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50、ヤーパン観光⑤

投稿が遅れてしまってすみません。

Youtube制作の方で、疲弊しきってしまい......。

「お兄ちゃん、遅いね」

「もう食べに行きましょうよ。彼だって、先に食べてても良いって言ってたわよ?」

「えー、待たないの? ご主人様、可愛そうだなぁ。一人で夜ごはん食べるのかぁ」

「時雨お姉ちゃん、食べに行っちゃうの?」


 大和旅館の一室では、夕食を食べに行きたい時雨が、セイジを待ちたいフィーとユリアの通せんぼを前に、足を止めていた。

ユリアの煽りの後だと、フィーのうるうるした瞳が一層効力を発揮する。その純粋さに、さすがの時雨も足を進めようとすると、一抹の罪悪感を覚えるのだった。

仲裁役のセリアとルシェは、盤上が石だらけになるほど五目並べに白熱していた。


「ルシェ、中々やるじゃない」

「セリアこそ」


 時雨がじりじりとふすまに近づき、もう手が届きそうな間合いになったとき、ユリアが「今だ!」と声を上げた。

計画は簡単だ。力の強いユリアが時雨を押さえている間に、フィーがこちょこちょをするのだ。

ユリアが時雨に飛びかかり、彼女の体を正面から取り押さえた。


「フィー!」


 その時、ユリアは未だかつて感じたことのない安心感を覚えた。


(こ、これは……)


 焼く前のパン生地のように柔らかいそれに顔を埋めると、口から吐息が漏れ、力が抜けてしまった。とめどなく溢れてくる安心感に溺れていたユリアは息苦しくなり、ようやく自我を取り戻した。


「し、時雨のバカァー!」


 そう叫ぶと、ユリアを部屋を見渡して、ルシェの元に駆け寄った。


「ルシェ、私たちはずっ友だよーっ!」

「うるさい、黙ってて」


 時雨は敵。フィーはその魔性の虜になり、ルシェはすげない態度だ。あと残っているのは――。


「お姉ちゃんは……」

「ん?」

「お姉ちゃんも敵! 時雨ほどじゃないけど、ダメ!」

「急に何よ。夕食の野菜が嫌なの? 私たちは好き嫌い無いけど、確かルシェも野菜食べれるわよ」


 セリアが呆れたように、ルシェと顔を見合わせる。ユリアは「なんだ、野菜か」と呟くと、急に晴れ晴れとした顔になった。そして、時雨の抱き枕とかしているフィーに、やけに機嫌の良い顔を向けた。


「フィー、今日の野菜食べてあげようか?」

「うん、おねがーい」


 時雨の腕の中から、もふもふされ続けて、気の抜けたフィーの声が漏れ聞こえた。


「ダメよ! フィーは成長期なんだから、しっかり野菜食べなきゃ。ユリアも、自分の分を食べられるようになってから、そういうこと言いなさい」

「ふん、やっぱり時雨嫌い。じゃあ、ルシェ、私が野菜食べてあげるよ」

「デザートと交換」


 やけに野菜に固執するユリアを見て、いけると踏んだのだろう。


「え、デザート……」

「お肉でもいいよ」

「ダメ、それはダメ! デザートと交換ね」

「約束」

「うん、約束だよ」


 ユリアが嬉しそうに、ルシェと指切りげんまんをした。ルシェもしたり顔で、満足そうな笑みを浮かべている。

時雨はフィーと微笑ましく戯れ、ユリアは寝っ転がって畳の感触を楽しみ、セリアとルシェは相変わらず将棋に耽っている。やっと部屋が落ち着きを取り戻したようだ。




 しかし、帰ってきたセイジがふすまを開けたことで、部屋の空気がかき混ぜられ、再び活発化した。セイジが顔を覗かせるやいなや、時雨の腕の中から一瞬で抜けたフィーと、畳から急に起き上がったユリアが、我先に「おかえり!!」と口火を切った。


「ユリアの方が一秒早かったね。ユリアの勝ち」

「そんなことないもん。フィーの方が先だよ」

「ご主人様、ユリアが」

「お兄ちゃん、フィーが」

「――一番だよね??」

「はぁはぁ、両方同じタイミングだったよ、多分」


 セイジは肩で息をしながら、そう答えた。


「それで、夕食はどうした?」

「ご主人様のこと待ってたんだよ。もうお腹ペコペコだよ。早く、行こ」


 ユリアがセイジの手を引いて、廊下へ出ようとすると、慌ててフィーも負けじと反対側の手に飛びついた。


「フィーもね、待ってたんだよ。時雨お姉ちゃんを説得したんだよ」

「それはスゴいな。委員長もありがとな」


 フィーがいなくなったことで手持ち無沙汰になり、ぼーっとしていた時雨がプイッと窓の外に視線を向けた。


「フィーに感謝すればいいじゃない」


 いつもに増して、棘が目立つ言い方でそう言うと、プイッと顔を背けたまま立ち上がった。横を通り過ぎざまに、「野菜を食べても、胸は大きくならないわよ」と正面を向いたまま呟いた。

