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34、嵐の前の静けさ②

 昼時には、ラビリスのケーニッヒ商会の前に到着した。さすが【AGI増加ポーション+】

ケーニッヒ商会に入ろうとすると、鎧で固めた門番が睨んできた。

自分の服を見て、冒険者セイジのままだと気付いた。


(あっ、忘れてた)


 路地裏で、ドクトル・トードーに着替えてから、再び門番の前に立った。

今度は、快く入口の扉を開けてくれた。

袋越しにコーヒーの匂いが漏れ出しているので、早足で受付に行き、「ケーニッヒ商会との契約書」を見せて、二階の部屋に通してもらった。


「はぁぁ」


 コーヒー豆の袋を置いた時には、思わず大きなため息が出た。




 しばらくすると、ハンスさんがにこにこ顔で部屋に入ってきた。


「お待たせしました。コーヒー豆、できましたか!」

「よくお分かりで」

「この匂いはコーヒー以外ありえませんよ」


 ハンスさんの言葉が弾んでいる。

自分の感情を見せないことが信条の商人だが、それを忘れるほど嬉しいのだろう。

俺も自分の作ったもので喜ぶ人を見るのは好きだ。


「コーヒーパックを作る用意はできましたか?」

「ええ、もちろんです。この商会の隣の空き屋に、もうできています」

「なら良かった。ここにコーヒーパックが二つあるのですが……どうします?」


 今までここで飲んできたコーヒーより、豊かな深みのある香りが漂う。

ハンスさんが思わず苦笑する。


「ドクトルもお人が悪い。」

「では、一杯いきますか?」

「そうですな、これで飲まないという方が無理な話です」


 もう湧いたお湯が入ったポットと、ティーカップが二つ机の上にある。

コーヒーパックをティーカップに入れ、お湯を注ぐ。

その後は、もう察して欲しいくらいだ。

部屋いっぱいにコーヒーの香りが満ち、飲むのがもったいないほどだ。やはり、上手に焙煎したものは香りも味もよく仕上がっている。

それに、今回は、コーヒー菓子も机の上に置いてある。

もうこの世界のコーヒーに何の文句もない。


「いいですな」

「そうですな」




 しばらく楽しんでから商談に入った。

商談と言っても、商人同士がするガチガチバリバリのお硬いやつではなく、コーヒー好き同士の気軽な談話だ。


「一パックに十グラムですので、計三百パック作れます」

「なるほど、では十パックを一セットにして売りましょうか」

「私もそれがいいかと」

「それで、コーヒー豆も高級ブランド『カイザー』で売ればいいのですよね?」

「ええ、その通りです」


 俺が卸すものは全部ブランド『カイザー』の商品として売ってもらい、その売上の五割を毎週月曜日に商品を卸しに来たとき、俺が貰うことになっている。

前にも説明したが、場所と人員は商会が、商品は俺が負担するということだ。だから、商会にはタダで卸している。


「分かりました。こちらもポーションの時と同様、始めは安めに一セット五千ピロで売らせて頂きます」

「五千ピロ……」


 つまりは、一パックで数回飲めるにせよ、一パック五百ピロか。この世界でコーヒーが高級品なのは知っていたが、高級ホテルじみた値段だ。

コーヒーショップとかなら、一杯五百円とかが普通だろうが、それは輸送量やらサービス量込みでの値段だ。コーヒー豆だけなら、そんな値段はしない。

あと、聞き逃しそうだったが、ハンスさんは「始めは安めに」とか言っていた。ということは、まだ値段を上げるつもりだ。


「ご不満ですかな?」

「いえ、普通のコーヒーだといくらで売られてます?」

「品種にもよるので一概には言えませんが、既存の焙煎後のコーヒー豆のままですと、百グラムあたり千ピロほどです。パック入りですと、二十パックを一セットにして、二から三千ピロですかな」


