19、ラビリスにて②
すみません、さっき起きました……
翌朝、明るい日差しでも、パンの焼ける香ばしい匂いでも、もちろん女の子の甘い囁きでもなく、空腹で目が覚めた。
まだ三人は寝ているが、まもなく目を覚ましたフィーとユリアが騒ぎ始め、セリアはいつもに増して毒舌になるに決まっている。
仕方ないので、最終奥義を使うことにした。題して「ポーション売り込み作戦」だ。
内容はとてもシンプル。
まず、昨日のうちにフィーに出してもらった俺の一張羅、つまり学校の制服を着る。白いワイシャツと、濃紺のブレザーとズボン、この世界では「結構良い服」に分類される。
「いってきます」
そういえば、労働の後と空腹の時のメシはウマい、そう誰かが言っていた。つまり、今の俺が飯を食えば、全て国宝級の味に感じるだろう。
そして、雑貨屋などではなく、商会に突入する。
「あの、これ買い取ってもらえませんか?」
「身分証をご提示いただいても?」
「はい、どうぞ」
「なるほど、Dランク冒険者のセイジ様ですか。それで、このポーションは?」
最後に、どれだけすごいポーションなのか、高説を垂れれば、作戦終了。
「私の友人が製作しました【HP回復ポーション】【疲労回復ポーション】です。効果は私の身を以って、保証できます」
「一本、お借りしても、よろしいでしょうか?」
「はい」
「少々、お待ち下さい」
よく分からないが、雑貨屋に売っていたポーションは、安物でも千ピロ、高いものだと数万ピロだった。つまり、いくら買い叩かれても、一本千ピロ弱にはなる。
俺の作った【HP回復ポーション】【疲労回復ポーション】なら、ある程度の品質のはずだ。そうでなくては、『調合(A)』を詐欺で訴えて、慰謝料を請求するしかなくなってしまう。余剰分が十本ずつあるから、二万ピロにはなるだろう。
「お待たせしました。奥へどうぞ」
戻ってきた受付の人の後ろに続く。
それにしても立派な商会だ。廊下がファーストンの奴隷商館より、威厳に満ちている。
確か、店先には「ケーニッヒ商会」と書いてあった。ケーニッヒは「王」を意味する。だいぶ、強気な名前をつけたものだ。
「どうぞ」
「ここまで、ありがとうございます」
「いえ、仕事ですから」
この一張羅のおかげか、受付の人も、実に淑女的な受け答えをしてくれる。
そして、何の尋問もなく、いかにも商談をする部屋まで通された。
計二十本ものポーションを机に置け、一休みできた俺には、もう敵無しだ。
コンコン、というノックの後、一人の男が入ってきた。
「セイジ様ですか? 私は、このケーニッヒ商会のオーナー、ハンスです。よろしくお願いします。』
商会を開くほどの商人だから、ぶくぶくと肥えたタヌキみたいなのを想像していたが、奴隷商館のローレンスさんみたいな人だった。
いや、ローレンスさんより、近所のお兄さんに近い雰囲気だ。
商人と思えないほど、腰が低い。
「はい、こちらこそ」
「まず、このポーションですが……うーん、素晴らしいです! どなたが作られたのですか?」
どなた……うーん、俺なわけだが、正直色々聞かれるのは面倒くさい。
まあ、こういう時は先人の知恵を借りよう。
「私の友人、ドクトル・トードーが作りました」
いかにも、それっぽい名前だ。
同じ言語つながりで、ドクトル。我ながら、酷い空腹の割には冴えている。
「ドクトル・トードー。なるほど、その方がこれを……ぜひ、いや何としても、彼にお会いできないでしょうか?」
ちょっと鼻高になっていた俺の鼻が、一気にへし折れた。
(会う、会うのかぁ……ちょ、ちょっとマズイなぁ。)
ドクトル・トードーなる者をどこから連れて来たものか。フィーたちに変装させるのは論外、他に頼めそうな知り合いもいない。
