42、捕物帳①
東の空がブルーベリームース、西の空がストロベリーフラッペになった頃、三日目の宿の前で馬車を引く馬がヒヒーンと鳴いた。家々から漏れる調味料の匂いに体が反応して、唾が止まらなくなっていた護衛の冒険者が必死の形相で、我先に宿屋に駆け込んでいく。
そんなコミケ会場のような状況の中、セイジは馬車の幌の口から差し込む西日に照らされていた。別に、人で格好をつけているわけでも、黄昏れているわけでもない。
ちょうど彼が空腹で吐き気を催してきたとき、ハンスさんが現れた。
「遅くなってすみません。皆様がなかなか話を聞いてくださらないもので」
「本当だよ、早く来いよ」と毒づきたくなるのを唾と一緒に飲み込んでから、彼は口を開いた。
「いえ、これを作戦のうちですから」
「では、早速始めましょうか」
食欲という人払いで無人となった馬車の中で、彼らは五分ほどでさっと作戦を詰めた。
盗賊と思しき彼らに一泡吹かせる作戦、題して『ゾンビパニック作戦』の第一フェーズの開始である。
ガタンと宿屋のドアが開いた。
「ハンスさん、しっかりしてくださいよ」
「私は大丈夫ですよ」
よろよろとテーブルに近寄り、顔を真っ赤にしたハンスさんが食堂の席にドカッと体を沈めた。
おしぼりで顔を拭いてから、フォークを肉に突き刺して、それをそのまま口に持っていき、力任せに噛み切った。ソースが机の上にビチャと飛び散る。そして、鷲掴みにしたパンを口に放り込んで数噛みしてから、水でゴクゴクと飲み込んだ。
冷たい目を向け、嫌悪感をあらわにするであろう時雨も、唖然とした顔できょとんとしている。
フィーは泣きそうな顔でこっちを見てくる。
セリアは我関せずと、ナイフで肉を切っている。
ルシェは一瞥してため息をついて以降、完全無視を決めている。
事前にこういうことをすると伝えたはずだが、冷たい視線が側にいる俺にも伝わってくる。商人として幾度の修羅場を切り抜けてきたハンスさんでも、さすがにこれは貫通属性の攻撃だろう。心の傷が浅いうちに、任務を完遂しなければ。
興味津々な目で、目の前の酔っ払いを見ていたユリアが俺に目を移した。
「ねぇご主人様、あれってハンスさん?」
セイジがうんと頷くと同時に、ユリアは再度ハンスさんを見た。頼むから、その珍獣を見るような目をするのは止めてあげてくれ。
「ハンスさん、おはよ〜」
彼女は淡々と食べ続けるハンスさんの眼前で手を振りながら、そう言った。
ハンスさんはのっそりと首を回して、軽くムットしたような表情で据わった目を向けた。
「ああ、おはよう」
ユリアは新しいおもちゃを得た子どものように、目をキラキラ輝かせながら、「肉と魚、どっちが好き?」と尋ねた。ハンスさんは軽くちっと舌打ちしてから、食べ物をいっぱいに詰め込んだ口で、「肉一択ですね」と答えた。
「やった、一緒だ」
ユリアは楽しそうに笑っているが、このまま彼女のおもちゃで終わってもらっては困る。
周りがこっちに耳を傾けているのを感じ取った、セイジはコップの水を飲み干して、ユリアに手渡した。
「ユリア、水頼めるか?」
「うん、いいよ」
彼女は面白いものが見れて満足なのだろう。弾んだ歩調で、厨房へと歩いていった。
セイジはパッと席についた。
「……」
「ハンスさん」
「……」
ハンスさんは黙々と食べ続けている。いつの間にか、俺のにもまで手を付けている。合図は出したはずだ。俺が席につくのを合図に、『ゾンビパニック作戦』の第一フェーズを開始する手筈だったはずだ。
しかし、ハンスさんはパクパクと食べ続けているだけで、何の反応もしてくれない。
「ハンスさん、私たちは 何を運んでいるんですか?」
「……私ですよ」
これが演技なのか分からないが、まだ一応予定通りに進んでいる。
