第13話:自分の輪郭を取り戻す
翌日。
私はまた、あの静かな診察室のドアの前に立っていた。
「どうぞ」
中に招かれてイスに座ると、白衣を着た先生はいつものように穏やかな笑みを浮かべ、カルテに目を落とした。
「ゆらりさん、顔色が少し良くなりましたね。表情も柔らかくなった。……周りからも、落ち着いてきたって聞きますよ。順調に回復していますね」
その「順調」という言葉が、以前なら私の心を冷たく凍らせていたはずだった。
大人が望む「良い子供」に戻ったことへの褒め言葉なのだと、冷めた目で受け止めていたから。
けれど、昨日のカフェで由奈と他愛のない話をして、くだらないことで笑ったあとの私には、その言葉が少しだけ違って聞こえた。
私は膝の上で軽く握っていた手をほどき、初めて、自分の意志で先生の目をまっすぐに見つめ返した。
「……先生」
「はい、どうしましたか?」
「私……少しずつ、考えてみたんです」
先生は筆記用具を止め、静かに私の言葉を待ってくれた。
「あの人と過ごした時間は、周りの大人から見たら、未熟で、間違った選択だったのかもしれません。……だけど、あのとき私が感じた痛みのことも、苦しかったことも、全部、私のものです。誰かに洗脳されたわけでも、無理やり連れ回されたわけでもない。私が好きになって、私が選んで、あの場所にいました」
自分の口からその言葉が出た瞬間、胸の奥でずっと絡まっていた糸が、スッとほどけていくような気がした。
それは、大人が期待する「被害者としての私」でもなければ、背伸びして大人になろうとしていた「虚勢を張った私」でもない。
不器用で、傷だらけで、それでも確かに自分の足で息をしていた、等身大の私だった。
医師は少しだけ目を丸くし、それから、今まで見たこともないような、どこかホッとしたような優しい微苦笑を浮かべた。
「……そうですか。それを自分の言葉で言えるようになったのは、素晴らしいことですね。……もう、自分を責めなくていいんですよ」
「はい」
うなずいた私の声は、昨日までの抜け殻のようなかすれ声ではなく、ちゃんと自分の身体の真ん中から響いていた。
診察室を出て、病院の自動ドアをくぐる。
見上げた空はどこまでも高く、秋の乾いた風が頬を優しく撫でていった。
慧太郎がいなくなった世界が、すぐに元通りになるわけじゃない。
心に空いた穴が、明日すぐに埋まるわけでもない。
それでも、私はもう、誰かに決められたストーリーのなかに閉じこもってはいない。
傷ついた過去も、不器用な想いも、ぜんぶ抱きしめたまま。
私は自分の足で、しっかりと地面を踏みしめて歩き出す。
――私の物語は、ここから、もう一度始まるんだ。
スマホの画面をそっと開くと、由奈からの「今日の放課後、プリン食べに行こ!」というメッセージが届いていた。
私は初めて自然に笑いながら、小さく「行く」と返信を打ち込んだ。




