48、ヤーパン観光③
宿屋の店先で待っていた女将さんの目の前に現れたのは、白衣に身を包んだ男だった。
「では、行きましょうか」
「どこに行くんですか?」
「ケーニッヒ商会って知ってますか? 最近、この街に進出してきた商会なんですけど」
「ええ、存じてます」
「コーヒー関連の商売はそこの支店長の提携しているので、彼も含まて話し合えればと思いまして」
「なるほど、そういうことでしたか」
大通りに出て右に曲がると、ハンスさんの言っていた場所に、ケーニッヒ商会ヤーパン支店があった。まだ、ハンスさんがいるといいのだが。
「すみません、ハンスさんいますか?」
「あなたは?」
まさかそういう返事が来ると思わず、「え?」と聞き返してしまった。そういえば、ここは普段使ってるラビリスではなかった。どうりで、門番がいつもの重装備でないわけだ。
「その、ハンスさんとは――」
「身分がはっきりしない方を、支店長室までお通しすることはできません」
「あ、ですよねー。では、白衣の男が支店長を呼んでる、と伝言してもらえませんか?」
「ええ、それくらいなら」
門番の男は不服そうに店内へと消えていった。俺とこのまま問答するよりかはマシだと考えたのだろう。
もう一人の門番は、アリの子一匹通さない形相で仁王立ちしている。
「その、すみません。時間がかかってしまって」
「いえ、それは良いのですが、本当にケーニッヒ商会の支店長と知り合いなんですか? ケーニッヒ商会と言えば、結構の大店ですよ。近頃はとてつもないポーションを売ってるとか」
コミュ障のセイジに、知らない人との会話を長く持たせるのは至難の業だ。もう早速、話のネタが尽きてしまった。
気まずさを口いっぱいに噛み締めながら、どうしようか考えていると、店のドアが勢いよく開いた。
「ドクトルーっ!」
「あ、ハンスさん、久しぶりです」
「ドクトル、今日は何のご用でしょうか?」
「急に来てしまってすみません。新商品の商談をできればと思いまして。お忙しければ、また後日伺いますが」
「いえ、ちょうど時間を持て余していたところです。ところで、彼女は?」
「大和旅館の女将さんです。新商品の販売先にどうかなと思いまして」
「なるほど。では、中にどうぞ」
店内では、慌ただしく人が動いていた。開店への準備、商品のチェック、新人の指導などで、皆てんてこ舞いになっているらしい。
商品の仕入れ先との契約を済ませたハンスさんは、特に問題が起きない限り、する仕事が無いそうだ。
「どうぞ」
支店長室のソファーに腰掛けると、ハンスさん自らコーヒーを淹れてくれた。
「では改めまして、ケーニッヒ商会ヤーパン支店長のハンスと申します」
「大和旅館の女将をしていますココノエと申します。今後とも、どうぞよしなに」
「コーヒーをケーニッヒ商会に卸しているドクトル・トードーです」
なんか、改めてこの名前を言うと、急に恥ずかしくなってきた。
「あの、ドクトル・トードーと言いますと」
「ええ、そうです。当商会のポーションも、彼が卸してくれる商品です。それでドクトル、新商品とは?」
コーヒー分野で他の商会に負けないようにするために、コーヒー商品を増やそうとしていた矢先に、大和旅館へのコーヒー牛乳販売の話が持ち上がった。
始めは商品化を提案しようと思っていたのはコーヒー牛乳だけだったが、何もコーヒー牛乳だけである必要はない。むしろ、商品のレパートリーは複数種類あった方が良い。コーヒー商品なら他にも色々あることだし、この際一気に種類を増やすことにした。
実物を見てもらった方が説明しやすいから、ココノエさんの来襲で飲めなかった俺のコーヒー牛乳、非常食代わりに持ってきたコーヒークッキーを机の上に出した。
「この飲み物はコーヒー牛乳、このお菓子はコーヒークッキーと言います」
「まずは。こちらから頂きます」
ハンスさんは目をつむって匂いをかいでから、コーヒー牛乳を一口飲んだ。
「子供用の飲み物ですか?」
