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9、新しい生活①

 落ち着いたフィーが朝食の皿を空にしたのを見てから、冒険者ギルドに向かった。まだ人の少ない道を吹き抜けていく涼しい風が心地よい。


「明るいな」

「朝だからだね」


 隣に誰かがいるだけで、こんなにも街が明るく見えるのかと鑑賞に浸っていると、冒険者ギルドと書かれた看板が目に入った。

カフェの常連客のように「いつもの」と言えるのは何回目からなのだろうか?

そんなことを考えつつ、いつもと同じ薬草採取の依頼を受けてから、地図を見なくても行けるようになった草原に着いた。


「フィーはなにする?」


 俺はただ無心で、スキル『薬草鑑定(A)』に映った薬草を取っているだけで、特別なことをしているわけではない。

とはいえ、何も仕事がないというのは、少し可哀想だ。

その気持ちは、俺には痛いほど分かる。


「フィーは薬草分かる?」

「うーん、木の実なら分かるよ」

「じゃあ、木の実を集めてくれるか? 魔物がいたら、すぐ戻って来るんだぞ。あと、俺の声が聞こえないくらい遠くまで行ったらダメ。約束だぞ」

「うん、約束っ!」


 ちょうど初秋だから、木の実ならいくらか実っているだろう。

タッタと走っていくフィーを見送ると、俺も自分の仕事を始めた。さすがに、自分より年下の女の子に働かせて、自分はサボるわけにはいかない。

保護者(?)としての矜持というものがあるのだ。

『薬草鑑定(A)』と唱えると、草原の所々に点々と薬草の名前が出てくる。そこに向かって、『デトック草』や『リヴァイン草』と書かれたパネルの下を見れば、数多の雑草の中に、違う見た目の草が生えているから、それを採取する。もちろん、軍手をはめて。

そんな単純作業の連続だ。

俺のMPがそこまで多くないから、スキルを使っても、薬草が探知範囲に無いこともある。

ちなみに、薬草の詳細な情報が見たければ、その薬草に手を近付けながら『薬草鑑定(A)』と唱えればいい。

そう、ここで大事なのが、『手を近付ける』ということだ。触ってはいけないのだ。以前、『トーキシック草』に触れかけた記憶が蘇って、ゾッとする。




 やっと既定数に到達する頃には、もうゼーゼーハーハーへとへとだ。

さっきから、ジリジリ、ジリジリ、とうっとおしい太陽が空の高い位置に陣取っている。もうそろそろ、お昼の時間だろう。


「フィィーーー!」


 獣人っぽいから、おそらく耳は良いのではないだろうか。犬や猫なら良さそうだが、狐の聴力の程度は知らない。

……でも、大丈夫そうだ。


「お兄ぃちゃーん!」


 ドタタタタァ、と俺の側に駆け込んできた。さながら遅刻ギリギリで教室に入ってくる学生だ。


「ただいま」

「うん、おかえり」


 全力疾走したはずなのに、息が切れていないのは、さすが獣人というところだろう。

それにしても、


「どうしたの? ご飯わすれたの?」

「いや、ただいま、おかえり、って言い合うのが久しぶりだなって」


 うちは共働きだったし、一人っ子だったから、学校終わりの家はいつもがらんとしていた。もちろん、家につれてくる友人なんていない。

それに、親とは冷戦状態で、ろくに口も利いてなかった。


「ただいま」

「……おかえり?」

「ただいまっ!」

「おかえり」

「フィーも久しぶり。これ楽しいね」


 草原を自由にかける馬のように、楽しそうに弾みながら、街の方へ歩いていく。時々クルッと回りながら。

フィーは、数メートル先で俺の方を振り返った。


「はっやく、はっやく!」


 俺はその呼びかけに応える代わりに、フィーのもとに駆け寄った。


「行こうか」

「うん」




 今日の稼ぎは、薬草採取の依頼三回分で九千ピロ、そのついでに採った薬草で八千ピロで、計一万七千ピロ。

今日は、高ランクの薬草を見つけたから、いつもより少し多く稼げた。


(でも、まだ足りない)


 フィーの登場で半ば忘れかけていたが、奴隷を買うのには全く足りないのだ。目標金額を余裕を持って二千万ピロとすると、王様からもらった五百万ピロを入れても、残り千五百万ピロ。生活費ゼロでも九百日弱、つめり二年半かかる。

さすがに、作業ゲーにハマっていた頃もあったが、頭を空っぽにしても半年が限界だ。


「はぁ、疲れた」


 昨日と同じく、宿につくと、気が抜けて体の隅々から疲れがどっと湧き上がってくる。

だが、今日のため息はこのせいで無意識で出たのではなく、フィーへの冗談としてわざと出したものだ。


「フィーは楽しかったよ」


 尻尾を犬のように左右に振りながら、階段をのぼっていく。

三階までのぼると、そこで俺のことを待っていてくれる。そういうところは、しっかりしている。

やっぱり、フィーも訳ありなのだろう。初めて会った時も、目が血走った人たちに追いかけられていたし、妙に勉強ができる。


「おいしかったね」

「フィーは何が一番おいしかった?」

「うーん、フィーは……あ!」


 俺の泊まっている部屋の前に着くと、フィーが急いでドアを開けた。

二、三歩入ってから、クルッと振り返った。


「おかえり」

「うん、ただいま」


 こんな些細な会話で疲れが吹き飛ぶのが不思議でならない。

好きな場所が、柱の横から、フィーの横になった。そう、はっきりと実感できるし、言い切れる。「温かい」が、今の俺に適当な言葉な気がする。




 魔力灯に流すと、俺の少ないMPでは疲労感が半端ないし、ろうそくに火を灯すのは勿体ない。

他にやることも無いので、寝ることにした。


「じゃあ、おやすみ」

「まってー!」


 駆け込み乗車をするサラリーマンの心の中を代弁したような必死さだ。


「どうしたの?」

「どうして、床なの? フィーのこと、きらい?」

「いや、そういうわけじゃ……」

「じゃあ、こっち」


 左手でベッドをポンポンと叩いている。

まあ、そういうことなのだろう。こういう漫画の描写を羨ましく思いもしたが、今はっきりと分かった。

別に、嬉しくない……というより、緊張でそういう感情が全て飛んでしまっている。

だいたい、法律的にも、倫理的にも、性格的にも手を出せない俺には、リスクでしかない。寝相が特段悪いというわけではないが、寝返りを打ったときに……という可能性もあるのだ。

一言「助けて」と叫ばれれば、こんな薄い壁を通り抜けた声を聞きつけた冒険者たちが、部屋に突入してくるだろう。そして、そのまま牢屋行き。

さすがに、それは辛い。


(同じ状況で、今までさんざん不幸を願ってきた漫画のモテキャラたち、ごめん。実際にやってみると、辛いんだな……)

「ほら、座る!」

「はい」

「ほら、寝る!」

「はい」


 肩に軽く触れた毛布が、俺を慰めているかのようだ。

いつもより早く温まったベッドの中で、悶々と一晩を過ごしたことは、お察しの通りだ。

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