第16話:昭和の香る避難場所
門番の視線から逃げるように駅前まで歩き、私たちがたどり着いたのは、細い路地の裏手にひっそりと佇む古い喫茶店だった。
扉を開けると、チリンと小さな鈴の音が鳴る。
店内は外の世界とはまるで違う、時間が何十年も置き去りにされたような空間だった。飴色の木製テーブル、すりガラスの窓、そして天井の隅で控えめに鳴っている、古い有線放送のジャズの音。壁やソファには長年染みついたコーヒーとタバコの匂いが混ざり合っていて、どこか懐かしくて、不思議と肺の奥までホッと落ち着く空気が満ちていた。
「……こんな所、よく知ってたな」
慧太郎は入り口の近くで立ち止まり、気まずそうに自分の足元を見つめた。
シャバの空気にまだ慣れていないのか、彼の肩は少しこわばっている。五年という途方もない空白のせいで、目の前にある普通の日常さえも、彼にとっては眩しすぎて居心地が悪いらしかった。
「……昔、友達と一度だけ来たの。こういう場所なら、誰も私たちを見つけられないと思って」
私はそう言って、奥にある薄暗いボックス席を指さした。
窓際の、一番人目につかない席に並んで腰を下ろす。
すぐに、エプロンを着たお爺さんがお冷を運んできた。
「いらっしゃい。ご注文は?」
「……クリームソーダと、アイスコーヒーをひとつずつ」
私が注文を告げると、お爺さんは静かにうなずいて厨房へと引っ込んでいった。
テーブルの上には、ガラスのピッチャーに入った水と、銀色のシュガーポットがぽつんと置かれている。
静寂が戻ると、また気まずい空気が私たちの間にふわりと漂った。
五年という歳月は、お互いに見た目の変化だけでなく、それぞれの背負ってきたものの重さを変えていた。慧太郎は少し痩せて、目の下のクマや刻まれたシワが増えている。私はといえば、もうあの頃の、ただ大人に反発することしかできなかった子どもではない。
しばらくして、注文した品が運ばれてきた。
緑色のソーダ水の上で、真っ赤なチェリーがぷかぷかと浮いている。慧太郎の目の前には、琥珀色の濃いアイスコーヒー。
「……飲んでよ。冷たいよ」
私がストローを差し出すと、慧太郎は自嘲気味に片方の口角を上げた。
「……ありがとうな。こんな俺に付き合って、本当によかったのかよ」
その声の響きは、五年という年月を経てもなお、どこか自分を卑下するような、あの頃のままの彼だった。
私はグラスを見つめたまま、ゆっくりと息を吸い込んだ。ここから先は、彼がまとっているその鎧を、私が一枚ずつ剥ぎ取っていく時間だった。




