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32、再開②

 温かい、ふかふか、布団の中にでもいるようだ。

……いかんいかん、草の上なんかで寝ていたら、風邪を引いてしまう。

目を開けると、薄っすらと天井が見えた。


(あれ?)

「あら、やっと起きたのね。私の王子様」


 右から懐かしい声が聞こえる。

とっさに、左に顔を向けた。

俺はどうすればいいのだろうか?

いや、普通に応対すればいいのだが、その普通が分からない。今まではどんな風に話していたんだっけ?


「無視? あら、勝手にさらっておいて、結構な態度ね」

「勝手で悪かったですね」

「別に責めてないわ。私もあのままだと死んでたし」

「なら良かったです。どこか行きたいところがあるなら、お送りしますよ」

「私はお尋ね者よ。行く当てなんて無いわよ」


 俺たち四人の面は割れていないが、委員長は指名手配されているのか。

ドクトル・トードーみたいに、いい感じな変装してもらおうかな。例えば、三つ編みツインテールに、眼鏡と魔女の帽子。あと、おまけに黒いローブとか。


「何か変なこと考えてない?」

「いや、別に……そうだ。上大路のとことかどうです? なんとかしてくれそうだけど」

「どうして、彼なのよ」

「俺がやらなくても、上大路なら、委員長を助けに来たと思いますよ。それに、委員長は俺よりも上大路の方が――」

「いい加減にしてっ!」


 ベッドの側にあった小机が、壊れんばかりにバンッと叩かれる。

俺が口を開く暇もなく、珍しく声を荒立てる。珍しく、じゃない。王女に反論した時もここまでじゃなかった。


「さっきから何よっ! そんなに私が邪魔? 迷惑?」


 委員長の口調が、夏の空模様のように急激に変化する。

いくら鈍い俺でも、何かマズい地雷を踏み抜いたことくらいは理解できた。こんな委員長、今まで見たことがない。

いや、そんなことはどうでもいい。何か言わなければ……。


「別に、委員長が邪魔なわけ――」

「さっきから、委員長、委員長ってうるさいのよ!」


 目に火花が散った。

熱くなった頬が、何が起きたのかを物語っている。

そして、バタンと扉が閉まった。

あとに残ったのは、廊下を走る足音と、未だに状況が理解できない俺と。


「……ルシェミラ?」

「正解」

「どうして、ルシェミラがここにいるの?」

「当然。ここ、わたしの家」


 えっ、空き屋じゃなかったの?

まあ、確か死霊王だったから、ボロボロの幽霊屋敷じみた廃墟に住み着いていても、おかしくはない。

なるほど、面白い運命の巡り合わせだ。まさか、命の恩人の家に住もうとしていたとは。

でも、困ったな。

俺たちに、この屋敷以外に落ち着ける場所なんて……。

もう昇り切った太陽に照らされた、この屋敷の前の小さな丘に目をやる。ここが、あの跳梁跋扈の森の中だとは、到底思えない光景だ。


「大丈夫、フィーから聞いた。調合師がここに住むのを許可」

「そうか。ありがとな、ルシェミラ」

「大丈夫、調合師」

「なあ、その調合師って、俺のこと?」

「肯定」


 そこまで呼ばれ方にこだわるつもりはないが、その「調合師」は止めて欲しい。なんだか、むず痒い。


「その、俺の名前はセイジだから、そんな感じで呼んでもらえたら……」

「同じ」

「同じ? 何が同じなんだ?」

「時雨が怒ったのと同じ。委員長は名前でない」

(そっか、名前か)


 そう言い終わると、サーと部屋から出て行った。幽霊のように、床を滑るように歩いている。

それは置いといて、委員長をどうにかしなければ。怒った理由が分かったなら、あとはそれに基づいて……。


(あれ、どうすればいいんだ? 俺、女子に本気で怒られたことない。……あれ、詰んだ?)


 クラスの日陰者だった俺には、ハードルが高い。だが、四の五の言っている場合ではない。

とりあえず、名前で呼べばいいっぽいけど、急に名前で呼ぶのもなんか、キモがられそうで気が引ける。

ベッドの上に正座して考えるが、どうするのが最善なのか、見当がつかない。

その時、あることを思い出した。


(ルシェミラは死霊王なのに、足があった!)




