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15、新しい生活⑦

「クロエさん、これ……」


 俺が薬草を出した受付嬢が、隣のベテランっぽい受付嬢に困惑の眼差しを向ける。

すると、その受付嬢はすぐに声を上げた。


「っ! すぐギルマスに伝えて」

「はい!」


 何事かとフィーと顔を見合わせる。


「少々お待ち下さい」

「はい、分かりました」


 そこはかとなく委員長を思わせる、その長い黒髪と、芯のある物腰に、思わず敬語が出た。




 すぐ戻ってきた彼女によって、俺たちはギルドマスター室に通された。いや、連行されたと言った方が正しい。

向かい合ったソファーの片側に座っているおじさんが、ギルドマスターであろう。


「どうぞ」


 一応、一礼してからソファーに座った。

部屋に飾ってある剥製に目を取られていたフィーも、ペコッとお辞儀をして、俺の隣に座った。

高校受験の面接を思わせる雰囲気だ。ただ一つ違うのは、隣にフィーが座っていることだ。


「私はギルドマスター、絶界の氷魔剣のディルクだ。よろしくな」

「俺はFランク冒険者のセイジです」

「ほお、Fランクか。それで、これはどうした?」

「俺と彼女で採ってきたものだ」


 ここで、採取地の名前を出すわけにはいかない。下手に情報を公開するのは、悪手だ。俺が切れる手札はこれくらいしかないし、フィーとの約束もあるのだから。

なにより、俺は守らなくちゃいけない。


「ふむ。詳細は話さないか」

「当たり前だ」


 フィーが俺の袖を引く。


「お兄ちゃん。フィー、『彼女さん.』.....なの?」

「まあ、そうだね」


 さすがに、フィーの代名詞が彼にはならないだろう。

……ん?

顔を赤らめたフィー、少しニヤついているギルマス、クロエとかいう受付嬢は変わらず能面だが、眼光が鋭くなった気がする。

……うわっ! そういうことか。


「そういう意味じゃなくてな。えーと、だから、フィーの代名詞で言っただけで――」

「……あっ!」


 間違いに気付いてしどろもどろになるフィーと、焦って間違いを直そうとする俺で、状況はよりカオスになる。


「えっと、『彼氏』『彼女』の方じゃなくて、ただの彼、彼女の方だから」

「う、うんっ! フィ、フィーも分かってるよっ!」

「だから、別にそういう感情で言ったわけじゃないからな!」

「っ! フィーのこと、嫌い……なの?」


 何を言い出すんですか、フィーさん!

あぁ、もう勘弁してくれ。

頭がヒートアップして、もう正常に動いていない。


「いや、違う、違う。そういうことでもなくてな、えーと……大切な――」

「大切な?」


 頬を紅潮させたフィーが真っ直ぐに俺を見る。

どうやら、引き下がれなさそうだ。もう、話を軌道修正できそうにもない。


「大切な……仲間っ! そ、そう、大切な仲間だよ、フィーは。うん、大切な仲間、大切な仲間」

「そっかぁ……」

(あれ、どうして私、がっかりしてるの……っ!)

「う、うん。お兄ちゃんは大切な仲間! フィーもそう思うヨッ!」




 ギルマスがソファーにドスンと体重をかけ、背もたれいっぱいに両腕を広げた。

それは、激務をこなしたサラリーマンが家に帰ってきて、張り詰めていた気を緩ませ、そのままビール片手にテレビでも見始めるかのようだった。


「ハッハハ! 俺の部屋でいちゃついた奴は初めてだよ。気に入ったぞ、坊主! クロエ君、鑑定具を頼む」

「はい」


 鑑定具、確かスキル『鑑定』が使えなくても、そのルーペ状の器具を通して見れば、同じ効果を得られるやつか。

まあ、やましいことは無いのだから、胸を張っていればいい。ただ諸事情で、採取地を教えられないだけだ。

ルーペを通して、俺が持ち込んだ薬草を見たギルマスがため息をつく。


「なるほど、また随分なものを。クロエ君」

「はい、持って参ります」




 ガチャッ!