じゃあ、このビッグウェーブに乗る方法は一つしかない。
「分かりました。明日、伺うように言っておきます」
「ありがとうございます、セイジ様」
「その、申し訳ないのですが、実は彼、ポーション研究に熱中するあまり、お金が払底しておりまして……」
「なるほど、資金援助ですか。いいでしょう、まずは前金ということで」
ハンスさんは懐から革袋を取り出した。
何枚か取り分けてくれるのかと思ったら、革袋ごと差し出してくるではないか。
にこにこ顔の奥に、何が隠れているのか、少し怖い気もするが、今必要なものは一に金、二に金、三にドクトルだ。
善意につけ込むようで申し訳ないが、頂くことにしよう。下手に俺が拒んでも、怪しまれるだけだし。
「ありがとうございます。きっと、彼も喜ぶはずです」
「いや、お気になさらず。その代わり、少しお口添え頂ければと」
「はい、任せてください。商談の成功をお祈りしております」
すごく後ろ髪を引かれたので、ポーションは置いていくことにした。
なにせ、革袋いっぱいの大銅貨をもらったのだ。
さすがに何も渡さないのは、無作法というもの。
さて、早く宿に戻ろう。
「ただいま」
「おかえり、お兄ちゃん」
フィーが真っ先に俺に言葉を返す。
それとほぼ同時に、セリアがつかつかと近寄ってきた。
「それで、この置き手紙の内容、本当なんでしょうね?」
「ああ、ほら」
ハンスさんから貰った革袋を机の上に置いた。
チャリンでも、ジャラでもなく、ドシンという重い音が鳴った。両手じゃないと支えきれない重さをしているのも合点がいく。
「さすがご主人様。で、どんな汚い手を使ったのかなぁ? 恐喝、強盗、それとも殺っちゃった?」
「そんなわけないでしょ。こいつに、そんな勇気無いわよ。ノミの心臓なんだから」
「もう、ユリアお姉ちゃん! お兄ちゃんは優しいから、そんなことしないよ」
「……やっぱり、フィーは良い子だなぁ。ユリアもセリアも意地悪だし、ほんとフィーがいてくれて良かったよ」
ベッドに座っていたセリアが立ち上がって、俺に詰め寄ってくる。
「ちょっと! あたしのどこが意地悪なのよ。今もかばってあげたじゃない!」
「はいはい、どうせ俺はノミですよー」
「ちょっと、そんな言い方ないじゃない!」
「冗談だよ。悪かったな、セリア。かばってくれて、ありがと。いつも頼りがいのあるセリアに助けられてばかりだな」
「別に分かればいいのよ、分かれば」
顔を赤らめながら、プイと横を向く。
「ちょ、ちょっと! 頭撫でないでよ!」
「……あ、ああ悪い。つい手が勝手にな」
慌てて、セリアの頭から手を引っ込めようとした、その時。
「別に……」
「?」
「先に言ってくれれば、別にいいわよ、って言ったの! もう、言わせないでよっ!」
顔を熟れたトマトのように真っ赤にしたセリアが、スタスタと窓際に戻っていくのと同時に、ユリアが口を開いた。
自分の姉がこんなことになっているのだ。彼女の性分としては、ツッコミを入れるという選択肢以外、無いのだろう。
「へぇ〜。お姉ちゃん、ご主人様にデレデレだねぇ」
「ちっ、違うわよ!」
「ほら、ご飯に行くぞ」
ユリアがベッドから飛び降りて、俺の腕に抱きつく。
「ねぇ、ご主人様。ユリアはお肉がいい!」
「いや、恐喝、強盗、殺人を犯した人と食事なんて、とてもできないだろ? キャベツを一玉買ってくるから、それで我慢しな」
「えぇぇぇ、そんなぁー!」
ユリアの間の抜けた声に、部屋が笑いに包まれる。
朝の日差しの中、俺たち四人はユリアのおだて文句を聞きながら、料理屋まで肩を並べて歩いていった。
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