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7、新しい出会い④

 やる気に包まれたセイジが奴隷商館から出た後に向かったのは、草原だ。

もう日が暮れかかっているが、欲しい奴隷を決めたからには、彼女らが買われてしまう前に金を貯めなくてはならない。

露店で売っていた奴隷は確か、千万ピロからだった。つまり、どんなに質の低い奴隷でも、それくらいはするということだ。それを二人分、割引があるといえど、そこまで安くはならないだろう。

お得意様でもない俺がどんなに値切っても、二千万は覚悟した方がいいだろう。

今受けている『デトック草とリヴァイン草を十本ずつ採取』という依頼は一回で三千ピロ。王様からもらった五百万ピロを含めても、単純計算で、七百回こなさなければならない。

どんなに血反吐を吐いて頑張っても、一日の限界数は五回が精々だ。四ヶ月も採取し続ける前に、薬草自体が無くなってしまう。


キュ〜、キュ〜


 何の鳴き声だろうか?

まあ、この世界で、地球にいたような普通の動物を見たことがないから、十中八九魔物で間違いないだろう。

ナイフ一本のほぼ丸腰調合師と、可愛い鳴き声の魔物。さて、戦ったらどちらが勝つのだろうか。「触らぬ神に祟りなし」の精神で見て見ぬふりをするのもありだが、明らかに困っている可愛い鳴き声の主を無視するのもなんか可愛そうな気もする。

スキル『鑑定』が使えたら、さっさと鳴き声の主の正体を見破って。こんなに悩む必要はないのだが、俺の持っている『薬草鑑定(A)』じゃ、相手が薬草系の魔物でないと、魔物への効果はゼロだ。


『薬草鑑定(A)』


 とりあえず、使うだけ使ってみたが、『トーキシック草』が鬱蒼と蔓延る中に『ラブベリー』とかいう食用の実をつける、いちごもどきの草の中に生えている。

薬草鑑定によると、ラブベリーは進化の過程で、毒草のトーキシック草の近くに自生することで、捕食されるのを回避してきたらしい。

これで分かったことは、一向に動く気配のないあの魔物は、あそらくトーキシック草を食った。周りに生えているラブベリーと間違えたのだろう。つまり、肉食ではない。

それなら……。


キュ〜、キュ〜


 やっぱりだ。

後ろに体を反らしながら、恐る恐る草むらを覗いた俺の目に映ったのは、白い魔物だった。うーん、多分、狐だろうか。犬や猫には無い尻尾の形だ。

子泣きじじいのような妖怪の姿を想像していたから、少しホッとした。

左後ろ足の白毛に血が滲んでいるのを見ると、近付いても、そのままパックリ食べられはしなさそうだ。

見たところ、刺さっているのはただの矢だ。

ただの木の矢がしっかり刺さるような防御力なのだろう。ならば、そこまで強くない魔物か、魔法系の魔物と考えるのが妥当だ。ずっと呻いているということは、治癒魔法を使うMPすら残っていない。

しっかり注意を向けていれば、やられることはないだろう。


「なあ、大丈夫か?」


 まあ、答えてくれるわけが無いのだが、動物園のふれあいコーナーにいそうな小動物を見ると、つい構いたくなるのが、人間の性だ。


「キュゥゥ〜〜」


 俺の問いに答えたのかは定かではないが、そう思うことにしよう。

袖振り合っても、多生の縁になるのだから、対話をしたなら、それ以上の縁になるのだろうか。ここまで関わって、目の前のこいつを放置するのはさすがに忍びない。

依頼のデトック草とリヴァイン草を採取するついでに、『薬草鑑定(A)』で捉えた薬草を使って、【HP回復ポーション】を作っていて良かった。

魔物に襲われた時に、どうにか街まで逃げ切るために作ったものだが、四の五の言っている場合ではない。この草原にいる限り、魔物に襲われることなんて無いだろう。俺が感知できなかったとしても、あたりにいる冒険者の誰かが気付くはずだ。