 俺の二分の一以下じゃねえか。

だいぶ強気に出るなぁ。まあ、売れなくても商会に損はないから、少し強気に出れるのだろう。


「そんな値段のコーヒーを顧客が買いますか?」

「貴族相手に売るので、少し高いくらいがちょうどいいんですよ。大丈夫、しっかり売りさばいてみせますよ」


 そこまで言うなら、信じよう。

ケーニッヒ商会ほどの大商会の支店長クラスの目利きだから、間違いはないのだろう。とはいえ、どこまで上げるつもりなんだか。

末恐ろしいことだ。


「そういえば、先週の『カイザー』の売上の五割をお渡ししていませんでしたな。はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

「いえいえ、こちらは左団扇ですから」


 ハンスさんがトレーの上に一枚一万ピロの銀貨を次々に置いていく。

前回は十五万ピロで、銀貨が十五枚だったが、今回は明らかに十五枚を越えている。一本五枚の銀貨の柱が一本、二本、三本、四本、五本。つまり……


「二十五万ピロ!?」

「ええ、一本一万五千ピロにしたのですが、またもや三日で売り切れまして。今週は一本二万ピロまで上げますが、これでも三日で売り切れたら、もう笑うしかありませんな。ハハハ」

「ハハハ」


 とりあえず、俺も笑うことにした。

だって、笑うしかないじゃないか。ただの【HP回復ポーション】とかで一本二万ピロ近い値がつくのだ。材料費は上がるが、【HP回復ポーション+】とかにしたら、一体一本いくらの値がつくんだか。


「さすがドクトルです。普通の約三倍の効能のポーションを作られるとは」


 やくさんばい……?

あれ、普通のポーションってどんな性能なんだろう?


「普通のポーションのステータス上昇値はどれくらいなんですか?」

「そうですね、当商会で扱っているものは30、良くても50くらいでしょうか。ですから、100も上がるドクトルのポーションは驚異的ですよ」


 確かに、100は少し多いかと思っていたが、通常のが30から50なのか。

効果の重ねがけができないポーションにとって、50と100の差は大きい。

セリアやユリアの『限界突破』のような、ステータスを倍率で上げるスキルでは、50と100でさらに大きな差が生まれる。彼女らの1.5倍では、差が25増えて、75である。スキルによっては、差が100まで及ぶことだってあり得るだろう。


「例えばですよ、例えば。上昇値が120のポーションはいくらになりますか?」

「120? まったくドクトルも冗談が……まさか、持ってるんですか!?」

「いえいえ、研究中ですので」

「いやぁ、それでも十分スゴいですよ。そうですね、120、120……うーん、四万ピロ? いや、人によっては五万ピロまで出すかもしれません」


 名商人のハンスさんが悩んでいるくらいだ。きっと、未知数なのだろう。

これで、絶対に世の中に出せるのは無印のみと決まった。【HP回復ポーション+】とかの+が付いているやつは、世の中に出てはいけないポーションだ。

だって……


「小耳に挟んだ情報ですが、王家秘蔵のポーションの上昇値は150超えだとか」

「えっ、本当ですか!?」

「ええ。ですがドクトル、ぜひともお体には気をつけてくださいね。100で十分ですから、ゆっくりコツコツと研究してくださいね」

「もちろんです」


 貰った二十五万ピロは、マジックバッグ、つまりアイテムボックス付きのバッグ代として置いてきた。

それよりもだ、それより、早く帰らねば。

なにせ、俺の部屋の棚には国宝級のポーションが並んでいるのだ。

+で効果は1.2倍、++で1.5倍。

そして、効果の上昇値を確認するために作った++のポーションを、俺は観賞用に棚に飾った。いや、飾ってしまったのだ。

考えただけで、冷や汗がだらぁ、と垂れてくる。

あの瓶が割れた日には、俺はどうなるのだろうか?

軽口のユリアが誰かに喋って、俺は「国宝を破壊した罪」とかで逮捕されるのだろうか?

冗談はさておき、材料費だけで一瓶あたり十万ピロはかかっていて、国宝級なのだ。そんなものを壊した日には――目も当てられない。


行きと同じで、【AGI増加ポーション+】【PDE増加ポーション+】【被ダメージ減少ポーション(物理)】の三つを飲んで走り続けた。


結果は、七瓶とも全て無事だった。

ふぅー

今日は何かと、ため息が漏れる日だった。

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