43、捕物帳②
もう言い訳はしません...
セイジとハンスさんを「起」とするなら、時雨とルシェが「承」、セリアとユリアが「転」、フィーが「結」だ。
具体的に言うと、セイジとハンスさんが盗賊をけしかけ、時雨とルシェが盗賊のアジトを見つけ、セリアとユリアが見張っている間に、フィーとセイジが騎士団の詰め所に爆走する。それで、盗賊は騎士団にまるっとお任せだ。そうすれば、もうハンスさんの護衛依頼なんて終わったも同然。あとは観光地へと向かう旅行者気分だ。
そんなことを考えていると、遠くから「ユリア、ユリア!」という呼び声が聞こえる。夜だから抑えた声ということもあり、丑三つ時のドラキュラ城のように不気味な声が響き渡っている。
ふと右手の甲にあたる生息に気づき、視線を落とすと、ユリアがいた。
そういえば、今はポーションで対処しているが、未だ病弱なユリアを心配したセリアが、彼女の出番まで休息を取らせることにしたんだっけ。
その時、ギィーとドアが開いた。
もうこうなったら、狸寝入り作戦だ。ユリアに対しては前科一犯だから、詰問されるに違いない。こういう時は嵐が過ぎ去るのを待とう。『止まない雨はない』だ。
「起きてる? ――いえ、起きてるわね」
「……」
「ほら、いいから起きなさい」
「……」
「早くしないと怒るわよ」
ゴリ押せるかと思ったが、さすがに狸寝入りだとバレているのに、それを貫くのはナンセンスだ。刺すような視線に彼の中でも罪悪感が募り、ついに体を起こそうとしたとき、手元の毛布がガサゴソと動いた。
「あれ、お姉ちゃんいたの? 一緒にベッドに入る?」
セリアは短くため息をついて、それをやんわりと断ってから、ユリアの頬に手を当てた。眠気のこもった熱気が手に伝わる。
ユリアはしばらく気持ち良さそうに頬を緩めていたが、セリアの「行くわよ」という声とともに体を起こした。そして、音を立てずにベッドからすり抜け、ドアを閉めた。
セイジはユリアが抜けたことで空いたベッドの右半分に転がった。と言っても、元々一つのベッドだったため、気を付けの姿勢で体を縮こめながら寝なければならない。
ユリアが部屋を出てから十分程で、セイジも起き上がった。着替えは面倒くさいので、いつも通りパスだ。空腹で唾がとめどなく湧き上がるが、水を胃に流し込んでそれを誤魔化した。こういう時に下手に物を食べても、余計に腹が減るだけだ。
窓を明けて一呼吸すると、肺の中の空気だけでなく、徹夜による鬱屈さまでもが入れ換わるようだ。それに、ここは森が近いため、空気が透き通っていて清々しい。パソコンの排気熱を朝一番に吸っていた過去と比べると、もはや天国だ。
気分がスッキリしたところで、窓を開けっ放しにしたまま、ベッドに向かってフィーを揺すった。
換気して室温が下がったからか、より頑なに布団にくるまったフィーから、布団を引き剥がした。そして、先程のセリアのような語調で、「フィー、フィー!」と耳元で囁いた。
フィーは「う〜ん」と言いながら、団子虫から芋虫になり、頭のそばにzマークを浮かべたまま、目を開いてあくびをした。
「ふわぁ〜。おはよ、お兄ちゃん」
「うん、おはよう。とりあえず立とうか?」
このままだと再び寝入ってしまいそうだったので、両脇を支えて、窓辺まで連れて行った。
冷たい空気を吸って、冷たい水で顔を洗えば、目も覚めるだろう。
「さむい」
今にも閉じそうな目で、窓の外に広がる木々を見ながら、そう呟いた。
それが目的なのだが、フィーが両腕を体に寄せるのを見て、窓を閉めた。
次は、このままふらりと倒れそうなフィーの手を引いて、洗面台の前に連れて行った。鏡に写った彼女が目をこすっている。
セイジは蛇口をひねったが、彼女は億劫がって一向に水に触れようとしない。あまつさえ、こっくりこっくりと頭を上下に反復移動させ始めた。
彼は少しの間沈黙してから、おもむろに首にかけていたタオルを水に濡らした。それを片手で絞ってから、ベチャとフィーの顔に押し当てた。
「うにゃっ!」
フィーの口から聞いたことがない言葉が飛び出した。当の本人は反射的にセイジの腕からすり抜け、三歩間合いを取っていた。
「な、何するの!」
顔をぶんぶん振って、慌てふためくフィーを見て、思わずセイジの口から笑いが漏れた。
「お兄ちゃん!」
「いや、悪い悪い」
口先でそう言いつつも、こみ上げる笑いと格闘し続ける彼を見て、フィーは童心を取り戻した。『取り戻した』である。
彼女はつたつたと洗面台に近寄り、縁にかかっていたタオルを取り上げた。そして――。
「うわっ、何するんだよ!」
セイジはひっくり返らんばかりの勢いで、ベッドまで後ろ向きで逃げた。対して、フィーは洗面台の側にしたり顔で仁王立ちしている。
「ふん、仕返しだよ」
「くっくっくっ、俺を敵にしたのが最大の間違いだったな。秘技『水滴飛ばし』」
そう言い終わるやいなや、セイジは床に落ちていた濡れタオルを二つ折りにして身構えた。さながら、カンフーのヌンチャク使いのように。
それを見たフィーは、側にかけてあったタオルを蛇口の水で濡らして、彼と同じように身構えた。
「ふっふっふっ、フィーを敵にするとはかわいそうに。秘技『濡れタオルビンタ』」
二人が相対して、不気味な笑い声をあげたとき、ドアが開いた。ミシッという誰かが部屋に足を踏み入れた音がした。
それに気づいた二人がドアの方を振り向くと、無関心なのか呆然としているのか、いつもより更に無表情になったルシェが一歩後退りしている。
「ルシェ、これは――」
「ルシェ、違うの――」
「子供」
ルシェはそう言って、一度瞬きしてから、真面目な顔になった。
「至急。早く来て」
「何かあったのか?」
「緊急。セリアとユリアが殴り込んだ」
「ふーん……えっ!?」
頭の中に思い描いていたプランが崩れる音がした。
ユリア単騎だと何をするか分からなかったから、セリアを付けたのだが、どうやら妹相手では分が悪かったらしい。
セイジはため息交じりに「分かった」と言いながら、小走りで部屋から出た。
(それにしても、フィーって狐だよな? 猫みたいな叫び声だったけど……)
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