29、決意①
氷のダンジョンも無事攻略でき、中一日でそのまま氷のダンジョンと同じ難易度の土のダンジョンも攻略した。
この八大ダンジョンは、二つのダンジョンごとにペアになっていて、ペア同士でダンジョン内の構成はほとんど同じだ。火と水、氷と土、雷と風、光と闇のペアだ。
雷からは、『麻痺』『凍傷』『攻撃力低下』などが攻撃に付与された敵もいるらしい。特に、結界を無視できる『貫通』が付与されているとマズい。何も考えずに結界内で安堵していると、怪我をしかねない。
「じゃあ、気をつけて行くぞぉー!」
「おーっ!」
雷のダンジョンに入る。
壁がちょっと紫がかっているような気もするが、まあ大した問題ではない。ここからは中級ステージだ。しっかり気をつけよう。
〈三階層〉
無事に三階層に着いた。二十階層まであるから、道半ばですら無いが。
道中は、紫色の冠のゴブリンが放った二本の矢の間に、電流がビリッと流れていることを知らずに、足を踏み出そうとして、セリアに思いっ切り蹴り飛ばされなかったら、足がちょん切れていたこと以外は、特に問題なく来ている。
その時、俺たちの会話に混じって、声が聞こえてきた。
曲がり角を越えて、ふと右を見た――脊髄反射レベルで、足を引き返した。
「戻るぞ」
「え、どうして?」
「いいから、戻るぞ」
引き返す直前、目が合った気がした。
完全に平常心を取り戻した俺の耳に、タタタッ、と走る音が聞こえる。
いや、まさか。
「藤堂君?」
「……」
声に聞き覚えがある。
まさか――園田なのか……。
いつかこういうことが起こるとは思っていたが、今起こるのか。
三人が怪訝な顔をしている。まあ、こっちで俺はセイジ、ただのセイジなのだから当然の反応だ。
「答えないの?」と、フィーが俺の服を掴んだ。彼らにもいつか知られてしまうのだろう。俺がこの世界にあらざるべき者だと。
「ああ、そうだな。いえ、人違いかと。私はそんな人間じゃありませんよ」
「そう……でも、聞いて欲しい。委員長さんが大変なの。もし藤堂君なら、王都エルフォリアに行ってください。王様たちが――」
「おい、園田! 何してんだ、行くぞ!」
記憶から消去したいやつの声が聞こえたような気もしたが、気のせいということにしよう。
それよりも今は……。
――何を悩んでいる、俺。今の俺には、こいつらがいるんだ。別にもう、委員長なんて……。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
「何かあったら、フィーたちを頼ってね?」
「そうそう、ユリアたちを頼ってよね、ご主人様。あっ、もちろん、代償はもらうけどね。ん〜、ステーキ、焼串、それともお菓子? いや、でも結婚指輪も捨てがたい」
「ああ、何かあったらな」
いつも通り、よく分からないことをぶつぶつと呟いているユリアを見ると、妙に安心する。
しばらく、沈黙が続く。
こんなに魔物が出てこなくて、もどかしく思ったことはない。
ダンジョン内を流れる風の音を遮ったのは、セリアの深いため息だ。
「はぁぁ……。ねえ、あんた。私行きたいところがあるんだけど、連れて行ってくれるわよね?」
明らかに質問調ではなく、命令調な一言に、いつもに増して強引さを感じる。
それに誰かを思い出すような……。
「ああ、いいぞ。で、どこに行きたいんだ?」
「エルフォリア。王都エルフォリアよ。こんな流行遅れの服で、乙女が満足すると思った?」
「セリア、お前……」
俺が二の句を継ぐ前に、左右にいるフィーとユリアが次々に口を開いた。
セリアと同じく、俺に反論などさせる隙を与えないしゃべりだ。
「フィーもね、王都に行って、おいしいご飯食べたいなぁー」
「ユリアはねぇ……ユリアは……」
何を話すか考えていないうちから、口を開いて、焦って次の句を考えるユリアに、場の空気が和んだ。
三人の瞳に映る自分がこの上なく情けなく見える。
三人の温かい視線で、俺の不安が溶けていき、そのまま心の中から無くなった。
俺は決めたんだった、自分の好きなように生きると。もう、あとで後悔したくない。
「分かった。行こう、王都エルフォリアへ」
「あ! ユリアはデートがいい」
「もういいのよ!」
セリアがユリアの口を塞ぐ。
委員長……何があったんだ?
意地悪な顔で笑う委員長が思い起こされる。
俺は委員長を助けたあと、どうするのだろうか? そんな先の見えない未来への不安を浮かべた俺の顔を西日が照らした。
「あれ、委員長って、ボケてない時のユリアに似てるかも?」
そうだ。あの揚げ足の取り方とか、委員長そっくりだ。
あれ? 助けない方が俺のためなのでは……。
まあ、ユリアはセリアの揚げ足取り専門、委員長は俺の揚げ足取り専門だから、ギリギリ大丈夫かな、と思うことにして、急いで街の方へ向かった。
宿代をきっちり払って、部屋に散らかっている服やらコーヒーやらを全部フィーのアイテムボックスに詰め込んだ。
ちょうど王都行きの馬車があったので、それに乗せてもらうことにした。王都までは、途中の街に寄りながら行くそうなので、三日かかるらしい。
今から気張っていても仕方ないので、とりあえず落ち着いてポーションを作ることにした。ただ、スキルでポンと作れるのは知られたくないので、端の席に座り三人の影に隠れて、こそこそと作った。
なんか、悪いことをしてる気分だった。
御者が二人いるから、ずっと走り続けるのかと思いきや、お馬さんの休憩や魔物対策も兼ねて、夜は野営だった。
真っ暗な空には、金色の星が四つ、何かの星座を織りなしながら輝いている。そして、その星々の上を流れ星が二つかすめていった。
「はい、お客さん、起きてくださいね。終点の王都エルフォリアですよ」
ガヤガヤと賑やかな街だ。
到底、新宿や秋葉原の真ん中のような場所で寝ていられるわけもなく、誰一人として、ぐっすり眠れていない。ただ一人、ユリアを除いては。
「おい、ユリア、着いたぞ」
「むにゃむにゃ……あっ、もう朝だ。朝ごはん食べなきゃ!」
こっくりこっくり寝ていたが、家々から漏れる香ばしいパンの匂いを嗅ぎつけたのだろう。ガバッと毛布をはねのけて、立ち上がった。
「ほら、ご主人様。寝ぼけてないで、朝ごはん行こうよ」
「まあ、そうなんだけども、俺たちの目的分かってるよな?」
「そりゃあ、もちろん。ユリアをナメないで欲しい」
「ふーん、じゃあ何?」
コホン、と咳払いしてから、俺に向かって仁王立ちになった。
「まずお姉ちゃんが流行ノリノリの服、フィーがおいしい料理、そしてユリアはデート。どうよ、見直した?」
「ああ、見直さざるを得ないな」
相当なアホだ。
いやまあ、ユリアは良い意味のアホなのだ。たまに、このアホさに助けられることもあるのだから、否定はしない。否定はしないのだが……。
目をそらすと、セリアが眉間を押さえている。
「腹が減っては戦はできぬだから、食べに行くか」
「おーっ!」
王都の料理、結構おいしかったです。
まあ、野営の時の飯がありえないくらい不味かっただけなのだが。
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