Tクエの上に革袋が置かれた。その中からは、金属同士がぶつかる高い音が聞こえた。


「ここに金貨が百枚ある。いくら欲しい?」


 金貨一枚はだいたい十万ピロ。そして、一ピロは約一円。

つまり、自分が持ち込んだ薬草に一千万円までで値をつけろ、ということか。

ん〜、まったく見当がつかない。

本音を言えば、全額貰って帰りたいが、そうはいかないだろう。きっと、俺の目利きを試しているに違いない。

『薬草鑑定(A)』

分かるのは、これがBランクの薬草『聖女の涙袋』。

今まで街近郊の原っぱで採っていたカタカナの草の名前よりかは、貴重そうな名前をしている。こっちの方が異世界っぽいし。

で、これの使い道は、高級ポーションの材料らしい。

俺が買い取りを頼んだのは、この『聖女の涙袋』と、つくしのごとく大量に生えていた『聖女のハーブ』の二種が三本ずつだ。

Bランクだから、ある程度の値がつくはずだが、何しろ今まで相手にしてきたのが、一本二百ピロもしない低ランクの薬草たちだ。

いくらになるか、さっぱり分からん。


「フィーはいくら欲しい?」

「え、フィー? んーとね、フィーは焼串一年分くらいかなぁ?」


 焼串か。

確か、安いのは一本百ピロちょっとで、高いのは五百ピロくらいだったか。


「じゃあ、焼串を一本五百ピロとして、一日五本の一年で千五百本だと、七十五万ピロ。俺の分でもう二倍して、百五十万ピロ。それだけいただきます」

「ちょっと、あなた。真面目に考えてください!」


 ギルマスの後ろに立っていたクロエさんが声を荒げる。

まあ、確かにふざけてないと言えば嘘になるが、これが一番良案だろう。俺の目利きが曖昧になるから、次からぼったくられるということはないはずだ。


「まあまあ、落ち着け。『聖女』系統の薬草だが、本当に百五十万でいいんだな?」

「はい。ところで、ギルマス、人払いできますか?」

「ほお、俺と対面で話したいと?」


 ギルマスの威圧感が一層強まった。

さっきまでの古びたサラリーマンモードは終わり、目に光が宿っている。

絶対的なオーラを放っているこっちが本性だろう。

「はい」

「クロエ君」

「分かりました」


 若干、不服そうにクロエさんは出ていった。


「で、話ってのは何だ」

「これです」


 フィーのアイテムボックスから、魔物のドロップアイテムを取り出した。

俺とフィーで初めて倒した熊の魔物から、フィーの結界でひき殺された魔物まで、それも全部、跳梁跋扈の森産だ。

そこら辺にいるスライムなんかとは、桁が二つ三つ違うだろう。


「なっ! お前ら、まさか……」

「まあ、ご想像にお任せします」

「はぁ。そういうことか。じゃあ、あの薬草もやはりそういうことか。よく、お前らで行けたな。――で、買い取りでいいんだな?」

「はい、お願いします」

「で、一つ質問だ。どうやって、モータルベアを倒したんだ。」


 モータル、つまり絶対死か。どうりで、強いわけだ。

うーん、フィーの結界のことを言うわけにもいかないし、かと言って、誤魔化せるような相手でもない。

絶対に獲物を逃さない猛獣の目が、俺を捉える。

少しでも隙を見せたら噛みつかれる、そんな捕食者の視線が俺に向けられる。

多分、下手な嘘は通じない。


「いくらで買いますか?」

「俺に取引を持ちかけるのか。あんまり世間を舐めてると、痛い目見るぞ」


 俺には、脅しというより、忠告に聞こえた。

だが、ここで引くわけにはいかない。

わざわざ倒し方を俺なんかの新規冒険者に聞くということは、あの熊が高ランクなのは間違いない。あの攻撃力を思えば、Bランク以上は確実だ。

ここからは推測だが、おそらく倒すのに相当苦労しているのだろう。そして、少しでも効率的な倒し方を確立したい。

ということは、取引が成立する。


「ギルマスは倒し方を知って、冒険者の被害を減らしたい。俺は金が欲しい。なら、取引をするのが最も両者に利益が出ると思いますが」


 やっとの思いで、言い切った。

そのモータルベアにも劣らないオーラに、俺の背中はぐっしょりと濡れている。だんだんと呼吸が深くなっていく。

ギルマスは俺の目を見据えたまま、口を開いた。


「なあ、坊主。お前は何のために戦う?」

「大切なものを守るためです」

「そうか」


 ギルマスが目を細める。

俺とフィーを交互に見て、ふぅと息を吐いてから、目を閉じた。

そして、ゆっくりと目を開けた。


「いいだろう、その気概、気に入った。これ全部、持ってけ! その代わり、きっちり教えてもらうぞ」

「はい!」

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