「ほら、やるよ」


 ポーションだけ置いていってもいいが、容器を回収しなければならないし、何だかそれも冷淡な気がする。

なるべく刺激しないように、相手の顔と同じ高さから、手を差し伸べた。

プルプルと手を震わせながら小動物に手を伸ばす姿は滑稽に映るだろうが、俺は至って本気だ。可愛い見た目に騙されている、という一途の可能性は未だ健在だ。

引き気味で、指先で毛先をつんつんしたが、特に攻撃の意志は感じられない。

どうやら、巨大なハリネズミではないようだ。

この真っ白な毛は、何とも言えない触り心地だ。ぬいぐるみと違い、手に優しく反発してくる。


「キュゥゥ〜〜」

「あ、ごめん、ごめん」


 まったく、けが人に注意されるとは面目ない。

ポケットからポーションを取り出して、ふたを開けた。

相手が女の子なら、変なことも考えただろうが、幸か不幸か、相手は魔物だ。さすがに抵抗があるし、変な病気にかかりそうだ。

彼を俺の膝の上に乗せて、左手の人差し指と中指で口を開け、右手で瓶を傾けた。平らな皿があれば良かったのだが、野宿するつもりもない俺がそんな物を持っているわけがない。

程よい角度に保ててはいるが、地味に辛い。

こんな微妙な位置に腕を保つなんて、初めての経験だ。

慣れていれば楽しかったかもしれないが、ポーションを口に流し込み終えた。

感想は微妙、それ一択に尽きる。


「おい、見つけたか!」

「いや、まだだ。だが、あの白さだ。草むらなら、見落とすことはないだろう」

「おい、ここら辺にいるぞ! 探知魔法に掛かった」

「血の匂いはしないが、あの傷だ。そこまで遠くには行けないだろう」


 うーん、何か大変そうだ。

白い、血、傷……既視感を感じるが、思い出せない。


「あの、狐を捕まえれば、遊んで暮らせるんだぞ!」

「ああ、分かってる」

「キュ〜」


 何かを探しているらしい。

狐、キュ〜……。

俺に顔を擦り寄せてくる彼と目が合った。


「まさか……お前か」

「キュウ」


 小学校でやった校内かくれんぼでもエアれなかったスリルだ。スリルとしての質は良いが、心臓には悪すぎる。

カサ、カサ、カサとだんだん草擦れの音が近付いてくる。


「じゃあ、行くぞ!」


 採取した薬草で狐の体をカモフラージュさせながら、彼を持ち上げた。

まあ、白と緑だから、ほとんど隠せていないが、何もしないよりかはマシだろう。

立ち上がった時に、彼を探している冒険者と目が合った。


「何だ! チッ、人か。なあ、白い狐、見なかったか? 嘘ついたら、分かってるよな?」


 その冒険者は、腰に提げている剣に手をかけながら、そう凄んでくる。

クラスの不良のようなおふざけ感はない。目が血走っている。

そこまで欲しいなら渡してやろうかとも思ったが、腕の中で震えている彼を感じて、そんな考えを吹き飛ばした。

それじゃあ、あいつらと同じだ。

自分だけのために、他人を犠牲にするのはただの傲慢だ。そう知っている俺には、その行為を恥じる義務がある。

俺だって死にそうな時に手を差し伸べてもらったんだ。今度は俺が……。


「おい、聞いてんのか!」

「すみません、知りません!」


 背中を向けたまま一礼して、そのまま駆け出した。

後で思い返すと、どんなに怪しかったことか。察しの悪い相手で良かった。

ハッと気付くと、宿の俺の部屋にいた。

人間の性格は、一朝一夕には変えられない。体の髄にまで根付いているものがあるのだ。その温床から断ち切らない限り、俺はいつまでも負け犬のまま。いつまでも、弱い自分、俺が忌避してきた奴らと同類のままだ。


「大丈夫だったか?」


 もちろん答えてくれるとは思っていないが、つい形式的に訊いてしまう。

でも、動物に話しかける人なら多くいるから、そこまで可笑しいことではないだろう。


「キュ〜!」


 元気だ、という意思表示なのだろう。

ポーションを飲んだからか、もう傷口は塞がっているように見えるが、数日は安静にしておいた方が良さそうだ。

さすがに、また傷口が開いたら、ポーションの無駄使いになってしまう。


「治るまではここにいるんだぞ」

「キュ〜」


 窓の外を見ると、太陽が遠くに見える山脈の後ろにすでに隠れている。

草原からずっと走ってきて、疲労感がすごい。もう、食堂に行くだけの気力は残っていないから、彼に水をあげてから、使い古されて、木綿豆腐みたいになっているベッドに横たわった。

そういえば、こいつに名前を付けなければ。このまま、彼、彼って言い続けるのも、なにか人情に欠ける気がする。


(シロ、とかじゃ安直すぎるかな?)

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