「荷物とかは、ないんですか?」
「強いて言えば、馬車です。向こうの支店で使うための馬車」
「近頃有名なドクトルのポーションとか、コーヒー豆とかは積んでないんですか?」
ハンスさんはぷっと吹き出した。
「そんなもの、こんな小さな商隊では運びませんよ。いつ襲撃されるか分かりませんから、運ぶなら、ワイバーン。まあ、コーヒー豆は二十キロほど運んでいますが」
この世界には、物流の手段は主に二つある。安いが長時間の馬車と、高いが短時間のワイバーンである。言うなれば、馬車は自動車、ワイバーンは飛行機で運送するようなものだ。
「え、二十キロですか?」
「ええ、別の馬車が一本外れた街道を通って、ヤーパンへと向かってますよ」
「へえ、そうなんですか」
一応、ここまでが作戦の第一フェーズだ。ハンスさんがしっかり動いてくれてよかった。
あとは、第二フェーズにつながるかだ。
なおも、ちびちびと酒を飲もうとするハンスさんを三人がかりで部屋まで連れて行った。ハンスさんをベッドに放ると、体の力が抜け、危うく俺もベッドの上に倒れ込みそうになった。
セリアとユリアの肩を借りて、空腹で意識が朦朧としつつも、やっとの思いで食堂に戻った。
セイジは夕食を取ると、目を開けるのも煩わしいほど疲れ切ったその体をベッドに埋めて、そのまま寝入った。
ここからは、時雨とルシェの番である。
彼女らは敵のアジトを見つける役だ。
彼らが盗賊なら、目の前にぶら下がっている大きな金づるを掴まないはずがない。おそらく、何かしらの手段でアジトに一報を入れるはずだ。
手紙や伝言なら、夜目が利く時雨が追跡し、ルシェがアジトにマーカーを置く。このマーカーは俺たちの屋敷にも使われていて、ルシェが認めた人なら、ぼーっと歩いていてもそっちに自然と足が向くらしい。
詳細は気にしないで欲しい。だって、「このマーカーは設置魔法の一種。でも、物理的接触や魔素の反射じゃなくて、探知魔法のように一定周期に魔力の波を利用したもの。魔力の波には、アルファ波、ベータ波、ガンマ波があって、この三種の波形を調整して紋章魔法のような模様を作って、波にある種の催眠効果をもたせる。このままだと無作為に寄って来ちゃうから、魔力共鳴の第一法則で……」とか言われても、正直困る。
説明してもらった手前、首を傾げたまま突っ立ているわけにもいかず、「分かった?」という彼女の質問に曖昧に答えながら、なおも話し続けようとする彼女相手に、話題を変えるのは一苦労だった。
と言っても、完全に収穫がなかったわけではない。
多分、ルシェは俺と同類だ。
俺にマーカーについて話すときの彼女は、人が違っていた。大きく見開いた目、時々見せる恍惚に浸った視線、よく回る舌、ここから導き出されることは一つ。俺と同じ『オタク』だということだ。
俺はゲーム、彼女は魔法だろう。
掴みどころのなかったルシェだったが、少し親近感を持てた。
このもどかしさは、三次元と二次元の最たる違いだろう。
やはり、これはリアルなのだ。ゲームやラノベの中とは違って、叩かれると痛いし、死んでもリスポーンなどしない。
そのことは一度身の芯まで思い知らされたはずだ。
しかし、小鳥と起き、ポーションとコーヒー豆を作って、賑やかな同居者とワイワイ騒ぐ、そんな温かい生活に浸り切っていたからかもしれない。ダンジョンで危機に瀕したことがないからかもしれない。世間の理を忘れていたからかもしれない。
どんなごたくを並べようとも、必ず不幸は訪れる。
俺は絶対に彼女らを不幸にさせない!
いつの間にか、布団に潜り込んできたフィーとユリアの寝顔を見ながら、俺はそう誓った。
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