第20話:剥き出しの衝突
「――いいわけないだろ!!!!」
私の一喝に、慧太郎は息を呑み、ベンチの上で凍りついたように固まった。
「ゆらり、お前……」
「ふざけんな、ふざけんなよ! なんだよその顔は! 『お互いに自分の足で生きていこう』だって? 綺麗にまとまった顔して、優等生みたいなセリフ吐いて、それで私に頷いてもらおうってか!? ふざけんな、ふざけんなよ……っ!!」
私はベンチから跳ね起きるように立ち上がり、持っていたカバンを地面に叩きつけた。
もう抑えられない。声は裏返り、涙が一気に視界を真っ白に染め上げる。頭の中で必死にブレーキを踏もうとする理性を、五年分のマグマのような飢えと怒りがすべて焼き尽くしていく。
「私が欲しかったのはそんな言葉じゃない! あんたの口から聞きたかったのは、そんな綺麗ごとなのかよっ……!」
「っ……ゆらり、落ち着け……!」
慧太郎が慌てて立ち上がり、私の肩を掴もうと手を伸ばしてきた。
だけど、その優しげな、私を気遣うような触れ方が、逆に私のなかの火に油を注いだ。
「触るなっ……!!」
私は彼の腕を激しく払い退け、そのまま両手で彼の胸倉を思いっきり掴み上げた。
ガタガタとベンチが揺れ、慧太郎の背中が古びたフェンスに激しく打ちつけられる。
「私がどれだけ……! どれだけの地獄を這いずり回ったと思ってんだよ!」
「……っ!」
「世間が私を『被害者』だってもてはやして、大人は『もう忘れろ』って頭を撫でて、誰もかれもが私の気持ちを勝手に汚ねえ枠に押し込めて……! 私の意志も、私の痛みも、あの部屋であなたと過ごした記憶も、全部『間違い』だったって片付けようとしたんだよ!」
喉の奥が裂けるように熱い。息ができない。でも、叫ばずにはいられなかった。
「毎日、毎日……! 狂いそうになりながら、あなたがいなくなった部屋の天井を見上げて、私は何のために生き残ったのかって、自分の爪を剥がすような思いでここまで生きてきたんだよ! なのに、なんなんだよ……! やっと会えたのに、また自分で自分に蓋をして、あんたの前から綺麗にいなくなってやるのが、私の選ぶ『大人』だとでもいうのかよ……っ!」
「……っ、違う……俺だって……!」
「黙れ! 言い訳するなよ、慧太郎……!」
私の拳が、彼の胸を、肩を、何度も何度も叩いた。
痛いはずの拳の感覚なんてない。ただ、目の前の男の体を殴ることでしか、この胸に詰まった澱を外に吐き出せなかった。
慧太郎は私に殴られるがまま、しばらく歯を食いしばっていたが、やがて耐えきれなくなったように、その喉の奥から声を絞り出した。
「お前だけじゃない……! 俺だって……この五年、一日たりともお前を忘れなかった……!」
慧太郎の口から零れ落ちた言葉は、叫びであり、呪詛だった。
「刑務所の冷てえ壁の中で、お前のことばかり考えてた……! 俺がお前の人生を狂わせたんだって自分に言い聞かせなきゃ、正気でいられなかったんだよ! お前を壊した罰として、もう二度と触れちゃいけないんだって、そう思わなきゃやってられなかったんだよ……っ!!」
彼の瞳から大粒の涙がぼろぼろと零れ落ちる。
その言葉を聞いた瞬間、私のなかの怒りが別の熱へと変わり、喉の奥から切実な問いが突き上げた。
「じゃあ……じゃあ、なんで手放そうとするのよ……ッ!」
私の震える声に、慧太郎は息を呑んだ。
そして、その顔をぐしゃぐしゃに歪ませながら、私の肩を強く掴み返した。
「好きに決まってるだろ……っ!!」
喉を裂くような、どうしようもない本音が響いた。
「好きに決まってるだろ、お前のことなんか忘れられるわけねえだろ……っ! だけど……だけど俺は、お前の未来をこれ以上奪っちゃいけないんだよ……! 俺みたいな男と一緒にいたら、お前はまた世間から――」
「黙れっ……!!」
彼の言い訳を、私は自分の唇で遮った。
慧太郎の言葉なんて、もう聞きたくない。
理屈も、罪悪感も、未来への恐れも、そんなものは全部いらない。
私の両手が彼の首筋に回り、引き寄せるように彼の唇へと食らいつく。
慧太郎の目が大きく見開かれたあと、その大きな腕が私を拒絶ではなく抱きすくめるように背中へと回り、熱い息を吐き出しながら貪り合うようにキスを返してきた。
息ができない。
歯が当たって痛いくらいに、お互いの存在を確かめ合う。
離れていた五年の空白を埋め尽くすように、私たちはただ夢中で、狂おしく、唇を重ね続けた。




