↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それのどこが悪い!?【恋愛版】  作者: 山田りく


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/22

第19話:私が私を殺すとき


公園の入り口に差しかかったとき、私たちはまだ、少しだけ距離を開けて歩いていた。


秋の冷たい風が、乾いた落ち葉をカサカサとアスファルトの上で転がしていく。


「……少し、歩き疲れたな」


慧太郎が前を向いたまま、ぽつりと呟いた。その声はどこか落ち着いていて、まるで二人の間に訪れた静けさを確かめるようだった。


「うん……そうだね。あそこの公園、ちょっと寄っていこっか」


私たちは並んで小さな公園のフェンスをくぐり、古びた緑のベンチに腰を下ろした。


並んで座るには少しだけ距離があって、お互いの肩は触れ合わない。遠くで子どもたちが遊ぶ声が小さく響いているけれど、私たちのまわりだけは、妙に穏やかな、時間が止まったような空間が流れていた。


――これでいいんだ。


頭の片隅で、そんな声がした。


お互いに傷つけ合うのはもう終わりにして、それぞれの場所で、それぞれの大人としての人生を歩んでいく。それが、五年という歳月を経て私たちがたどり着いた「正解」のはずだった。


慧太郎が、かすかに息をついて口を開く。


「……これから、だな。お互いに、ちゃんと自分の足で生きていかないとな」


その言葉を聞いた瞬間、私のなかに、すとんと腑に落ちるはずの感覚が……奇妙な音を立てて逆流した。


……あれ?


いま、なんて言った?


『ちゃんと生きるってなに? お互いのために距離を取るのが、そんなに正しいことなの?』


私の心のなかで、冷たい声が響いた。


慧太郎はまっすぐ前を向いたまま、穏やかな、どこか諦めを含んだ顔で頷いている。その横顔を見て、私は自分のなかに澱のように溜まっていたものが、急に沸騰し始めるのを感じた。


待ってよ。


私たちが話していたのは、こんなことだっけ?


あんなに狂おしいほどお互いを求めて、すべてを壊し合って、あの地獄のような空白を潜り抜けてきたのに、なんで今になってそんな綺麗にラッピングされた言葉で、綺麗におさめようとしているの?



――それでいいの?



――本当に、それがいいの?



――それが、この五年間、私が夜ごと反芻し続けた言葉なの?



――慧太郎に会えたら、一番最初に伝えたかった言葉が、これなの……?



頭の中で、理性が必死にブレーキを踏もうとする。



*「大人になれ」「これ以上迷惑をかけるな」「これが二人のためだ」*って、どこかの誰かの声が耳元で囁く。



違う。



そんなもの、全部嘘だ。



私の心臓が、耳元でうるさく脈を打つ。息が詰まる。喉の奥がヒリヒリと焼けるように熱い。


五年間、誰も私に本当のことを言ってくれなかった。


「かわいそうな被害者」として扱われ、私の意志も、私の熱も、全部綺麗に消毒されて、安全な枠に押し込められてきた。


そして今、私自身がその「安全な枠」に収まろうとしている。慧太郎を傷つけないように、世間に波風を立てないように、上品で物分かりの良い「元・教え子」の顔をして、綺麗に別れようとしている。



――ふざけるな。



そんなの、私が私を殺すのと同じだ。


あの部屋で、あの暗闇の中で、あの人が私の名前を呼んでくれたときから、私の時間はあの人と共にあって、それを奪われた痛みも、狂いそうな孤独も、全部ぜんぶ、私の生きた証だったはずだ。


それを、たった一言の「お互いのため」とかいう綺麗事で、無かったことにするな。


「……ねえ、慧太郎」


私の声が、自分で聞いたこともないくらい小さく、そして酷く冷たく震えていた。


慧太郎が、不思議そうにこちらを振り向く。


「ん……?」


その顔を見た瞬間、私の中で、理性の糸がプツリと音を立てて完全にちぎれ飛んだ。


「――いいわけないだろ!!!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。