17、未知なる世界へ
すみません、春ボケしました……。
もう、何も言い残すことはありません。
食堂へ下りると、美味しい匂いで溢れていた。
「あら、フィーちゃんはどうしたの?」
そう尋ねるのは、この旅の灯亭の女将マーガレットさんだ。
ほんと、この人には頭が上がらない。
野宿していた俺を格安で泊めてくれたり、料理を教えてくれたり、挙句の果てには機嫌を損ねたフィーとの間を取り持ってくれたりもした。
俺が力になれそうなことは無いから、せめて今できることをしよう。
「フィーちゃんから聞いたよ。明日、街から出るんだってね」
「はい、色々な所を旅して回りたいので」
「そうかい。それにしても、ついこの前まで、人ん家の馬車で寝ていたなんて、見る影もないねぇ。あんたはきっと立派になる、あの子たちのためにも、頑張るんだよ」
バンと背中を叩いて発破をかけるマーガレットさん――今まで、お世話になりました。
さて、フィーたちが来る前に、ささっと用事を済ましてしまおう。
「はい、頑張ります。ところで、宿代の支払い、今できますか?」
「随分、急ぐんだねぇ」
「まあ、色々ありまして……」
「じゃあ、一万五千ピロ、きっちり貰うよ」
一万五千、つまり十日分か……そっか、あの日から、もう十日か。
長いようで短かい十日間だった。
冒険者になって、フィーと出会って、色んな人とも出会って、セリアとユリアとも出会った。そして、明日からは旅。
こんな濃密な時間を過ごすのは初めてだ。
朝が来て初めに感じるのが、憂鬱じゃなくて、ワクワクに変わったのはいつの日からだろうか――いや、愚問だな。
「早くしてくれないかい。まさか、金が無いなんて、言わないだろうねぇ」
「あ、すみません。どうぞ」
ポケットの小銭入れから、ちょうど一万五千ピロを取り出した。
「あと、これも」
「これは?」
「【癒しのポーション】です。怪我した時とか、病気になった時とかに使ってください」
「本当にいいのかい? こんな、高そうなもの」
「ええ。これくらいでしか、お返しできないですから」
「そうかい、分かった。ありがたく頂くよ。じゃあ、また来ておくれよ。旅の灯火亭はいつでも、あんたを歓迎するよ」
お金を前掛けに、ポーションをポケットに突っ込んだマーガレットさんは厨房に戻っていった。
ちょうどその時、階段を降りてくる三人の姿が見えた。
俺を見つけるなり走り出すフィー、フィーを見て自分も駆け出すユリア、そんな二人にやれやれといった表情のセリア――そんな三人との夕食は、今までで一番美味しかった。
翌朝、日の出とともに、朝一の馬車に乗って、街を出た。
「さようなら、ファーストン。こんにちは、冒険者ライフ」
「え〜、ユリアは『さようなら、野菜。こんにちは、お肉』がいいなぁ」
例に漏れず、ユリアがツッコミを入れる。
それに呼応したフィーが会話をつなげる。
「フィーはね、『さようなら……は無いけど、こんにちは、温かいお布団、おいしいご飯、お兄ちゃんにセリアとユリア、それから――海にも行きたい!』」
「随分、欲張りね」
セリアが呆れた声をあげる。
俺、ユリア、フィーと来たからには……。
皆の視線がセリアに集まる。
「セリアは無いのか?」
「え、あたし? そうね、『さようなら、お金。こんにちは、魔物』あたりが妥当なんじゃない?」
「随分、現実的なこと言うな」
どうやら、俺なんかより年上みたいだ。
まあ、怒られるのはイヤだから、年を聞いたことは無いが。
「だって、ほら」
セリアが指差す先を見ると、ゴブリンの群れがいる。
目を擦るが、やはりいる。
馬車を見渡すと、冒険者っぽいのが三人、商人っぽいのが一人乗っている。
さすがに、フィーの結界を見せるわけにはいかないから、三人組の冒険者に任せるしかないか。
「フィー、絶対にダメだからな」
「うん、分かってるよ」
フィーには、耳がタコになるほど、いや耳が風化して無くなるほど、人前で結界を使うなと言い聞かせた。
あれは、百パー軍事転用できる代物だ。
そうでなくても、MPさえ回復し続ければ、半永久不落の要塞が完成するのだ。欲しがるやつなんて、いくらでもいるだろう。
「ご主人様、行ってきていい?」
「じゃあ、いってきます」
俺の了承を待たずして、同乗の冒険者に続いて馬車を降りようとするセリアの手を掴む。
馬車の外を向いたまま、セリアが言う。
