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11、新しい生活③

 毎日、階段の中腹からジャンプするフィーを受け止めていたら、少し筋肉がついた気がする。

そんなことを考えながら、いつも通り薬草を採取していると、カサッと音がした。


「フィー?」


 振り向くと、白いうさぎが立っていた。

黒かった目が赤く光る。


その瞬間、俺は思い出した。魔物とは本質的に人間を襲うものなのだと。

どこかフィーのことを思っていたが、フィーも魔物ではなく、獣人だった。そして、俺は魔物に殺されかけている。いや、もう一度死んでいると形容しても誤りではない。

フィーという麻酔で、この異世界を甘く見すぎていたのかもしれない。

またか……いや、前回とは違う。今回は防ぎようのあった事態だ。


「お兄ちゃん!お兄ちゃんっ!」


 これで二度目の、体中の力が抜け、だんだんと体が地面に沈んでいくような感覚の中で、フィーの悲鳴に近い、泣き声混じりの叫び声が聞こえた。


(泣かせちゃったなあ……幸せにするって約束したのに……)


 温かい何かが顔の上に落ちるのをほんのりと感じた。その温かさは体の芯まで染みていくようだった。

始めから違ったのだろう。

街から一歩出れば、いや街の中でさえ、命を落とすのがこの世界の理だ。ゲームやラノベの中とは、もちろん地球なんかとは、根本的に異質なものなのだ。

持たざるものが安穏と暮らせるわけがない。それはただ表面的な楽しさに惑わされて、非常な現実から逃げ、奪われるのを待っているだけに過ぎない。

昔の生活には何の未練もない。

ならば、力を求めず、持たざるもので居続けようとするのは、妥協であり怠惰だ。

この世界は力が絶対だ。

そう、何でも良い、ただ力さえあれば、守りたいもの、大切なものを守れる。

実に単純ではないか。

たった一つだけでいいのだ。その一つさえあれば、俺は……。


「お兄ちゃん!」


 薄れかけていた意識が戻ってきた。

口に温かい液体が流れ込む。フィーがポーションを飲ませてくれたのだろう。

俺は彼女のために何ができるだろうか?

