8、新しい出会い⑤
布団がいつもと違うからだろうか、何か寝苦しさを感じて目が覚めた。
起きるとすぐに、その原因が分かった。
仰向けに寝ている俺の腹の上に、何かが乗っかっているのだ。まあ、その何かとは言わずもがなだが。
怪我をしているから、無理に起こすのは悪い気がするが、お腹を圧迫されて息苦しいのも事実。
しかも、みぞおちのすぐ下辺りに体重をかけられている。寝返りなんて打たれた時には、思わずこいつを跳ね飛ばしてしまいそうだ。
でも、昨日はここまでは重くなかった気がする。
(重いというより――苦しい)
きっと、疲れが溜まっているのだろう。最近はほとんどブラック企業のような労働時間だった。
しかし、それにしても重い。
昨日俺のベッドに潜り込んできた時は、ここまでの息苦しさを感じなかった。
窓から差し込む朝日が、俺を仕事へと駆り立てる。
「何か食べに行くか」
「おにっく、お肉がいい」
「そっか、そっか。でも、野菜もバランス良く……」
幻聴が聞こえるほど疲れているのだろうか。それとも、独りが寂しくなったのだろうか。
「お兄ちゃん、ご飯食べに行こうよ」
俺の意識はこの部屋の中のただ一点に集まった。
そう、毛布の中から、幻聴が聞こえるのだ。話し相手がいないから、動物とでもいいから話したい、という願望の現れなのであろうか。
まあ、俺の目が相当悪かったら、そういう考えに辿り着き、激しい自己嫌悪に苛まれただろうが。
しかし、視力1.0の俺の目はしっかりと捉えた。毛布の盛り上がりが、子狐のそれとは、絶対に異なっていることを。
いくら異世界といえども、さすがに一晩で体長が三十センチから、一メートルちょっとにまで増えることはないだろう。ろくろ首でもない限り。
「――あの、どちら様ですか?」
「フィーはフィーだよ。自己紹介がまだだったね」
バサッと毛布がめくられると、中から少女が出てきた。
頭には既視感のあるふさふさの耳、そして、これまた既視感のある白い尻尾。もうなんとなく察しはつくが、一応訊いておこう。
「昨日の……狐の?」
「うん、そうだよ」
魔女が飛ぶのに使うほうきのような尻尾を左右にふりふりしている。犬と同じで、嬉しい時に無意識にしてしまうだろう。
というか、女の子だったんだ。
オスだと思って接していたから、少し気まずい。メスの狐とならまだしも、明らかに小学生くらいの少女と同じ部屋に泊まる、というのはコミュ障にはハードルが高すぎるのだ。
(男みたいな名前を付ける前で良かった。女の子に、シリウスはダメだろう)
というか、第三者に良からぬ印象を与えそうだ。
こんなところを何も知らないクラスの連中が、状況だけで判断すれば明らかにアウトであろう。完全に変態扱いされてしまう。別にクラスで浮いた存在の俺には関係ないのだが、あの委員長の耳に入ったら、執拗にからかわれてしまう。
まあ、捕まるようなことはしていないはずだ。
「フィー……さん?、はどうして狐になっていたんだ?」
「フィーは、フィだよ」
「じゃあ、フィーはどうして狐になっていたんだ?」
なんか、むず痒い。
一人っ子かつ陰キャの俺には、女子の苗字をさん付けで呼ぶことも稀だった。それなのに、急に名前を呼び捨てで呼ぶのは、違う自分を演じているように思える。
それを小さな女の子相手に感じるということは、俺は相当他人との関わりを避けてきたのだと、改めて実感させられる。
「どうしてだろうね?」
その小首を傾げる動作に少しドキッとしてしまった。
女の子への耐性はゼロ、むしろ俺には特攻補正がかかる始末。
可愛い女奴隷を買おうと意気込んでいたが、早くも憂鬱な気分になってきた。でも、この子を含めたとしても。さすがに戦力が足りなさすぎる。
「じゃあ、どこから来たの?」
「ん〜、気付いたらいたんだよね」
このままだと、俺は誘拐犯になってしまうのだろうか?
というか、神隠しにでもあったんだろうか?
図書館の本にはなかったが、獣人って、変身できるのだろうか?
