<蛇破斬> すごいほのおでもやす あいてはしぬ
アコの手にした剣の柄から雷撃がほとばしり続け、ついにステラの拘束が緩んだ。
俺はスッと白い大蛇を指差しベリアルに告げる。
「今です。救出を」
「チェストオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
ガシャンガシャンと鎧を揺らしてベリアルが肩から蛇の巨体にぶつかっていく。
その衝撃で、ステラの身体はニュルンと隙間から飛び出した。
全身透明な粘液まみれで、生まれたての子鹿のようにプルプルとしながらステラは立ち上がる。
その身体は怒りに震え、ルビーの瞳は今までにないほど真っ赤に燃え上がった。
「よくもやってくれたわね……」
その声には魔王の威厳すら感じられた。
このまま紅き瞳の魔王として、世界に破壊と殺戮をまき散らしかねない勢いだ。
俺はアコとカノンとベリアルに告げる。
「三人とも私の後ろへ」
尋常ではないステラの様子に、本能的に危険を察知して勇者と神官見習いと女騎士が戻ってくる。
俺は三人の護衛につけていた浮遊水晶に加えて、ステラを回復させたばかりの水晶も手元に引き戻し、四層の防壁を展開した。
赤い髪の少女を中心に蜃気楼のようにゆらゆらと空気が揺れる。
アコが俺の背中からひょこっと顔を出した。
「ステラさん、なんだかすごそうなんだけど」
「貴方は下がっていてください。カノンさん。苦手かもしれませんがお手伝いをお願いします。私の隣へ」
「へ? じ、自分がでありますか!?」
「防御魔法の補佐をお願いします。できますね」
「セイクリッド殿、いったい何が始まるのでありますか?」
「世界大戦級の一撃……といったところでしょうか」
大蛇は一瞬、蛇に睨まれた蛙のように、自分よりもはるかに小さな少女の視線に身動きできずにいた。
が、自称皇帝のプライドがそうさせたのか、アイスバーンは大口を開ける。
「いかに怒りを燃やそうとも、そなたもろとも呑み込んで、この腹の中で生きたまま溶かしつくしてくれるわッ!」
ステラが顔を上げて、炎の魔法を構築する。
俺は四つの浮遊水晶で前面に防壁を集中させた。
ベリアルが息を呑む。
「ステラ様……まるでお父上のようです」
先代魔王は炎の魔法を得意としていたのだろうか。
上から覆い被さるように大蛇が少女を食らおうとする。
「よくも……乙女にこんな仕打ちをしてくれたわねえええええええええッ!」
ステラは魔法を唱えてすらいない。
溢れる魔法力が炎をまとってアイスバーンの蛇の顔を――覆い尽くす鱗を水銀のように溶かし流す。
「ぐああああああああああああああああああああああッ!」
近づけば火傷どころでは済まないな。
俺はカノンに告げた。
「防壁の構成を対衝撃から遮熱の方向に再構築してください」
「う、うわああ! そういう細かいの苦手であります」
「できなければ私もろとも全員、天に召されるかもしれませんよ」
「死ぬ気でやるでありますよ!」
カノンがキランと眼鏡のレンズを光らせた。
アコが笑う。
「ボクも手伝おっか?」
「いや、勇者殿はだまってて! なにもしないでほしいであります!」
ベリアルはそっと目を閉じ最後の瞬間を待つ。
「ステラ様に奪われるなら、この命とて惜しくはない。あの美酒を飲めないことだけが心残りだ」
武人タイプらしい。
全身に火の手が周り、蛇の丸焼き状態のアイスバーンが絶叫した。
「この炎は……そんなバカな!」
ステラが右手に魔法の炎を集約する。
「このあたしをベトベトのぬちょぬちょにした報いは……受けてもらうわよ」
魔王の呼吸に合わせて俺は防壁を完成させた。
浮遊水晶四つにカノンを補助装置にした結界は、一時的だが大神樹の芽と同等か、それ以上にはなっただろう。
ステラが炎を解き放つ。
「極 大 獄 炎 魔 法ッ!!」
もっと長い特別な詠唱でもあればさらに格好がつくのだが……たとえば、黄昏よりも……おっと、それどころではない。
目の前で世界の始まりを起こす「炎」が爆ぜた。
