47、ヤーパン観光②
部屋に着いた一同は机の上に置いてあったお茶を飲み、一息つくと、全員浴衣を持って温泉へ向かった。セイジのマジックバッグは盗まれるとマズいので、フィーのアイテムボックスに入っている。
一階に降り、フロントとは反対の方に歩くと、食堂の先に暖簾が二つ見えた。
「じゃあ、ご主人様行こうか」
ユリアが自分の左腕を彼の右腕に絡ませ、赤い暖簾の方に歩き出した。
危うくユリアに暖簾内へと引きずり込まれそうになったが、顔にあたった暖簾が赤いことに気づき、慌てて顔を背けた。そして、目をつむって一歩下がってから、浴衣を持ち直した。
「俺はこっちだから」
「じゃあ、ユリアも」と言って、一緒に青い暖簾の方に入ろうとしたユリアはセリアに託した。
セイジは使われている脱衣室のカゴの数を確認してから、扉を開けた。温かい湯気と鉄っぽい匂いが過去の記憶と混ざり合い、実家のような安心感に思わず頬が緩む。いつぞやの血の匂いも思い出してしまったが、すぐに頭を左右に振った。
「はあ」
どっと溢れてきた疲れをかけ湯で流して、温泉につかると、息がゆっくりとこぼれていった。ルシェの家にも風呂があるのだが、やはり温泉は一味違った気持ち良さがある。
足先まで伸ばせる開放感、吹き抜けるひんやりした風、夕焼けや夜空に映える白い湯気――うーん、日本最高!
セイジが幸せに包まれている頃、女湯では五人がかけ湯を終わらして、足先で温泉の温度を確認していた。
「いやっほー!」
ユリアが温泉に飛び込み、水の柱が上がった。同時に、水がバッシャーンとフィーたちの顔にかかる。
「ユリア、温泉は落ち着いて入るのよ。そんなんじゃ、大好きなご主人様に嫌われちゃうわよ」
「ふん、時雨には負けないよ」
「別に、私は――」
もうのぼせてしまったのか、時雨の顔が赤くなる。
「顔が真っ赤だよ、時雨。あと、フィーも」
突然名前を呼ばれて面食らったフィーは「ひゃい!」と立ち上がった。立ち上がってから我に返り、慌てて温泉の中にざぶんと身を沈めた。
恨みがましそうにユリアを見つめながら、鼻先まで水につけ、ぶくぶくと息を吐いている。「ユリアお姉ちゃん、ひどい」と拗ねているようだ。
「フィー、ごめんごめん。でも、一緒に頑張ろうね」
「……うん」
ユリアは、体育座りをして身を縮めているフィーの隣りに座った。
「フィーはご主人様のどこが好きなの?」
「え、うーん、優しいとことか、一緒にいると安心するとこ。あと、ポーションおいしい」
「ああ、ポーション、あれはほんとスゴいよね。もう、さすがご主人様って感じだよ」
「うん」
フィーは少し恥ずかしそうに、でも嬉しそうにはにかんだ。
時雨が自分たちの会話に聞き耳を立て、様子をうかがっていることに気づいたユリアは、わざと大きな声で「ま、時雨は相手にならないから、私たち二人の勝負だね」と彼女の方をチラチラ見ながら言った。
委員長でない時雨には、すまし顔で冷静にしている必要は無い。だから、煽られたらムカつくし、当然それを相手にぶつける。
「本当に残念な人ね。彼はあなたみたいなちんちくりんに興味無いわよ」
時雨はその豊満な胸の下で腕を組んで、ぼいんと弾ませてみた。
「べ、別に胸は関係ないし!」
「いやいや、同じ胸でもセリアの方が大人っぽいわよ」
「そんなことないよ。ユリア、この中で一番ご主人様と仲良いし、いつも同じベッドで寝てるし。それに、お姉ちゃんよりおっぱい大きいし」
時雨が「なわけないじゃん」と一蹴しようとしたとき、ずっと黙りこくっていたセリアが口を開いた。
「勝手にあたしを巻き込まないで。あと、あたしの方が大きいから」