「いえ、対象は全年齢です。きっと万人受けしますよ」
「ドクトルのお言葉に逆らうようで恐縮ですが、率直に言うと、随分甘いですよ。ココノエさんはお飲みになられたので?」
「ええ、私は絶対に売れると確信しています。ハンス殿もお風呂を上がった際に召しあがれば、きっと良さが分かるはずです」
ハンスさんはなるほどと頷いてから、コーヒークッキーに手を伸ばした。手元のカップには、いつの間にか紅茶が注がれていた。
昔の記憶を元に作ったものだから、正直心配だ。コーヒー牛乳のように、目分量で混ぜて終わりというわけにはいかない。
「これはドクトルの手作りで?」
「ええ、お口に合えば良いのですが?」
「いえ、結構なものでしたよ。何かポイントはあるのですか?」
「生地を練りすぎないことと、型抜きをする前に冷やすことがポイントです」
「なるほど、ご教授ありがとうございます。さて、商談に入りましょうか」
ハンスさんの目も、ココノエさんの目も真剣なものになり、和んでいた空気が一転張り詰めた。セイジはただ背筋を伸ばして座っているのが精一杯だ。
「まず、ドクトル。お分かりでしょうが、コーヒー豆の現在の生産量は週三キロですが、これらの商品の販売をする場合、少なくとも週七キロまで増やして頂く必要があります。今のままでは、コーヒー商品は貴族や商人の嗜好品の域を出ません。流通量を増やして、価格を下げる必要があります」
「そんなに高価なのでしょうか?」
大和旅館の女将さんが堪らず、声を上げた。
温泉宿の女将なら、コーヒー牛乳に人気が出ることは確信に近いはずだ。そして、せっかく掴めそうな金づるなのだ。興味は十二分にあるだろう。
「ええ、原価だけでも一瓶五百ピロはするかと」
「そうですか……」
女将さんが残念そうに呟いた。
いくら美味しいとは言え、一瓶六百ピロ余りもしては買い手がつくか怪しいところだ。
「それは秘策を用意しているので、問題ありません」
「そうでしたか。次に、ココノエさんにはコーヒー牛乳を販売する温泉宿の確保、保存するための魔道具の設置をして頂きたい」
「片方なら容易ですが、両者となると私一人では少し難しいかと思います。高価な冷蔵用の魔道具を売れるか分からない商品のために買える宿は、片手で数えられるほどしかありません。そうでない宿に、何かしらの援助があった方が、彼らも手を出しやすいのではないでしょうか?」
なるほどコーヒー牛乳の冷蔵保存用の魔道具の援助か。
値段は知らないが、魔道具なんて三桁万ピロが当たり前、という話を聞いたことがある。経営がギリギリの宿ではいくら買いたくても、無いたもとは振れないのだろう。
「ドクトル、何かありませんか?」
話の矛先が俺に向いてきた。俺は調合師であって、便利屋ではないのだが。
面倒事を押し付けられるのは御免被りたいが、コーヒー豆の生産量を上げる解決策のためにも、少し活躍しておかねばならない。
「――これはどうでしょうか?」
「ポーションですか?」
「いえ、【Cランク保冷液】というアイテムです。半日までなら、この温度を維持できます」
「……半日ですか」
確かに半日では、夕方までにただの液体になってしまい心許ない。当日の朝仕入れても、夜にはコーヒー牛乳が腐っているかもしれない。
しかし、そんな欠陥だらけの策を言いはしない。
「この【Cランク保冷液】と一緒に、氷を入れてください。そうすれば夜まで冷やせるので、一日で売り切れる量を仕入れてもらえれば大丈夫だと思います。一度蓋を開けると、カウントダウンが始まってしまうので、気をつけてください」
「分かりました。ありがとうございます」
正式な契約については、今週の土曜日に、ココノエさんが連れてくる人も含めて話し合うことになった。ココノエさんは有用性を確認するための【Cランク保冷液】を二本受け取ると、忙しいのだろうか、いそいそと部屋を退出した。
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