


 ああ、ミルクのような香りに癒やされる。


 ぷにぷにとしたほっぺたを俺の胸にくっつけて「セイおにーちゃ、ちょっとだけドキドキしてる」と、ニーナは俺の心音に耳を傾けた。


 アイスバーンは序の口で、人間が立ち入ることもできない領域には、もっと強大な力を持った魔王候補たちがどれほどいるのだろうか。


 今日手にした勝利は小さな一歩かもしれないが、魔王と勇者が手を携えてこのまま玉座を狩り続けることができたなら、ニーナが幸せでいられる世界を作ることもできるかもしれない。


 と、思ったところで俺の私室のドアが激しい音を立てて開かれた。


 ステラである。


「あの、ステラさん……どうして着替えてないんですか? なぜ粘液ヌルヌルのまま我が教会へ? 嫌がらせですか?」


 恐らく聖堂の赤絨毯も、ナメクジがったような痕跡こんせきを残してきたに違いない。


「ステラおねーちゃ! お着替えしてないの?」


「え、えっと……ちょっとセイクリッド! ニーナになにしてるわけ? 抱きつくなんてどういうつもりかしら?」


 ニーナがふるふると首を横に振る。


「ニーナがおにーちゃにはぐっとしたから、おにーちゃじゃないよ?」


「そ、そうなの。ちょっと早とちりしたわ」


 幼女が半分口を開いてから俺とステラを交互に見る。


「あっ、セイおにーちゃはさっき汗いっぱいかいてて、ステラおねーちゃもびちょびちょなの? わかった! 二人で遊んでたんでしょー。ニーナが寝てるからって、二人でなにしてたのー?」


 他の魔族を倒していた……とは言いにくい。俺はつい口を滑らせた。


「バレてしまいましたね。二人でローション相撲をしていたんですよ」


「ろーしょん? こんどニーナもやりたいなぁ。アコちゃんせんせーとカノンちゃんと、ベリアルおねーちゃもいっしょがいいです」


 怒りの形相でステラは俺を見る。これはカノンに間違った黒魔導士像を植え付けるチャンス……もとい、誤解がさらに深まりそうだ。


 ステラに遅れること十数秒、外からガチャンガチャンと金属鎧を鳴らす追走音が聞こえてきた。


 俺はステラをじっと見つめ返す。


「それで、ベリアルさんを振り切ってなんの御用です?」


「言いたいことはいーっぱいあるけど、今日は気分がいいから許してあげるわ」


「はぁ、魔王様の寛大さに言葉もありません」


「そうよひれ伏しなさい人間の神官! このあたしが……なんと……レベル2になったのよ!」


 さすがに玉座持ちの上級魔族を倒したとなれば、相応の経験が得られ……レベル2?


「ということは、ステラさんはレベル1だったのですか?」


 ベトベトヌルグチョのままステラは胸を張った。


「ええ! アコとカノンに誘われるまで、実戦ってしたことなかったし!」


「いくらなんでも……ホワイトロックキャニオンで戦っている間に、レベルが上がるのでは?」


「弱い相手ばっかりだったもの。経験にならなかったの。アイスバーンを倒して玉座を封印したのが良かったみたい」


 どうやら魔王様の成長曲線けいけんちテーブルは、普通のそれとは違うようだ。


 あの極大獄炎魔法を使って、まだレベル1だったとは。


 レベル99になる頃には、どこまでステラは強くなっているのだろう。


 俺はニーナをベッドから抱き上げて立たせると、軽くその場でストレッチ運動を始めた。


 ステラが不思議そうに首を傾げる。


「あら、急に体操なんて始めてどうしたのよ?」


「少々鍛え直さなければと思いまして」


 ああ、悩ましい。


 魔王ステラに力を貸すほど、彼女は強大になっていく。


 世界中に散らばった数々の玉座を封印することが、ニーナの未来を守ることではあるのだが……。




 ここは最果て魔王城前「教会」


 成長しはじめた魔王を相手に、神官職をまっとうするのは楽じゃない。

というわけで、当初に用意していた分のプロットはここまででした。

明日からはまた、まったりな日常系ハートフル幼女かわいいしていけたらなと思っております。

ニーナの未来を救い守るのだ! セイクリッド!

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