気になることが多すぎて、脳が処理落ちしそうだ。
「俺って、誘拐犯にならないよな?」
結局、始めに思ったこれになってしまった。
悪いように言えば「口も聞けない女の子(メスの狐)を抱きかかえて、自分が泊まっている宿に連れ込んだ」ということになるのだから。
間違いなく、委員長にはそう言われるだろう。
「フィーは気にしてないよ。これからも、ここにいるんだし」
「……」
「それより、ごはっん、ご飯」
んー、まあいいか。
戦力は少しでも多いほうが良い。それに、元々狐だったからか、見ているだけで癒やされるし。
「じゃあ、行こうか」
「うん!」
何の屈託のない笑顔が俺の心を浄化してくれる気がする。旧知の友達といるような、俺のすべてを包んでくれるような安心感だ。
何だか、母親っぽさを感じる。
あいにく、本物の方にはそこまで良い記憶は無いのだが。
「どうしたの? お腹へってないの?」
「いや。何が食べたい?」
「フィーは、お肉!」
彼女は尻尾を振りながら、階段を下っていく。
ご飯くらいでこんなに、はしゃいでいる姿を見ていると、思わず頭を撫でてしまっていた。
「……あっ、ごめん」
「ううん、いいよ。フィーは好きだよ」
クラスメイト全員の前で叱られた時のように、顔が火照ってくるのを感じる。でも、あの時のような胸の苦しさは感じない。
これが、こんな子供に慰められた自分を恥じているのか、不覚にも彼女にドキッとしたのか分からないが、悪い気はしなかった。
「お兄ちゃん、食べないの?」
急に視界に、彼女の顔が飛び込んできて、思わず立ち上がってしまった。
近くにいたウエイトレスがフフッと、隣のテーブルの朝酒に酔った中年冒険者がニヤニヤと、笑っている。
「いや、食べるよ」
そうは言うものの、彼の手は進まない。
目の前に並んだ料理から美味しい匂いが漂っている。しかし、むしろ食欲が無くなってきた。
なんて言ったって、昨日まで通りに食べれば食費は二倍だ。さすがに一回三千ピロの薬草採取だけでは食い扶持を稼ぐだけで限界だ。
(最も手っ取り早いのは、ダンジョンに潜って、魔物やら宝箱の中身やらを冒険者ギルドに売ること。でも、俺には……)
「はぁ」
「どうしたの? お腹いたいの?」
「フィーちゃん、いや、フィーは何のスキル持ってる?」
「……何も……ないの。フィーには何も」
ごく軽い話のつもりだったのだが、そう言ったきり、唇を軽く噛んで口をつぐんでしまった。
聞いてみたとはいえ、こんないたいけな女の子を戦わせるわけにはいかない。
どんな戦闘系スキルでもいいから、一つでも持っていたら、俺のポーションで強化できたのだが。
「あ、あのね……フィ、フィーは戦う、戦えるから。だから、だからっ」
俺の視線と、涙をいっぱいいっぱいに貯めた彼女の視線が交差する。
どこかで見た表情、そう感じた。
どうしていいか戸惑っていると、俺の口より先に彼女の口が動いた。
「精一杯がんばる、がんばるから……フィーを捨てないで、フィーと一緒にいて!」
彼女の言葉には、さっきと同じ、何かに切羽詰まっているような焦りが滲んでいる。
フィーは、色々なものが混ざり合い、上手くまとまらない自分の思いを、頑張って言葉にして口から絞り出している。
それは明瞭でなく煩雑だったが、彼女の思いは伝わってきた。
「そりゃあ……」
返答に言葉をつまらせた時、ハッと気付いた。
どこかで見た彼女の表情の意味に。
答えは、すでに俺の胸の中に宿り、ずっと覆い隠してきたそれだ。
他人と関わりたい、自分を認めて欲しい、誰かの役に立ちたい。でも、失敗が怖くて踏み出せない。それがもどかしい。
そういう感情だ。
俺はもうとっくに諦めていたそれだ。
「大丈夫、俺はそんなことしないよ。独りぼっちの俺には、フィーが必要なんだ」
「ほんと?」
フィーの目がガラスのコップのように輝く。
まだ温かいそれに、冷水を入れたら割れてしまうのは必然だ。しかし、世間では冷水を入れられるのが常。誰かが温め続けないといけない。
「ああ、俺の居場所がフィーなのと同じで、フィーの居場所が俺なんだから」
「うん! ずっとここにいる」
フィーは一回軽く立ってから、さらに俺のそばに座り直した。
俺に寄せられた肩から服越しに、ほのかに熱が伝わってくる。
この熱は俺の聖火だ。
気軽に感想を書いていただけると助かります。
もし面白いなと思っていただけたなら、ブックマーク登録、ポイント、リアクションもお願いします。
ぜひ他の作品も読んでみてください。




