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無能と捨てられた治癒聖女、隣国の冷酷王と最強もふもふ神獣に拾われて最高に幸せな溺愛ライフを満喫する  作者: 黒崎隼人


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第8話「枯れ果てた大地と、愚者の焦燥」

◆アルベルト視点


 腐った土の臭いが、肺の奥にまで入り込んでくる。

 王城のバルコニーから見下ろす王都は、もはや人間の住む場所ではなく、巨大な墓場と化していた。

 空を覆う灰色の雲は太陽の光を遮り、枯れ果てた街路樹は不気味な骨のように枝を伸ばしている。

 街のあちこちから、病に倒れた民の苦しげな咳き込みと、絶望に満ちたうめき声が途切れることなく響いてくる。


「なぜだ……。なぜこんなことになった」


 私はバルコニーの手すりを強く叩き、ギリッと奥歯を噛みしめる。

 ルミナを追放してから、我が国は凄まじい速度で衰退を始めた。

 最初は、小さな農村の作物が枯れたという報告だった。

 すぐに治まるだろうと高を括っていたが、被害は瞬く間に広がり、大地の水分が根こそぎ奪われたように土がひび割れていった。

 それと同時に、原因不明の奇病が蔓延し、屈強な兵士たちでさえ次々と倒れていく始末だ。

 私は引き返し、苛立ちを隠すことなく廊下を大股で歩く。

 向かう先は、セリアに与えた豪華な客室だ。

 重厚な扉を蹴り開けると、そこには目を覆いたくなるような惨状が広がっていた。


「わたくしは真の聖女です! わたくしの光を浴びなさい!」


 セリアは髪を振り乱し、狂ったように両手から光を放ち続けている。

 パチパチとはぜる火花のような光が、部屋の壁や床を無意味に照らしている。

 しかし、その部屋の隅では、彼女の世話をしていたメイドたちが苦しげに胸を押さえて倒れ伏していた。

 セリアの光は、彼女たちを癒やすどころか、ただ体力を奪い、目を眩ませるだけの無益な輝きでしかなかったのだ。


「セリア! もうやめろ! お前の魔法は何も治していないではないか!」


 私が怒鳴りつけると、セリアは弾かれたように振り返った。

 その瞳は血走り、かつての可愛らしい面影は見る影もない。


「殿下! 違います、これは民の信仰が足りないからです! わたくしの祈りは完璧ですのに、愚かな民がわたくしを疑うから……!」


 その醜い言い訳に、私は吐き気すら覚えた。

 彼女の光には、癒やしの力など最初から存在しなかったのだ。

 すべては表面を飾るだけの幻影。

 真にこの国を癒やし、大地を潤していたのは、地味で目立たないと私が切り捨てた、あのルミナの魔力だったのだ。


「黙れ! お前は見掛け倒しの偽物だ!」


 私はセリアを突き飛ばし、そのまま部屋を飛び出した。

 頭を抱え、廊下の壁に背を預けてずるずるとしゃがみ込む。

 恐ろしい事実が、冷たい刃となって私の心臓をえぐる。

 私は、自らの手でこの国の命綱を断ち切ってしまったのだ。


◆ ◆ ◆


 数時間後。

 私は重臣たちを集め、緊急の軍議を開いた。

 円卓を囲む者たちの顔色は土気色で、部屋には重苦しい沈黙が満ちている。


「殿下。隠密からの報告によりますと……隣国ガルディアは、かつてないほどの豊穣を迎え、民は病一つなく活気に溢れているとのことです。さらに、ルミナ様がガルディアの王城で大切に遇されているという確かな情報も入っております」


 情報長官の震える声が、私の自尊心を粉々に砕く。

 私が捨てた女が、隣国に繁栄をもたらし、あまつさえ冷酷で知られるレオン王に寵愛されているだと。

 屈辱と焦燥が混ざり合い、私の脳内でどろどろとした黒い感情となって煮え滾る。


「……連れ戻すぞ。ルミナはこの国の所有物だ。あの力は、我が国の繁栄のために存在しなければならない」


 私の言葉に、重臣たちは顔を見合わせた。


「しかし殿下、ガルディアの軍事力は我々を遥かに凌ぎます。今、兵を挙げれば……」

「黙れ! このままでは座して死を待つのみだ! ルミナさえ取り戻せば、すべては元通りになる! すぐに出兵の準備をしろ!」


 私は狂ったように叫び、机を強く叩きつけた。

 もはや理屈ではない。

 自らの過ちを認める恐怖から逃れるために、力づくで事実を塗り替えるしかないのだ。

 翌朝。

 王都の広場に集められた兵士たちの姿は、惨憺たるものだった。

 鎧は錆びつき、顔は痩せこけ、手にした槍は小刻みに震えている。

 馬たちもまた、痩せ細り、力なくいななきを上げるばかりだ。

 誰の目にも、これが破滅へ向かう行軍であることは明らかだった。

 それでも私は、自らの愚かさを直視することを拒み、強引に軍勢を前に進めた。


「全軍、前進! 我らが至宝を、ガルディアの盗人どもから奪い返すのだ!」


 私の号令が虚しく響き渡る。

 泥にまみれた行軍が始まる。

 空からは冷たい雨が降り出し、私たちの進む道を泥濘へと変えていく。

 私の頭の中には、かつて私を見つめていたルミナの控えめな笑顔だけが焼き付いている。

 私が手を差し伸べれば、彼女は必ず涙を流して私の胸に飛び込んでくるはずだ。

 その狂信的な幻想だけを頼りに、私は枯れ果てた大地を越え、国境へと駒を進めていった。

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