「止めても行くわよ」
「別に止めるつもりはないよ。でも、行くなら、これ飲んでって」
はい、と言って、【AGI増加ポーション】【PAT増加ポーション】を二人に手渡した。
それらに、セリアは疑いの眼差しを、ユリアは好奇の眼差しを向ける。
「これ、何よ」
「これが、フィーが言ってたポーションかぁ」
ユリアは傾けたり、光に照らしてみたり、匂いを嗅いだりしている。
「じゃあ、行って来る」
いつの間にか、セリアの両手にあった瓶は二本とも空になっている。
ユリアも勢いよく飲み干して、むせながら、馬車から飛び降りていった。
「ゴホッ、じゃあね〜。ゴホッ、コ゚ホン」
「ユリアお姉ちゃん、大丈夫かな?」
「まあ、セリアもいるから大丈夫だと思うよ」
「そうだね」
さて、二人の戦闘力の観察でもしますか。
アイテムボックスは無いし、武器も持っていないから、格闘系なのだろう。魔法系という選択肢もなくはないが、魔法使いなら杖くらい持っているはずだ。
「お兄ちゃん、始まるよ」
「そうだな」
どうやら、冒険者たちと共闘することになったようである。
戦いが始まった。
冒険者の三人は盾、片手剣、弓のようだ。
盾が防ぎ、剣と弓が牽制している間に、近接職のセリアとユリアがダメージを入れる。そのルーティンで、確実に一体ずつゴブリンを倒していく。
あっという間に、ゴブリンを五体全て倒し終えた。
ユリアがルンルンと小刻みに肩を揺らしながら、馬車に戻ってきた。
「終わったよぉ〜」
「二人とも、ご苦労さま」
「まあ、ユリアにかかれば、こんなもんよ。はい」
ユリアが俺の横に座って、頭を突き出した。
「何してんだ?」
「美少女が頭を差し出してんだよ。何すればいいか、分からないかなぁ」
「髪の毛切りたいのか? 上手くできるか、自信無いなぁ」
「ねえ、ふざけてるよねっ!」
ユリアの尻尾がピンと立つ。
「ごめんごめん」
頭に手を置くと、尻尾が左右に揺れ出した。
だんだんユリアの体が俺の方に傾いていき、やがて彼女の頭は俺の膝の上に着地した。
「にゃあ〜」
そこまで、猫なのかよ!
そうツッコミたい気持ちはやまやまだが、病気を押してまで頑張ってくれたのだ。今くらいは言いなりにされといてやろう。
御者の人にお礼を言われていたセリアが戻ってきた。
「こらっ、ユリア。みっともないでしょ、止めなさい」
「え〜、そんなに代わって欲しいの?」
「ちっ、違うわよ!」
ふと、右を見ると、フィーがすごい形相で座っている。
「フィー、そんなふくれっ面でどうした?」
「別に」
うおっ、セリア並みの冷たさだ。
そんな分かりやすく、眉間にシワが寄っているんだから、絶対別になんかあったのだろう。
考えられる可能性は――
「手が止まってるよぉ」
お前か!
「いや、フィー、これは違くてだな」
「フィーは何にも聞いてないもん!」
(ん〜。お兄ちゃんのバカッ! ユリアにデレデレしちゃって!)
「フィー?」
(フィーだって、役に立てるんだからっ!)
その時、それは突如として起きた。
ポン、という効果音が最も適するだろう。
フィーが怒って立ち上がった瞬間、尻尾がポンと三つに増えたのだ。
ポップコーンができる時のようにポンと、フィーのトレードマークであるホイップクリームのような尻尾が、さらに二つ現れた。
「……えっ、ええぇぇぇーーー!!!」
フィーは目を丸くして、絶叫している俺たちを見ている。
しかし、自分の体に違和感を感じていたのだろう。恐る恐る自分の尻尾に手を伸ばした。
(一、二、三……三!?)
「えぇぇぇ! お兄ちゃん、私の尻尾、尻尾がっ!」
「良かったな。使える魔法が増えて」
「う、うん……」
未だ信じられない、といった表情で、自分の尻尾を振るフィー。ユリアをチラチラ見ながら、景色を眺めるセリア。俺の膝の上に頭を置いて、居眠りを始めるユリア。
俺はというと、レベルアップで解放された新スキル『調合のレシピ本』をいじって遊んでいた。
跳梁跋扈の森に入った時のアレで、魔物を大量に轢き殺したから、レベルが爆上がりしたのだろう。
それにしても、ママさんに受けそうな名前だ。
まあ、作れるのは、料理でも美容品でもなくて、ポーションや毒液なんだけどな。
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