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20、ラビリスにて③

 私は、ドクトル・トードー、ポーション製作の研究者である。

トレードマークは、このブロンドヘア、サングラス、白衣、そして極めつけはカウボーイハットだ。

その日、ドクトルは、ケーニッヒ商会に姿を見せた。


「ご、ご要件は何でしょうか?」

「ハンス殿に伝えてくれないか。ドクトル・トードーが来たと」

「わ、分かりました」


 なんか、怯えているような気もするが、まあいいだろう。

セリアには酷評され、ユリアには爆笑されたが、個人的には悪くない組み合わせのように思う。このセットに一万ピロかかっているのだ。馬鹿にされて、なるものか。


「どうぞ、こちらへ」

「はい」


 昨日と同じ部屋に案内された。

口調も少し変えているのだ。バレるはずがない。そう信じたい。

そう自分に言い聞かせてから、ドアをノックした。


「失礼する」

「おお、ドクトル・トードー。はじめまして、このケーニッヒ商会のオーナー、ハンスと申します。今日は


 ご足労いただき、ありがとうございます」


「いやいや。友人に、ぜひ行ってくれ、と言われたもので」

「まずは、コーヒーでもどうぞ」


 ハンスさんが受付の人に目配せする。

コクリと頷いた彼女は、机の上に置かれていたポットから、マグカップに黒い液体を注ぐ。匂いで分かった。これはコーヒーだ。

まず俺の、そしてハンスさんの。


「お構いなく」

「いえいえ、研究でお疲れでしょう。まずは一杯どうぞ」


 机を見渡すが、ミルクも砂糖も見当たらない。あるのは、ポットとマグカップのみ。

ブラックのままなのか。

一時期、コーヒーにハマっていたことがあったから、紅茶ではなくコーヒーで、少し嬉しい。

ゴクリ……うん? なんか違う。というか物足りない。

しかし、ここで文句を言うわけにはいかない。なにせ、もう金が無いのだから。


「いやはや、苦みと深みのバランスが絶妙ですな。香りも素晴らしい」

「ドクトルも分かる口でしたか」


 ちょっと嬉しそうに、ハンスさんがコーヒーを啜る。

自分の好きなものに共感してくれる人に出会う、というのは嬉しいものなのだ。

コーヒーをカップ半ばほど、胃に流し終えた頃、ハンスさんもカップを置いた。

その目からは、昨日は感じ得なかった、ローレンスさんと同じ商人の鋭い眼光が放たれている。


「では、早速ですが、商談に入らせて頂きます。セイジ様から、まだどこにもポーションを卸したことはない、と伺いましたが、本当でしょうか?」

「ええ、まだ研究中なもので」

「まだ研究中ということは、もっと高品質のものが作れると?」

「まあ、研究が成功すればの話ですが」

「なるほど、研究費は月にいくらほどですかな?」

「個人でやっているので、月十万ピロというところかと」


 ハンスさんがコーヒーを一口啜る。


「率直に伺います。いくらあれば、研究を成功させられますか?」


 成功だって、冗談じゃない。

俺のポーションは、スキル『調合』一回で完成してしまうのだ。これ以上の品質向上を求められても、役不足だ。

「成功の確約はできませんし、私はのんびりと研究する方が、性に合っているので、急かされるのはちょっと……」

「おっと、これは失礼しました。では、話を変えましょう。一週間あたり、昨日セイジ様が持ち込まれたのと同じ品質のポーションは、いくつ作れますか?」

「材料さえあれは、【HP回復ポーション】【MP回復ポーション】【疲労回復ポーション】、この三種を十本ずつまで作れます」

「なるほど。では、本題に入らせて頂きます。我が商会に、ドクトルのポーションを独占販売させて頂きたいのです。まずは、三年契約でいかがでしょう?」


 独占販売、それはつまり、他の商会に卸すな。そういうことであろう。

メリットは大きい。だが、デメリットがあるのも確かだ。こことしか取引できない以上、買い叩かれても、俺には大人しく三年待つことしかできない。


「いかがでしょう?一年で一千万ピロ、お出しします」


 いつの間にか、ハンスさんが手を組んで、こちらに体を乗り出している。

室温も数度上がったように感じる。

年収一千万ピロ……悪くはない。むしろ、望ましいくらいだ。しかし、それでは十分ではない。

ゲーマーの俺は知っている。

数々のゲームをプレイしてきた経験から言える、この場合の最適解はこれだ。


「まず、私の商品専用のブランド『カイザー』を作って頂きたい。そして、無料で卸す代わりに、このブランド『カイザー』関連の売上の五割を頂きたい。もちろん、信頼関係が崩れた場合は、納品を取り止める」


 俺のポーションがいくらで売れるのか分からない以上、定額で契約するのは愚の骨頂。

こんな大商会が独占販売を申し入れているのだ。おそらく、ある程度の単価で売れると見て問題ない。

一週間で三十本、これを一本一万ピロで売れば、一年で約千五百万ピロ。この五割では一千万ピロに足りないが、この一本一万ピロは、今の俺のポーションでの話だ。

今後レア素材をゲットして、より効果の強いポーションを作った場合、一千万ピロを超えるのは火を見るより明らか。

もっと言えば、ブランドの知名度さえ上がれば、いつでも契約を破棄し、俺が直接売って売上を全て貰うこともできる。

問題は、俺に有利な契約にのってくれるかだが……。


「なるほど、ドクトルには商才もお有りのようだ。いいでしょう、その話に乗らせて頂きます。では、契約書を作るので、しばしお待ちを」

「あと、もう一つ、よろしいですか?」

「もちろんです」

「その……私の最愛の女性が不治の病に侵されていまして。実は、光の魔石があれば、特効薬を作れるということは分かったのですが……」

「なるほど、光の魔石ですか。ええ、当商会では魔石も取り扱っていますよ」

「いくらでしょうか?」

「そうですね、はっきり言い切ることはできませんが、光の魔石ですと、貴重なものなので、一カラット五十万円くらいかと」


 しばらく、ポーションについて、王城の図書館レベルの話をして、ドクトルを演じていると、執事のような人が契約書を持って来た。


「では、サインと血を」


 血……ここでも、やるのか。

冒険者ギルドといい、商会の契約といい、どれだけ指に針を刺せばいいんだか。

指が震えないよう、心を落ち着けながら、書いたサインの上に自分の血を落とした。すると、サインが虹色に一瞬光った。


「契約成立です。研究成果が出ましたら、またコーヒーを飲みに来てください」

「ええ、分かりました。それでは」

「はい、研究の成功を祈っております」




 ケーニッヒ商会から出ると、真っ直ぐ路地へ向かった。

さすがに、この衣装で街を闊歩するのは、なんか気恥ずかしいものがある。

ささっと、一昨日セリアが買ってくれた服に着替え、宿へ戻った。


「おかえり、お兄ちゃん」


 やはり、「おかえり」というのは、フィーが一番早い。


「ああ、ただいま」

「どうだった?」

「上々かな。三日後から、ポーションの納品をすることに決まったし」


 俺の目標は、五千万ピロ貯めること。

それで光の魔石を買えば、もう俺たちはあの屋敷でほのぼのと、日常を送れるのだ。五千万ピロ、結構な額だが、ハンスさんの実力を信じることにしよう。


「さて、明日から、八大ダンジョンの攻略するぞー!」

「おぉー!」

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