第6話:秘密の階段
「彼氏、いったい誰なのよ……! ねえ、教えてってば!」
数日後の昼休み、お弁当を食べ終えた由奈が、机をガタッと鳴らして私の前に乗り出してきた。
周りにいた他の女子たちも「気になる!」「絶対イケメンでしょ!」と目を輝かせて寄ってくる。
「ち、違うってば! 彼氏とかじゃないし!」
「嘘お! 最近のゆらり、絶対おかしもん。雰囲気大人っぽくなったし、休み時間もずっとスマホ見てニヤニヤしてるし!」
「してないし!」
顔が真っ赤になるのを隠すように、私は持っていた水筒をギュッと握りしめた。
だけど、心のどこかで、みんなが羨ましがっているその状況に酔いしれている自分もいた。
同級生の男の子たちじゃなくて、大学生の、少し大人びた慧太郎と付き合っている私。子ども扱いされていた私が、今は彼にとっての「特別な女性」として隣にいる。その秘密の優越感が、私をますます背伸びさせていた。
「ふーん……そんなに隠すってことは、相当かっこいい人なんだねー」
由奈が意地悪そうに笑ったその時、私のスマホが机の上でブルッと震えた。
画面に光った通知の文字。——『放課後、いつもの場所で待ってる』。
送り主の名前はもちろん伏せられている。
「あ、の、……私、ちょっと用事思い出したから!」
「え、ちょ、ゆらり!」
友達の声を背中に聞きながら、私は教室を飛び出した。
放課後までの時間が、やけに長く感じられた。
夕暮れ時、人気の少ない駅裏の古い雑居ビル。その二階にある、慧太郎が借りている部屋のドアの前に、私は立っていた。
図書館でも、喫茶店でもない場所。二人の世界がさらに深くなった場所。
深呼吸をしてノックをすると、すぐにガチャリと鍵が開いた。
そこに立っていた慧太郎は、いつものパーカーではなく、シャツの袖をまくったラフな格好だった。その少し色気のある姿に、胸がドキンと跳ねる。
「……遅かったじゃん」
「ごめん、学校で友達につかまってさ……」
部屋に入ると、フワッと彼の匂いが鼻をくすぐる。
ドアが閉まった瞬間、慧太郎は私を後ろからそっと抱きしめた。
「……はぁ、やっと会えた」
「……慧太郎」
彼の腕の中で、私はすっかり骨抜きにされていた。
学校の雑音も、友達の詮索も、ここでは全部どうでもよくなる。背伸びをして手に入れたこの関係は、甘くて、少し怖くて、でも私を大人にしてくれる確かな証拠だった。
私たちは言葉もなく、そのまま甘い熱に溶け込んでいく。
——この秘密が、どれほど危ういものかなんて、あの時の私たちはまだ、何も分かっていなかった。




