4、新しい出会い①
「馬鹿野郎」
本当に、俺は馬鹿だ。
他人に遠慮してとか、争いを起こさないために我慢してとか、余計な波風を立てないために周りに従ってとか、そんなごたくを並べていたが、結局は、自分を守りたかっただけだ。
配慮と臆病を履き違えていただけ。
もし来世があれば――。
「馬鹿野郎は失礼」
視界は真っ暗だし、幻聴も聞こえる。
もう、死んでしまうのだろう。
言い残すなら、来世の俺の魂に焼き付けたい。『あとで後悔しないために、俺が進みたいと思う道を選ぶ。もう二度と、思考の放棄をして周りに流されない』と。もう遠慮という臆病風には決して吹かれてはいけない。
「質問、聞いてる?」
死の間際には、人生の走馬灯が見えるというが、どうやら本当らしい。
昔やっていたゲームの美少女キャラの顔が一瞬、目に写った。最後の走馬灯がこれとか、閻魔様に笑いものにされるな。
(まだ死にたくない。こんな終わり方、嫌だ!)
「一人?」
(まあ、パーティーに所属しているが、独りだろう……)
「確認、鑑定するよ?」
「……決定、する。……調合師」
「閉口。そろそろ、起きて」
地獄への新規入居者に対する言葉としては、随分ショボいな。
ゴブリンみたいな声で、これからの地獄の生活を脅したり、閻魔様の前で嘘を付くなと教えたり、どんな地獄があるのか自慢したりするものだと思っていたが、案外そうでないらしい。
「起きて、お願い」
この美少女ボイスと、三途の川の渡し守の容姿とのギャップで驚き死なないよう、腹に力を入れてから目を開けた。
「……」
「大丈夫?」
「なんだ、美少女か」
「なんだは失礼。折角、助けたのに」
倒れている俺の顔を覗き込むように座っている彼女は、俺の目に一瞬写った、異世界には似合わない、あの黒髪美少女だ。
いやぁ、声とのギャップが無くて、良かった。
「ごめんごめん、俺は藤堂誠二。君が助けてくれたってことで合ってる?」
「肯定。わたしは、ルシェミラ・ディ・カレストラーレ・ルーナ・デッリ・ヴェルトロス」
「なあ。死霊王の従者って何?」
「……」
残りのHPを確認しようとしたら、ジョブの欄の下に『死霊王の従者』と書いてあったのだ。
まあ、なんとなく事情は察したが、一応念のためだ。
ほんと、こういうときはラノベを読んでいて良かったと思う。テンパラずに済むのだから。
「残念、気付いてしまった」
うつむき加減で、本当に残念そうな声で、そうつぶやく。
いや、ステータスにはっきり書いてあるんだから、気付かないわけがないだろうに。
でも、なんか申し訳ない気分になってきた。
「コホン。この死霊王ルシェミラ・ディ・カレストラーレ・ルーナ・デッリ・ヴェルトロスが従者に命じる。このことは忘れて。他人には分からないように細工しているから、心配は無用!」
(随分、口調が変わったなぁ)
どっちが素なのか、知りたいが、それはまたの機会にしておこう。
さて話を戻すが、死霊王についとやかく聞くつもりはないし、わざわざ面倒事に巻き込まれたくもないから、彼女の申し出は都合がいい。
それに、命の恩人の頼みだ。断るのは筋が通らない。
「いいけど、俺の頼みも聞いてくれないか?」
「なに?」
「このダンジョンの外まで連れて行ってくれない? 一人で七階層に来れる実力があるなら、それくらいできるだろ?」
「分かった」
彼女が何かを呟いたかと思うと、光りに包まれた。
ダンジョンの中には似つかわしくないほどの明るさに思わず目をつぶった。
暖かい風が体の周りを渦巻く。
ヒュン、という風が耳元をかすめたような音がした。
体の周りの空気が変わり、だんだんと人の喧騒が大きくなるのを感じて、目を開けた。
すると、どうだろう。
ゆっくり目を開けると、俺がさっきいたミスリナダンジョンがある街、ファーストンの路地ではないか。海外旅行なんかしたことのない俺には物珍しい、あの西洋風の塔には見覚えがある。
とりあえず、冒険者ギルドに行こう。この冒険者カードはもう使えない。せっかく得た自由なのだ。わざわざ、俺の存在をあいつらに教えてやる必要は無い。
それに、俺が消えたところで……。
「すみません。冒険者登録はできますか?」
この人は俺と初対面のはずだから、俺の素性が一発でバレて、発行してもらえないということはないだろう。
まあ、この街に着くなり、ダンジョンに直行だったから、俺の顔を覚えている人はいないだろう。
俺以外が目立っていたから、ちょうど良く隠れ蓑になっていたはずだ。
「はい、この用紙に記入をお願いします」
冒険者カードの多重発行は厳禁だ。バレたら、罰金に加えて、その街から永久追放になる。