最後にそう呟くと、脇に置いていたタオルを持って、フィーと一緒に温泉から出ていった。
ユリアも「あ、ご主人様と仲直りしなよ」とだけ言い残して、頭に乗せていたタオルをぶんぶん振り回しながら温泉から出た。
あとに残された時雨は沈みゆく太陽に少しセンチメンタルな気持ちになった。下を向いたら、色んな思いや言葉がこぼれてしまいそうで、彼女は黄金色の空を見上げた。
その時、ビシャッと顔にお湯が飛んできた。
「絶対、時雨には負けないからねー!」
身を翻して走り去るユリアを追いかけて、時雨も温泉から上がりタオルで軽く体を拭いて、脱衣所へのドアを開けた。
「ユ、リ、アァ」とわざと低い声で唸ってみせる時雨の顔には、明るい笑顔が浮かんでいた。
足ふきマットの上でコミカルなステップを踏んだり、風魔法で髪の毛を乾かしたり、浴衣をはこうとしたり、帯でフィーと時雨が一緒にぐるぐる巻きにされたりしたが、無事に初の温泉を楽しめたようだ。
「これだけが温泉の楽しみじゃないぞ」
「お兄ちゃん、急にどうしたの?」
「皆、これ飲んで」
セイジは一本ずつ茶色い液体の入った瓶を配っていった。
「これ、なに?」と、セリアが明らかに怪訝そうな顔で彼を見た。フィーはくんくんと匂いをかぎ、ルシェは魔力を流している。
「うおぉ、何だこれ! めっちゃ、おいしいよ」
三人の視線がユリアに向いた。
セイジは予想以上の高リアクションにほっと胸をなでおろしてから、彼自身も瓶に口をつけた。瓶を傾けると、口いっぱいに懐かしい甘味が広がる。やっぱり、温泉といえばこれだ。
「ユリア、どうなのそれ」
「すっごくおいしい。なんていうか、甘い」
「お兄ちゃん」
「これはコーヒー牛乳って言ってね。温泉のあとに飲むと、すごく美味しいんだよ」
「……あ、おいしい! いつものより冷たいし甘い!」
普段のコーヒー牛乳、正確にはカフェオレがあまり好きでないフィーも、温泉仕様の激甘コーヒー風味の牛乳は気に入ったようで、ごくごくと喉を鳴らしている。
セリアと時雨とルシェからも「結構おいしいわね」「お風呂上がりのコーヒー牛乳は最高ね」「美味。これは驚きのおいしさ」などと、好評をたくさんもらえた。
「あの、すみません、それは?」
「え、ああ、コーヒー牛乳という飲み物で」
誰に声をかけられたのかと思えば、チェックインの時にお世話になったこの大和旅館の女将さんだった。
「随分変わった匂いがしますが」
「飲んでみます? 一本余分にできたので」
「はい、ぜひお願いします」
気になるならどうぞ、そんな軽い気持ちで差し出したのだが、女将さんは一口飲むと、目の色を変えてセイジの腕を掴んだ。
「すみません、彼をお借りします」
女将さんに引っ張られ、文字通りあっという間に奥に連れ去られてしまった。
「あの……」
「急に申し訳ございません。この旅館の女将をしているココノエです。それで、その」
なるほど、九重ということか。名前も日本風だ。
それはともかく、女将さんの視線の先にはコーヒー牛乳があった。
「コーヒー牛乳ですか?」
「はい。もし良ければ、作り方を教えていただけないでしょうか?」
コーヒー牛乳の作り方か。
さて、どうしたものか。こんな商売になりそうなものをタダで教えたら、ハンスさんに悪いだろうか。一応、コーヒーの商売はハンスさんとの共同事業だ。
「自分からは何とも言えないので、知り合いと話してもらってもいいですか?」
「はい、構いませんよ」
「では、この宿を出たところで待っていてもらえませんか?」
「分かりました」
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