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36、ユリアの憂い②

体調を崩してしまい、投稿が遅れてすみませんでした。

皆様も、どうぞ季節の変わり目ですので、体調管理には一層お気をつけください。

それでは、楽しい小説ライフを〜

 「二人とも、ケンカしてるの?」と、フィーが膠着状態で黙りこくったセイジと時雨を交互に、心配そうな目で見る。

その目はまるで、夫婦喧嘩を――いや、訂正しよう。

その目はまるで、束ねられた風船が急に別々に飛んでいってしまうのを見た子どものようだ。

そんな、フィーのいたいけな心配とは関係なく、二人は口を開いた。それも同時に。


「こいつ相手に怒るなんて、時間の無駄だ!」

「こいつ相手に怒るなんて、時間の無駄だ!」


 二人の言葉がはもった。

唖然とした様子で、パチッと目を見開く。お互いのキョトンとした滑稽な表情に、思わず笑いが込み上げる。


「クスッ」

「クスッ」


 またしても、はもる。

もうここまでくると、いっそのこと変な気分になってくる。今まで口喧嘩をしていたのを忘れて、せきを切ったように、喉奥から笑いの渦が巻き上がってきた。

こうなっては、こらえる手段がない。もう、笑いの渦に身を任せる他ない。


「――ッ! ハハハ。アハッ、アハハハハ……ゴホッ、ゲホゲホ……」


 笑いでお腹が痛く、かつ息苦しくなると、渦の源が枯れた。

未だ火口丘やら腹痛やらの後遺症は残っているが、一段落ついたようだ。

はぁ、と原っぱに仰向けになりながら、青く澄んだ空を見やる。

痛くなった頬を両手で挟みながら、隣で同じように横たわっている委員長の横顔を見る。鼓動の高鳴りを微かに感じる。


(久しぶりに口喧嘩すると、疲れるな)

「あら、葉っぱ相手ににらめっこしてるの? ほんと、いつも通り残念な人ね。そんな『ムンクの叫び』みたいな顔をしてなかったら、慰めてあげたのに。相変わらず可哀想ね。まあ、今まで空想上の女の子とだけ話してきたから、仕方ないわね」


 普段と違い、長々と話すのを怪しんでいると、その予想は一秒とおかずに的中した。

俺を挟んで委員長の反対側に、倒れるように座り込んできた。


「えっ! お兄ちゃん、いつもそんなことしてたの?」

「いや、いつも、ってわけじゃ……」

「でも、今はフィーがいるからね。フィーだって、もう大人だよ。お話し相手くらいできるよ」


 そういえば、この子は俺と同じ年齢なんだった。

正確に言えば、俺は三月生まれ、フィーは四月生まれだから、桜が咲く頃まで俺より一つ上。


「ありがとな、フィー……お姉さん?」

「……お、お姉さん!? フィー、お姉さんになっちゃったの?」

「俺の誕生日が来るまでは一つ年上だからな。まあ、嫌ならやめるけど」

「うーん……」


 そのまま腕を組んだまま、考え込み始めた。

その反対側で、委員長の睨みがジリジリとセイジの背中を灼いている。フィーが眉をピクピクと動かしながら考え込んでいるのを眺めている彼には気付く由もない。


「あら、私のことも『姉さん』って呼んでいいのよ。なんなら、昔みたいに『マイハニー』でも……」


 わざとらしく、バッと後ろを向いて恥ずかしがった振りをする委員長。

俺は確信した。これが絶対演技だと。そもそも『マイハニー』なんて呼んだことないし。

その時、後ろから右腕を掴まれた。


「お兄ちゃん! 時雨お姉ちゃんは『マイハニー』で、フィーは『姉さん』なの? フィーも、もっと可愛いのがいい、もっと可愛いの!」

(『フィー姉さん』も可愛くないことはないんだけどな)


 いや、そういうことじゃないか。

俺の右腕を必死にゆすり始めたフィーの頭を「『マイハニー』なんて呼んだことないから」と撫でながら、反対側で寝ている彼女に非難の視線を送る。

すると、したり顔の彼女は口を開いた。


「良かったわね。喧嘩するほど仲が良い、って言うじゃない?」

「それって、俺と委――時雨のことですか?」

『時雨』という言葉に反応して、彼女の体がビクッと動いた。

(どうだ、俺の切り返しは! あんたがそう言うことくらい読んでいたんだよ!)


