第17話:仮面を剥がす音
「あなた、まだそんなこと言ってるの?」
私の冷ややかな、けれどどこか呆れたような声に、慧太郎は息を呑んだように動きを止めた。
手元のアイスコーヒーのグラスから、溶けた氷がカランと音を立てる。
「……お前、何を……」
「『俺はお前の人生をめちゃくちゃにした』とか、『まっとうな青春を送るべきだった』とか。それ、いつまで自分に言い訳し続けるつもりなの?」
私はグラスから手を離し、テーブルの木目を指先で軽く叩いた。
あの頃だったら、彼のその自己犠牲の言葉に胸を締め付けられ、泣きそうになっていたはずだ。だけど、今は違う。その言葉が、彼自身の傷を守るための「逃げ道」でしかないことが、痛いほどよく分かってしまう。
「私がいつ、あなたのせいで人生が狂ったなんて言った?」
「……だけど、現に俺は犯罪者で、お前は……」
「そうやって全部を法律や世間の物差しに押し込んで、私を『被害者』の枠に閉じ込めて、それで楽になりたいだけでしょう?」
慧太郎の表情が凍りついた。
図星を突かれた子供のように、彼の瞳が大きく揺らぐ。
「違う……俺は、ただ……」
「ただ、なんなの? 私を傷つけたって思っていれば、自分が悪者でさえいれば、誰にも責められなくて済むから? 私があなたを本気で好きだったことや、あの部屋で過ごした時間が本物だったことから、目を背けて逃げているだけじゃない!」
喉の奥から熱いものがこみ上げてきた。
でも、それは涙なんかじゃない。大人たちに押しつぶされ、形を失いかけた私の意志だった。
「私が自分で選んで、あの人と一緒にいたいの。大人が決めた『洗脳』でも『被害』でもなく、私の意思であなたを選んだの。それを、あなたがそんなふうに『俺が人生をめちゃくちゃにした』なんて綺麗事にすり替えて、私の気持ちまで否定しないでよ!」
店内には、有線放送の古いジャズと、私たちの荒い息づかいだけが響いていた。
慧太郎は言葉を失い、ただじっと私を見つめていた。彼のなかで、ずっと頑なに守り続けてきた「大人の理屈」や「罪悪感の鎧」が、私の言葉によって音を立てて崩れていくのが分かった。
彼はゆっくりと顔を覆い、大きな手のひらのなかで、小さく息を吐き出した。
その背中は、五年間の重荷を背負っていたはずなのに、いまはどこか力が抜けたように小さく震えていた。
「……お前は、もうすっかり、大人になっちまったんだな」
絞り出すような、掠れた声だった。
私は少しだけ柔らかく微笑んで、目の前にある緑色のクリームソーダのストローをそっと揺らした。
「子供のままでいられるわけないでしょう。……だから、もう変な言い訳はいいの。今のあなたの本当の言葉を教えてよ、慧太郎」
その呼び方に、慧太郎はハッとしたように顔を上げた。
彼の瞳に浮かんでいた怯えや自嘲の影が、ほんの少しだけ薄れ、ただの一人の「男」としての素顔がそこに戻ってきた気がした。




