第5話:とびきりの特別
「ねえ、今日このあと、ちょっと寄り道していかない?」
放課後の教室、隣の席の由奈がスマホの画面を見せながら言った。新しくできたパンケーキ屋の宣伝らしい。
「うーん、ごめん。今日、ちょっと待ち合わせがあるから無理なんだ」
「えっ、またそれ? 最近めっちゃ忙しくない? もしかして本当に彼氏……」
「ちがっ、そういうのじゃないってば!」
慌てて否定しながらも、私の頬が緩むのを隠しきれなかった。
あれから、慧太郎と私は「特別な関係」になった。図書館の隅っこでひそひそと本を読んでいた頃とは違って、今はちゃんと名前のついた、お互いを求め合う関係。
慧太郎に必要だと言われたあの日から、私の毎日は魔法にかかったみたいにきらめいていた。
鏡に映る自分も、なんだか少しずつ変わっていく。前よりもリップの色にこだわり、髪を綺麗に巻くようになって、服も背伸びしたお姉さんっぽいデザインを選ぶようになった。
すべては、慧太郎の「可愛いね」を聞くためだ。
「じゃあ、先帰るね! また明日!」
「うん、また明日!」
由奈に手を振って、私は足早に校門を飛び出した。
夕暮れの風が心地よくて、ローファーの踵がカツカツと軽快なリズムを刻む。待ち合わせの場所は、駅前の少し古びた喫茶店。
ガラス張りの窓から中を覗くと、いつもの席に紺色のパーカーを着た慧太郎の姿が見えた。
ドアを開けて近づくと、慧太郎がふっと顔を上げる。
その瞬間、彼の目が細められ、いつもの優しい声が落ちてきた。
「……待った?」
「ううん、今来たところ!」
向かいの席に座るやいなや、慧太郎がふっと笑って、私の前髪を指先で軽く直した。
「相変わらず、気合い入ってるね」
「そりゃあ、慧太郎に会うんだもん。……変?」
「変じゃないよ。……むしろ、可愛すぎて困る」
サラリと言われたその一言に、心臓が跳ね上がる。顔がカッと熱くなるのが分かって、私は慌ててアイスティーのストローにじっとかじりついた。
子ども扱いされたあの日の苦しさが嘘みたいに、今は胸がいっぱいで、甘い幸福感で息が詰まりそうだった。
「ねえ、週末はどこ行く?」
「ゆらりの行きたいところでいいよ。……なんでも付き合うから」
私の名前を呼ぶ彼の声が、たまらなく愛おしい。
私は知らなかった。こんな風に誰かを好きになって、誰かに必要とされることが、こんなにも世界を輝かせるなんて。
もっと大人になれば、もっと近くにいられるのに。そんな小さな焦りさえも、今は甘いスパイスに感じられていた。