不器用な俺に、目標は複数要らない。一つも叶えられない「俺」から、まずはフィーの願いなら叶えられる「俺」になれればいいんだ。

胃に何かが流れ込むと同時に、五感が戻ってきた。きっと、ポーションを飲ませてくれたのだろう。


「フィー、俺は……強くなるよ」

「うん」

「じゃあ、帰ろうか?」

「うん」

「お腹減ったね」

「うん」




 翌朝、俺の体はいつもどおりの調子だった。

さすが、調合師の作ったポーションはよく効く。穴があいた腹には傷一つない。

とはいえ、物理的な穴は塞がっても、精神的な穴はまだポッカリと空いたままだ。思い出すだけで、腹がキリキリと痛む。

少し傷が残っていた方がカッコ良さそうだが、そんなことを言うとフィーに怒られそうだ。

しかし、当の張本人はこんな有り様だ。


「本当に行かなくていいのか?」

「お留守番してる」


 無理に作る笑顔が少し痛ましい。でも、フィーを危険な目に合わせたくないから、少しホッとしている自分もいる。

フィーが戦えない以上、俺が自分一人で稼ぐしかない。

それに、目当てのものもあるし。

朝の街は冒険者の活気と朝食の匂いに溢れている。昨日までなら、フィーと一緒に笑いながら歩いていただろう。


「らっしゃい、らっしゃーい。獲れたての魚、魚だよっ! 新鮮で、身も引き締まってるよっ!」


 実は、フィーは魚が嫌いだ。

だからか、魚屋の前ではしゅんとして大人しいが、一度肉屋、いや焼串の出店の前を通りがかると、目をキラキラさせながら、こっちを見てくる。

買ってくれ、と目が訴えているのだ。

本人にはそんなつもりないだろうが、俺にそう見えるのだから、しょうがない。財布の紐を緩めつつ、足を止めるのが日常だった。


「いらっしゃい! 今日の焼串も美味いよ! 脂と塩気が奏でるハーモニー。兄さん、一本どうだい?」


 そう、ここの店主は詩的なのだ。

焼串屋は副業で、本業はガチガチの肉体業の鍛冶屋っていうのがジョークに聞こえる程だ。


「悪いな、今日は連れがいないんだ」

「そうかい。まあ、夕方もいるから、帰りにでも寄ってくんな」

「ああ」


 マジで、このおっさん、いい人だ。

愛想の欠片もない俺に、こうして話しかけてくれるのだ。ほんと、この人が担任だったら……はぁ。

基本的にはいつも通りだが、久しぶりに独りで歩いているからか、少し活気が物足りなく感じる。まあ、それでも十分騒がしい。




 冒険者ギルドで、薬草採取の依頼を受け、草原に向かった。

いつもより依頼が多く残っていたが、俺に受注できるのは薬草採取だけだ。労働とか雑用とか、肉体を使う系統のものも一様に試してみたが、ポーションを飲みまくってないと、身体も精神も保ちそうになかった。

今日は、トーキシック草を集められるだけ集めて来いという依頼だ。

どうやら、近頃魔物の活動が盛んらしいから、その対策ということらしい。毒液にして、矢に塗るのだろう。

だから、俺の採っている低ランクの薬草は、いつもなら一本あたり二百円もしないが、今回は一本三百円、ものによってはそれ以上で買い取るそうだ。


(なんか、大変なご時世の方が儲かる仕事ってイヤだな)


 この機会に、危険な地帯に入って、高ランクのを採ってくるという方法もあるにはあるが、命あっての物種だ。さすがに、ナイフ一本、戦闘系スキルゼロ、ステータスも普通の俺がさらっと行くには危なすぎる。


 カサッ

昨日のことを思い出して、肩がビクッと震える。

さが、今日の俺は昨日の俺とは違う。こういうこともあろうかと、センス草で作った【感覚強化ポーション】を飲んできたのだ。

そこに、低ランクの魔物がいることは分かっている。このポーションは飲むと、魔物の居場所が分かるし、相手のだいたいのランクも色分けしてくれる。

つまり、強い魔物とのエンカウントを避けられる。


草むらから、青色でテカッとしていて、楕円形の何かがこちらを覗いている。

同じ位置に、白い丸のマークが見えるから、おそらく最低ランク。まあ、あの形ならスライムで確定だろう。物理攻撃は通りにくいが、ポーションで強化すれば、そこまで苦戦することはないだろう。

とはいえ、あの粘液が付くのはキツい。

ということで、こいつの出番だ。

投げ当ててもいいが、いちいち割っていたら瓶代が馬鹿にならない。

動きは鈍重だから、こっそり近付いて、近くから振りかけるだけで十分だろう。王城での訓練に参加せずに、図書館の本を読んでいて良かった。過去の俺に感謝だ。

ピョコンと飛び跳ねている姿は何とも愛らしげだが、あれは魔物なのだ。そんなしょうもない感情で、命の危険を招くことほど愚かなことはない。

ナメクジに塩をかけるがごとく、スライムに【Cランク毒液】をかける。


キュ〜〜

結構可愛い声で鳴くのだが、まあ、とはいえスライムは所詮スライムだ。慈悲の心をかけるほどの余力や感情は、今の俺には無い。

ありがたく命の恵みを享受するのが精々だ。


「悪いな」


 そう一言だけ言って、スライムからのドロップアイテム『スライムの粘液』を拾った。

魔物を倒すと、その死体がポリゴンエフェクトに包まれて、それが消えると、ドロップ品になっているのは助かる。

スライムくらいならいいが、動物っぽい魔物を解体するのは御免だ。

眼の前に見えていた赤い丸のマークが消えた。円の大きさは敵との距離を表しているから、数十メートルは離れているはずだ。

九十度回れ右をして、引き続き『薬草鑑定(A)』を使い続ける。

二十秒のリキャストタイム(再使用に必要な時間)はあるが、MP消費はゼロだし、使っても何もデバフがかからない。調合師なら当たりと言えないことはないが、別に調合師になりたいわけじゃなかった俺は複雑な心境だ。


再度、【感覚強化ポーション】を開ける。

キャップが無いのは不便だ。コルクなんて、現代高校生には使いにくくてしょうがない。

ふっと笑いをこぼすのも束の間、真横に大きな赤い円のマークを見た。

その瞬間、格闘ゲームで、高パーでふっとばし技を食らったようになっていた。いつの間にか、木の根本に叩きつけられている。

かすむ視界の中に、真っ赤な円のマークが見えた。おそらく、Bランク相当。

いったい何が起きたのか分からない。

ただ、相当マズい状況、それだけは理解できた。

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