 しかし、彼女には今まで築き上げてきた委員長としての意地と矜持がある。

あくまで平然として、さっきの言葉の記憶を消去して、さらに目をつぶる力を強めながら、表情が変わらないように気をつけて、口を開いた。


「あら、せ、誠二は私と仲良くしたいのかしら?」


 一瞬、呼吸が止まった。

初めて火を見る原始人のように、その鮮烈な響きに魅入られる。

ただ「せ」、「い」、「じ」、このひらがな三音の文字列なだけだ。漢字と違って、ひらがなにはそれ一字ではなんの意味も持たない。

そう自分に言い聞かせるが、何らかの意味を見出そうとしている自分がいる。

急にビクッと体を固くさせた俺を、フィーが訝しげに見る。

お互いにジョーカーは切った。

しかし、勝負はついていない。――ならば、持久戦だ。

そこからは言葉の最大火力をぶつけ合う、不毛ないたちごっこが始まった。あとに残るのが、羞恥心だけとは思わなかったのだろうか。


「そりゃあ、可愛い(上に点)時雨となら仲良くしたいさ」

(か、可愛い!?)

「あら、そう。奇遇ね。私も格好いい(上に点)誠二と、友達以上になりたかったわ」

(と、友達以上!?)

「へ、へぇー。俺もちょうど目の前にいる可憐な女の子を彼女にしたいな、と思ってたんだよ」

(か、彼女!?)

「それは残念。私が行った友達以上は、飼い主と飼い犬、って意味よ。あら、期待させちゃったかしら?」

「あれ、おかしいなー。さっきの可憐な女の子って、自分のことだと思ってます? ごめんなさい、あなたとはそういう関係には……」

「あら、何か言ったかしら? ワンちゃん、ごめんなさいね、犬語は分からないの」


 だんだん小学生じみた口喧嘩になってきているのを理解した二人は、ある一つのことに気付いた。


(あれっ? 誰も止めてくれない)

(あれっ? 誰も止めてくれない)


 以前までは、良い感じにヒートアップした段階で、真面目な上大路か不良の十条が間に割り込んできていた。しかし、残念ながら二人とも欠席だ。

とりあえず次の煽り文句を考えながら、どう終わらせるのかを思案している彼らの頭に、声が響いてきた。


「はいはい、何してるのよ? 解散よ、解散」

「あら、私たちのパーティーの女房役の登場ね」

「誰が女房ですか。第一、あたしはまだ……」

「じゃあ、俺と結婚するか?」


 ここに来てやっと、セイジも時雨も、さっきの口喧嘩の余韻で自分の会話がおかしいことに気付いた。

セリアは少し考えてから、俺の方を見た。


「あたしとユリアを養ってくれるなら、いいけど」


 一瞬止まった時が、「はい」とセリアが手を叩いて、動き始める。


「あんたはユリアの世話、時雨は夕食の準備係でしょ?」

「……俺たちの負けみたいだな。戻ろうか、可愛い(上に点)時雨ちゃん」

「ええ、そうね、格好いい(上に点)誠二くん」


 両者痛み分けで、長きに渡る聖戦の幕が下りた。

明日の朝食の時も同じようなことが起こるのは、また別の話。

後ろから、正気に戻ったセリアの悲鳴が聞こえるが、セイジと時雨は猟犬から逃げる羊のように屋敷の中に入っていった。

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