46、ヤーパン観光①
騎士団に後の処理を任せたセイジら一行が宿に戻ると、朝食のいい匂いが彼らを出迎えた。二階に上がった彼らを出迎えたのは、縄でぐるぐる巻きの盗賊だった。
念のため用心して部屋のドアを開けると、ハンスさんは椅子に、ルシェはベッドにのほほんと座っていた。そして、手にはティーカップを持っている。
「セイジさん、おかえりなさい」
「はい、ただいまです。ハンスさん、何も問題はありませんでしたか?」
「ええ、彼女が片付けてくれましたから」
「それなら良かったです」
ルシェはごくごくと飲み終えると、セイジの方を向いた。
「報告。三人は捕まえた。あとは逃げていった」
廊下に一人、窓の側に二人で三人か。
つまり、逃げたのは最大で七人だ。奇襲にさえ気をつければ、俺たちだけで馬車を守り切ることは可能だろう。
「探知魔法を使える人は?」
セイジがそう尋ねると、手を上げたのは時雨とルシェの二人だった。
「じゃあ時雨とルシェは、探知魔法で敵の奇襲を防いでくれ。他のみんなも油断はしないように」
ポーションの補充を行うと、朝食を食べに一階の食堂に行った。もちろん、捕まえた盗賊には【Cランク睡眠液】を使い、夢の中で朝食を食べてもらった。
騎士団を再び呼びに行くのは面倒なので、捕まえた三人の盗賊を連れて、ヤーパンまで行くことにした。残りの盗賊七人も、ルシェの警戒網に引っかかり、武闘派三人組の腹ごなしの運動代わりに殲滅されてしまった。
特に、暗闇の中でも敵の位置が分かる、時雨の『超音波』というスキルの活躍が大きいだろう。わざわざ忍び寄ってきた敵の頭上から、「あら、残念」と攻撃魔法を降らせていた。
時雨の警戒網を抜けられても、より広域で敵を感知できるルシェの報告を受けた、セリアとユリア両名により各個撃破された。暗闇でも連携できるのはさすがだ。
というわけで、盗賊十人を携えて、セイジらはヤーパンに到着した。
街の入口にいる警備兵に盗賊を引き渡し、門をくぐると、セイジや時雨にとっては懐かしい温泉街のような街並みが広がっていた。
「皆さん、お疲れ様でした。お陰様で、無事にヤーパンまでたどり着けました。セイジさん、これが今回の報酬の二十万ピロです。中身をご確認ください」
「はい、分かりました」
ハンスさんのことだから間違いはないだろうが、革袋を開けると、一枚一万ピロの銀貨がしっかり二十枚入っていた。
「きっちり二十万ピロ入ってました」
「それなら良かったです。今回は道中の護衛ありがとうございました。店が開店した際には、ぜひご来店ください」
「はい、ハンスさんもお元気で」
「ええ、ドクトルにもよろしくお伝えください」
セイジたちが馬車から降りるのを確認すると、ハンスさんの馬車隊は走り出し、すぐに他の行商人の馬車に隠れてしまった。
それにしても、スゴい。あたりの建物全てが瓦葺きの屋根である。まるで昔の日本にタイムスリップしたように錯覚してしまう。
「お兄ちゃん、珍しい形の家だね」
「そうだな、珍しいな」
騎士団の詰め所がある交差点を右に曲がって、少し歩くと、目的地に到着した。
「大和旅館、うん、ここだな」
事前にハンスさんから聞いていた、ヤーパンの街でおすすめの宿屋である。
入口の両脇には、正月でもないのに門松が置かれている。そして、ドアは引き戸。昼だからか、戸は開いていた。
恐る恐る暖簾をくぐると、左手に下駄箱が見えた。
「うわっ、すっごーい!」
セイジの横をすり抜け、一段上がった木張りの床にジャンプオンしようとしたユリアの腕を、時雨が捕まえた。
「ユリア、ちょっと待ちなさい!」
「どうしたの、時雨?」
「この宿屋はここで靴を脱いで、そこに入れてから、板張りの床に上がるのよ」
「え、靴下で歩くの?」
「そうよ。ほら、他の人もそうしてるでしょ?」
時雨の言う通り、土間で靴を脱いで、靴下で板張りの床に上がったユリアが、スケートのように滑って遊び始めたのは言うまでもない。それに、彼女の使えるちょっとした風魔法で加減速できるから、なお質が悪い。
スィー、スィー、と自由自在に滑れて面白そうだったが、日本人としてここで遊び始めるのは良心が痛んだ。
「何人で、何泊のご予定ですか?」
「六人で三泊でお願いします」
直近の予定は何もないし、わざわざ遠出してきたのだから、観光してから帰ることにしたのだ。この雰囲気なら温泉もあるだろうし、たまには広い風呂で羽根を伸ばしたい。
ドクトルとしてハンスさんに週一で卸す商品は、ハンスさんがこの街にいる間に、先んじて渡してしまおう。コーヒーは来週分もすでに焙煎しているし、早々に卸してしまえば、気兼ねなく温泉地でだらけられる。
「お部屋は一部屋でよろしいですか?」
……さすがに女子と同じ部屋はマズいよな。
俺がゆったりまったりくつろぐためにも、多少の出費は我慢しよう。金は使ってなんぼだ。
「いえ――」
「はい、一部屋でいいです」
そう言ったのは、セリアだった。
「おい、セリア」
「なによ、無駄遣いするお金なんて無いでしょ? 別にあんたと同じ部屋でも、誰も気にしないわよ」
「いや、でも……」
これ以上の反論は受け付けないという顔で睨まれては、もう俺としてはどうしようもない。白旗を上げ降伏だ。
「はい、分かりました」
中居さんも、ハハハと微妙な営業スマイルを浮かべている。
「そういうことなので、一部屋でお願いします」
「それでは、二十万ピロとなります」
今回ハンスさんにもらった報酬は、どうやら宿代だけで消えるようだ。恐るべし、観光地。初日から随分と財布が軽くなってしまった。
とはいえ、ポーションの原価は千ピロしないし、ハンスさんとの取引で毎週四十万ピロ入るから、軍資金はまだ数万ピロ残っている。ハンスさんに来週分を早めに卸せば、五十万は越えるだろう。
ハンスさんからの依頼報酬をそのまま出して、宿屋にチェックインした。
「朝食も夕食も七時からですので、お気をつけください。お風呂は一階にあり、朝四時から夜十二時まで使用可能です。時間外は清掃が入りますので、ギリギリのご利用は避けてもらえると助かります」
部屋は思ったより清潔だし、何より畳だ。この感触はなぜだか無性に落ち着く。
窓を開けると、コの字をした宿屋の空いている敷地にある庭園と、メインストリートから外れているものの往来の盛んな道路が見えた。こうしてみると、この街は京都・奈良よりも京都・奈良している。
庭園を彩る紅葉に、この地に来てからの時間の経過を知らされた。地面に積もった紅葉は見た目よりも厚く積み重なり、確かなものを形成している。
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