25、異世界産コーヒー②
コーヒーパックの先から、黒く染まった液体がカップの底に降り注ぐ。コーヒーの香りに、ハンスさんはご満悦のようだ。
パックから出るコーヒーの様が、ポタポタとなってから、やっと口を開いた。
「なるほど、風流ですな」
「飲んでみてください」
待ってましたと言わんばかりに、ゴクリと、コーヒーを飲んだ。
少しの間、コーヒーの余韻を楽しんでいたようだったが、すぐに口を開いた。
「同じです。ポットとほとんど変わらない」
「それなら良かったです」
「マズい」と一蹴され、技術だけ盗られる可能性もあったから、一安心だ。
思わず口から漏れる安堵のため息に、ハンスさんがコーヒーポットを差し出す。
「冷めてしまいましたが、飲まれますか?」
「いえ、私もこちらで」
俺もせっかくだから。自分で作ったコーヒーパックで飲みたい。
「まさか、二度使えるのですか!?」
「ええ、薄くはなりますが、二度とは言わず、何度でも。普通は三ほどで終わりですかね」
「なるほど、さすがドクトルです。繰り返し使えるとは……これなら、貴族が一度目に飲み、使用人たちが二度目に飲んで、と楽しめる。なるほど……」
なるほど、そういう活用法があったのか……。
ハンスさんも俺も、腕を組んで唸り声をあげた。
(さすが、ドクトル)
(さすが、ハンスさん)
コーヒーの余韻に浸っていたその時、カラスの鳴き声が脳に直接触ってきた。
窓の外にぼんやり目を向けると、もうオレンジを通り越して、暗くなっているではないか。
「ああ、もうこんな時間ですか。長らくお引き止めしてしまって、申し訳ない」
「いえ、私も時間を忘れていましたよ」
「では、改良したコーヒー豆については、試作品を持って来て頂いた時に、またしましょう。」
「そうですね」
ハンスさんが、机の上に鎮座していたコーヒー豆の入った袋を、俺の方に押しやった。
「これは、商人としてではなく、同じコーヒー好きとして」
「ありがとうございます」
コーヒーを飲んでスッキリした頭が、その袋の「2kg」という文字で、一気に憂鬱になる。
コーヒー豆の袋を決して落とさないように、両手で抱えて商会を出た。
両腕がしびれて、両肩が悲鳴をあげ始めた頃、宿に到着した。
もう食堂で夕食を食べ始めている人もいる。お腹を空かせたフィーとユリアが、ブウブウ文句を言い始めていそうだ。
よろめきつつも、階段を上っていく。
一番安い部屋を取ったから、俺たちの部屋は四階建ての宿の三階の奥にある。金をケチった自分が恨めしい。せめて、階段のそばだったら……。
「た……ただいまっ」
唯一暇そうな右手の小指を使って、部屋のドアノブを下げる。
建て付けの悪いドアが、ギギギ、というチョークを引っ掻いた時のような音を鳴らす。彼女らの不満の声を代弁している。
「おかえり!」
フィーが俺の胸に飛び込んでくる。
いつもなら微笑ましい光景だが、この時ばかりは、全く笑えない。
このドアと同じく、古びたブリキの人形みたいな音を立てている俺の足が、コーヒー豆の袋とフォーのタックル、この両方に耐えられる道理は無い。
「ちょ!」
俺が声を上げるまでもなく、ドアにぶつかる……かと思いきや、ドアは開きっぱなしだった。
俺を受けて止めてくれるものは――冷たい床だけだ。
景色が上に跳ね上がる。
ドシーン
廊下に仰向けに倒れた。
廊下を歩いていた冒険者と目が合う。
会釈もできない俺には、目を背けることしかできなかった。
「フィー、どいてくれる?」
「うん、ごめんなさい」
しょげかえったフィーの頭を撫でながら、部屋に入った。
セリアは窓際の椅子に座り、ユリアは布団に倒れていた。
「二人とも、ただいま」
「やっと帰ってきたのね。夕食に――」
いつの間にか、俺の目の前にいるユリアが、セリアの話に口を挟んだ。
「ねえねえ、ご主人様。この袋、何? 変なにおーい」
「これはコーヒーという飲み物の素だよ。まあ、黒い紅茶の茶葉みたいなのかな」
「作って! コ何とか、今飲みたいなぁ」
「夜寝れなくなるから、また明日な」
「えーっ、ケチーィ!」
布団にドシンと座って、足をバタバタさせるユリアに、セリアが近付く。
「ほら、行くわよ」
「チェッ、お姉ちゃんはご主人様の味方かあ。仕方ないなぁ。ご主人様、約束だからね、明日の朝飲ませてよっ!」
お目付け役と手をつなぎながら、ユリアは部屋を出ていった。
「フィー、俺たちも行くか」
「うん!」
翌朝、期待の眼差しでコーヒーを飲んだユリアが、「うん、結構おいしーね」と棒読みで言いながら、一口だけ飲んだコーヒーを姉に渡したのは、言うまでもない。
セリアは、「ええ、おいしいわね」と言いながら、平然と呼んでいた。
二人がそんなことを言うから、フィーという被害者が出てしまうのだ。
口に含んだ瞬間、分かりやすく顔をしかめて、うげぇと舌を出していた。
これでも、高級品なんだけどなぁ。
ちなみに、昼食の時に、ミルクと砂糖を入れたのを出したら、居酒屋のおじさんみたいにゴクゴクと飲みだした。その日から、セリアが一番煎じ、俺たち三人は二番煎じ以降を飲むようになった。
「さすが、セリア姉さん!」
三日の準備日をおいて、十五階層まである氷のダンジョンに潜ることにした。
さすがに、これまでのチュートリアルダンジョンとは、ものが違うはずだ。今までの貧相な装備じゃ、と心配性の俺とセリアには、耐えられそうにない。
即時攻略論を唱え続けていたユリアは、セリアに説得してもらった。さすがに、装備ゼロで突撃は、たくましすぎる。
「さあ、好きなの買っていいぞ」
「えっ、本当!」
もしかしたら、ユリアはこっちに説得されたのかもしれない。
「ああ、何でもいいぞ」
まずは、防具から。そして、武具と買っていった。
格好をつけて、好きなのを買っていいと言った手前、強く言えない立場だが、今夜のご飯のために言わなければいけない。
「ユリア、頼むからそれは止めてくれ。明日から、野宿どころか、借金取りに追われることになる」
チェー、と文句を言いながら、商品棚に『透明化』が付与された二千万ピロのマントを戻した時には、ホッと胸を撫で下ろした。
セリアとユリアにガントレットを、フィーに杖を買って、ちょうどドクトルとしての先週分の給料、十五万ピロが無くなった。
もう、これ以上の支出は、俺たちの食欲が耐えきれない。
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