視界を埋め尽くす閃光と衝撃。
熱は一瞬でホワイトロックキャニオンの冠雪すらも溶かしつくし、この室内闘技場のような密閉空間に収まりきらず、山体に亀裂が生まれ、爆発し山の形が変わるほどの威力だった。
「あり……えぬ……この……氷牙皇帝アイスバーンが敗れるなどありえぬうううう!」
巨大な蛇を獄炎が焼き尽くし、声は爆炎の彼方に消えて床に蛇の影だけが残る。
すっかり天井に穴があき、青空が見えた。
この無差別な破壊の炎に、俺の防壁は――
「ふう。前髪が少し焦げてしまいましたね」
ギリギリ耐えたが、四つの浮遊水晶はステラの獄炎の直撃を受けて消滅した。
まあ、試作品の耐久テストということで設備開発部に報告しておこう。
カノンがその場にぺたんと尻餅をつく。
「ハァ……ハァ……すごすぎるでありますステラ殿!」
アコがお気楽に笑った。
「やったー! ステラさんの怒りの炎が、悪い皇帝をやっつけたね!」
初級電撃魔法でステラごと攻撃しまくっていたのに、あとが怖いとは思わないのだろうか。
ベリアルはそわそわしながら俺に耳打ちする。
「ステラ様が勇者の前で、極大魔法を……」
「心配はいりませんよ。気づいていないようですから」
言ったそばから神官見習いが声をあげる。
「極大級の魔法は人間には使えず、魔族の王クラスが放つと学校で習ったでありますよ!」
灰を含んだ風が吹く。
棒立ちのままステラは哀しげに笑った。
カノンはステラの元に駆け寄って告げる。
「まさにステラ殿は極大魔法を使った最初の人間の黒魔導士でありますな! その……何センチくらいあれば……じ、自分も光弾魔法を極大級に拡張したいでありますよ!」
ステラの目が点になった。
「え?」
カノンの視線はステラの尻尾に注がれっぱなしだ。
「やはりなにか、コツがあるのでありましょうか!?」
いかん話がこじれそうだ。俺は音を立てずにカノンの背後に回り込むと、手刀で彼女の頸動脈をトン……と叩く。
ガクリと糸が切れた操り人形のようになって、カノンは意識を失った。即座に抱き上げるとステラが俺をにらみつける。
「ちょ、ちょっと! カノンになにしてくれちゃってるのッ!?」
「睡眠魔法(物理)ですが、なにか?」
「なにかじゃないわよ! 超高速の手刀なんて、あたしじゃなかったら見逃してたわよ。しかもお姫様抱っこなんて……ずるいし」
先ほど一瞬だけ、世界を滅ぼす魔王の貌を見せたとは思えない、いつものステラに戻っている。
俺は開いた穴から空を見上げた。
「匠の技術で吹き抜けにしてしまうとは、なんということでしょう」
ずいぶんと風通しが良くなったものだ。
「あ、あれ? これ……どうなってるの?」
ステラもぽかんと空を見上げた。
「おやおや、どうやら記憶が飛んでしまっているようですね」
一種のトランス状態にステラは陥っていたのかもしれない。
ともあれ、これにて氷牙皇帝は勇者パーティーの手によって倒され、この地域に平和がもたらされた。
と、後の歴史家は書き記すに違いない。そこに俺の名前が上がることはないのだが、影から支える神官としては、それでいい。
と、アコがこちらにやってきた。
「ねえねえステラさんってさ、もしかして本物の魔族だったりし……ガク」
俺はアコの首筋にもトンと手刀をあてる。
二人を両肩に抱えた。
ベリアルが「意外に筋肉があるのだな」と、俺を見直したように言う。
ひっそり筋力強化の魔法を使っているのは秘密だ。
俺はステラとベリアルに告げる。
「では、二人は私が責任をもってラスベギガスの教会に送り届けますので、あとで教会で合流するとしましょう」
転移魔法を使おうとしたその時、俺の服の裾をステラがギュッと握った。
「待って……セイクリッド。貴方に……言っておきたいことがあるの。とっても大切なことよ」
粘液に濡れた手が俺を掴んで放さない。
ステラの表情は真剣だ。思い詰めて……考えて、決意した。
そんな顔をされては、おいそれと転移魔法で立ち去るわけにもいかなかった。