ユリアが目をパチクリと開けて固まった。


「……ル、ルシェ」


 ユリアが視線を送ると、ルシェはさっきの時雨のようにそっぽを向いた。「ルーシェ!」とセイジと手を繋いだまま、なまはげのように、のっそりとルシェに接近し始めた。ただの調合師のセイジに抗えるはずもなく、彼と手を繋いでいるフィーもろとも畳の上を滑っていく。


「おい、ユリア。どうしたんだ?」

「ルシェからデザートを取り戻すの」

「五目並べで賭けでもしたのか?」

「ううん、お姉ちゃんに騙された。野菜食べたら大きくなるって」


 セイジの疑うような視線に、セリアは面倒くさそうに「そんなわけないでしょ」と答えた。


「ただユリアが勘違いしただけよ。ねえ、ルシェ、デザート返してあげてくれない?」

「勝負、これで勝てたら良いよ」


 ルシェが白い碁石の入った容器をユリアの足元に置いた。ユリアも素直にそれを持ち上げた。それから、セイジの方を振り向いて、上目遣いに尋ねた。


「浴衣、どう?」

「え、うん、いいじゃない。似合ってると思うよ」


 中々に歯切れの悪い彼の褒め言葉を聞くと、ユリアははいと碁石の容器を差し出した。「可愛い子のわがままなら許される」ということだろうか。なんとなく察したセイジがルシェの方を向くと、彼女はうんと頷いた。


「じゃあ」


 碁石を受け取り、碁盤の前に座ると、前回の五目並べの跡が残っていた。白は三、四個並んでいるのが散見できるが、黒は星座のように散らばっていた。

相手の攻撃をいなす防御の手を上手く活用して、攻撃の手に転じさせていく技巧派なのだろう。ミスらない限り負けない戦略だ。

とはいえ、とあるギャルゲーのイベントで散々プレイした俺に、今日初めてプレイしたルシェが敵うはずもない。


「はい、五目並んだよ」

「やった、デザートが戻ってきた!」


 ルシェが一度リーチを見逃したおかげで勝てたセイジは胸をなで下ろすと、夕食のために立ち上がろうとした。その時、ドンと目の前にチェスが置かれた。


「これ」

「もう夕食食べに行かない? みんな、お腹減ってるでしょ?」

セイジが笑って誤魔化そうとすると、時雨の声が響いた。

「大丈夫よ。ここで夕食を食べられることになったから。もうすぐ、宿の人が持ってくるわよ」

「えっ」

「じゃあ、チェス頑張ってね」


 時雨は作り笑いで応援すると、わざとらしくふぅとため息をついてから、座布団に座って湯呑にお茶を入れた。それを一口飲むと、チェスの駒を眺めていたフィーを膝の上に座らせて、孫を見るおばあちゃんのように目を細めて和み出した。

そのうち、セリアと碁盤を囲んで、三人で白、黒、赤の三色五目並べを始めた。


「はい」


 セイジが手元に視線をやると、もうすでに駒が二列に整列していた。それどころか、ルシェのポーンが前に進んでいる。ユリアのデザートは取り返したし、普通に楽しもうと、彼もナイトを左前に進めた。

駒の動かし方を知っている程度だったが、コト、コトとテンポ良く駒が動き、だんだんと緊張感も漂ってくる良い試合が展開されている。

――そう思ったのだが、ルシェのクイーンが突撃してきたのを皮切りに、続々と味方が討ち取られ、盤外に白い大名行列ができた。


「チェックメイト」


 ルシェがルークを彼のキングの前に配置して、勝者が決まった。


「参りました」


 彼が「ありがとうございました」と試合を締めると、ルシェは満足そうに頷いた。盤から目を離すと、目で笑っている時雨と目があった。


「そっちも終わったようね。ルシェ、どうだった?」

「勝利、デザートゲット。時雨は?」

「もちろん、私たちも勝ったわよ」

「うん、勝った、勝った!」


 よほど嬉しいのか、尻尾をぶんぶん振っているフィーの前で、セリアが神妙な顔をして両手をついている。

時雨とフィーがハイタッチで嬉しさを表しているところに、夕食が到着した。気づけば、ユリアが隅においてあった座椅子を机の前に並べ、その一つに座っていた。


「みんな、ご飯だよー」

「うん、ごっはんー」


 フィーが時雨の手を引いて、ユリアの向かい側に座った。

「お野菜、頑張って食べようね」などと言って、時雨はお姉さん気分だ。フィーが同年齢というのは黙っておこう。まあ、寿命が三倍だから、人間換算の年齢は実年齢の三分の一。つまり、フィーは約六歳という論理も正しいはずだ。


「ユリア、まだ食べない!」


 ユリアの隣りに座ったセリアが、ユリアの箸の上端をつまんだ。こうなっては、彼女の箸は閉じられず、食べ物を掴めない。

スプーンとフォークに切り替えるものの、すでに両者ともにセリアの手の中だ。

飲み物まで並んだことを確認したセイジは「では、いただきます」と両手を合わせた。フィーたちも当然といった顔で手を合わせた。


「いただきます!」

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