 迷いに迷った結果、この屋敷の中で、最も怒られている人に意見を聞くことにした。

言わずもがな、その人はユリアだ。


「なあ、ユリア。セリアに本気で怒られたときって、どうしてる?」


 身を反らして、ユリアが大げさに驚いて見せる。


「え、お姉ちゃんに怒られたの? なら、キスしちゃえば、問題ないよ」

「なにがキスしちゃえばだよ。できるわけないだろ。ていうか、相手は委員長――いや、時雨さんだし」

「ああ、さらってきたお姉ちゃんね。それでご主人様、何したの? あっ、まさか、エッチなこと? エッチなのはダメだよ、怒られて当然」


 ユリアはうんうんと頷きながら、冗談を言った。

いつもなら、その頭をはたいているところだが、今日はそんな気になれない。


「じゃあ、委員長さんに責任取らないとね」

「なわけないだろ!」


 ユリアの額に、デコピンをする。

いてっ、と額を抑える彼女を見て思う。

聞く相手、間違えたかなぁ?


「まあ、真面目な話」

(うん、うん)

「時雨さん、お姉ちゃんと似たような性格だから」

(うん、そうだね)

「ドン、ガン、パリーン、といけば大丈夫だよ」

(うん……? いや、何言ってんのか分かんないし、最後の擬音語が不穏だし)

「分かりやすく言うと、壁ドンして、愛を叫びながら、キスすれば大丈夫だよ」

「いや、何もかも滅茶苦茶じゃないか! ……で、そうしたら、仲直りできるのか?」

「聞いちゃう?」


 ユリアの顔がどことなくニヤついている。

この顔で、真面目な回答が来た試しがない。


「止めとく」

「え、聞いてよ〜。絶対、後悔するよ。本当にいいの? ユリアちゃん、もう帰っちゃうよ?」

「はぁ。じゃあ、どうなるんだよ?」

「それはズバリ、パリーンだよ、パリーン。完全に嫌われるか、運よく許されるか、あとの方だといいね」


 ここまでで分かったことが一つある。


「ユリア、もういいぞ。フィーと遊んできたら?」

「え〜、ユリアはここでも――」

「いや、俺が良くないから」

「仕方ないなぁ。じゃ、そういうことだから。ま、要するに気持ちだよ、今どう思ってるのか」


 ユリアの意見なんぞ、九割は的外れだ。だが、残る一割はしっかり的を射ている。そして、その貴重な一割がこれだ。


(今の気持ち……気持ちかぁ)


 そう言うと、ドアを開けて、タタタッと駆けていった。

その後すぐに、セリアの怒鳴り声が聞こえた。

廊下は走っちゃ、ダメだぞ。




 次はフィーだ。

セリアには、自分で解決しなさいよ、とすげなく断られた。

怒られたことが無さそうなのが気がかりだが、答えてはくれるはずだ。それに、フィーは結構鋭いことを言うきらいがある。


「フィー、時雨さんはどうだ?」

「優しいよ、それにとってもカッコいい。ユリアお姉ちゃんが、よりクールになったセリアお姉ちゃんだ、って言ってたよ。あと、絶対『ツンデレ』だ、って言ってた。『ツンデレ』ってなんだろうね? ユリアお姉ちゃん、時々変なこと言うから、よく分かんないや」


 ユリアには、俺が直々に上層教育をし仕込んでいる。

まあ早い話、『ツンデレ』『萌え』『ニーソ』とかだ。

そういえば、二人とも、セリアと委員長が似たような性格と言っているが、それは違う。セリアはしっかり者のお姉さんタイプ、委員長は……確かにツンデレかもしれない。

まあ、委員長のは、俺以外に対してのだが。


「時雨さん、怒ってなかった?」

「うーん、分かんない。でも、セリアお姉ちゃんに何か相談してたよ」


 セリアかぁ、なんかキツいこと言ってそうだな。


「フィーは、もし怒られたらどうする?」

「ユリアお姉ちゃんは、半泣き上目遣いで『ごめんなさい。フィーのこと嫌い』って言えば完璧だ、って言ってたよ」

「ユリアじゃなくて、フィーは?」

「怒るのは、大好きだからだよ。大好きだからもっとこう……こうなって欲しい? みたいになるんじゃない?」


 こうなって欲しい、か。なんとなく言いたいことは分かる。

ルシェミラが言っていたのと関係しているのだろうか?

つまり、三人の意見を合わせると、名前で呼んで、今の俺の気持ちを言えばいい、ということだろうか?


「フィー、ありがと」

「ううん、いつでも呼んで」

フィーの小さい背中が壁の向こう側へと消えていった。




 しばらく考えてから、ふと外を見ると、フィー、セリア、ユリア、委員長、ルシェミラの背中が若草色丘の上に並んでいる。

いつもなら、その平和な光景に心穏やかになるはずだが、酷い疎外感に襲われた。

俺は、あの五人の輪の中に入れるのだろうか?

いや、そもそも必要とされているのだろうか?

俺は何をしてあげられるんだ?

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