でも、この状況だ。四の五の言っている場合でない。
「書きました」
何一つ嘘は書いていない。
名前も出身もカタカナで書き、ジョブは短剣士。まったく短剣を使えないわけではないし、果物ナイフくらいは持っている。
「では、このカードに血を一滴垂らしてください」
そう、問題はこれだ。
超高位のなんとかという魔法系スキルで、性別やら過去の犯罪歴やら大体のステータスやら、そして過去の冒険者カードの発行歴も知られてしまう。
カードを紛失したことにすれば、何の後ろめたさも感じずに済むのだが、何が問題かと言うと、カードの発行は有料なのだ。ただし、例外として初回発行はタダ。
そう、ここまで言えば、俺の考えを読めるだろう。
何回やっても、これだけは慣れない。
手芸で失敗したわけでもないのに、自分の手に針を突き刺す意味が分からない。痛みを抑える特殊な付与魔法が施されているとはいえ、それはそれで、針を刺しているのに無感覚なのも気持ち悪い。
「どうかいたしましたか?」
受付嬢が小首を傾げる。
まさか、針を指に刺すので躊躇するような新人冒険者がいるとは思うまい。
こんなことなら、あの狼にやられた傷口を一つだけ残してもらえば良かった。
「いえ、できました」
「ありがとうございます。では、発行処理をいたします」
そういえば、あいつらはどうしたんだろう?
思わず脳裏に浮かべてしまった数人の顔を記憶の彼方に飛ばした。
それよりも、あの少女、ええと確か、ルシェミラ……なんだったか。彼女はあの後、どうしたのだろうか?あいつらと関わっていなければ良いが。
まあ、忠告はしたから、あとは彼女次第だ。
「セイジさん、できましたよ。始めはFランクからとなります」
そう、俺の名前はこれから、ただのセイジだ。間違っても、漢字で書いてもいけないし、藤堂なんて苗字も付けないようにしなければならない。
この世界で、苗字を持っているのは、貴族だけだ。
平民が苗字を使うのは、それだけで罪だ。騎士団に連行されるのは御免だから、ここだけはしっかりしないといけない。
「これから、Sランク目指して頑張ってください」
ただの営業トークだが、今の俺には達成できそうな期待をかけられるより、夢幻みたいな期待の方が助かる。
もう、誰かの期待に応えようとするのには辟易している。
Fランクだと受けられるのは、雑用から薬草採取やスライム討伐くらい。
そう、俺ができるのは薬草採取のみ。その他一切は、俺の専門外だ。
『デトック草とリヴァイン草を十本ずつ採取』という依頼を受けた。
デトック草は毒消しの素、リヴァイン草は疲労回復薬の素だ。両方とも、短い草木の多い草原で採れるから、魔物に奇襲される危険性は低い。
「では、またのご依頼の受注、お待ちしています」
冒険者ギルドから出ると、すっかり街灯が灯される時間になっていた。
王城の図書館で読んだ本曰く、街灯は本物の火ではなく、魔力灯と言って、魔石を発光させる特殊な技術を使っているらしい。
今日は色々あって、もうくたくただ。寝床を探すことにしよう。
ここは狭い。
今が初秋なのを考えると、あそこは暑そう。
あっちは何かの感染症にかかりそう。
そっちは生ゴミ臭そう。
そこはもっとダメだ、空腹の野犬と一緒に寝たら、朝まで生きていられる保証はない。
肉屋の前に止まっている馬車の荷台で寝たら、一緒に解体されそうだ。
今までのと比べて、あの宿屋の隣の車庫に止まっている馬車なら、寝床としては完璧だ。
さて入ってみると、びっくりするほど居心地が良い。『他人の金で食う飯は美味しい』と同じ感じだ。
(タダ宿、最高!)
馬車の幌がそれを引き立てる。高級ベッドの周りについている余計なひらひらのようにも見える。まあ、早起きして何食わぬ顔で歩いていれば、何の問題にもならない。
もしバレたら、どんな理由で捕まるのだろうか。
荷物を盗んでいないから窃盗罪ではない。かと言って、誰かの敷地内でもないから不法侵入でもない。まあ、中で寝ている俺に驚いた御者が腰を抜かした拍子に頭を打ったとかで、傷害罪で騎士団の詰め所に連れて行かれるのが精々だろう。
昼間、危機的状況に置かれていた分、問題は残っているが、魔物に襲われる心配がないという命の保証だけで安心し切ってしまった。
そして、近付いてくる足音に気付かないほど、ぐっすり寝入った。
気軽に感想を書いていただけると助かります。
もし面白いなと思っていただけたなら、ブックマーク登録、ポイント、リアクションもお願いします。
ぜひ他の作品も読んでみてください。




