第8話 死神、炎上系企画に巻き込まれる
「八億……」
レンはホテルのロビーで膝をついていた。
「八億……?」
大事なことなので二回確認した。
支配人は青ざめた顔で端末を操作している。
「スイートルーム三層分全壊、外壁損傷、ヘリ墜落による二次被害、ドローン衝突被害、非常用AIシステム破損……」
「待ってそんなに壊れてた?」
「壊しました」
即答だった。
レンは視線を逸らした。
ちなみにロビーのテレビでは、ちょうどニュース速報が流れている。
【ネオ・トーキョー高級ホテル襲撃事件】
【白昼の大規模戦闘】
【“死神討伐”激化】
街頭インタビューまで始まっていた。
『最近多いですよねー、死神関連』
『でも白雪エルちゃんって可愛いよね』
『配信は見てます!』
「市民が順応し始めてる……」
ネオ・トーキョー、治安終わっていた。
数十分後。
レンはなんとかホテルを脱出していた。
変装。
帽子。
サングラス。
マスク。
完全に不審者である。
「……腹減った」
戦闘後のエネルギー消費は激しい。
レンは自販機で栄養バーを買おうとして――止まった。
向かいの巨大モニター。
そこに映っていたのは、自分だった。
『急上昇一位はこちら! “死神討伐チャレンジ”!』
「は?」
嫌な単語が聞こえた。
モニター内では、若手配信者たちが盛り上がっている。
『死神に三十秒生き残れたら賞金一千万!』
『やばくね!?』
『今一番熱い企画!』
「待て待て待て」
レンの顔が引きつる。
さらに別番組。
【今話題! “白雪エル生存ルート考察”】
「なんだその番組!?」
出演者が真面目な顔で語っている。
『まず重要なのは、爆発発生時の初動です』
『過去映像を見る限り、白雪エル氏は右方向への回避傾向がありますね』
『つまり左側を取れば――』
「分析されてる!?」
レンは思わず帽子を深く被った。
怖すぎる。
ネット社会の解像度が高すぎる。
その時。
通知音。
【黒乃ミア】
レンの肩が跳ねた。
『エルちゃん、今ひま?』
「……いや暇ではない」
現在進行形で全国指名手配レベルの騒ぎになっている。
だが。
数秒悩んだ末、返信してしまう。
『少しなら』
送信。
即既読。
『じゃあ会おっか!』
「はやっ」
トップVTuber、レスポンス速度まで最強だった。
一時間後。
ネオ・トーキョー中央区画。
高層商業エリア。
レンはベンチに座っていた。
周囲を警戒しながら。
(なんで普通に待ち合わせしてるんだ私……)
意味がわからない。
昨日まで世界最強クラスの暗殺者だったのに。
今やっていることは、完全に放課後デートみたいな構図である。
「……いや違う違う」
レンは頭を振る。
その瞬間。
「エルちゃーん」
声。
振り向く。
黒乃ミアがいた。
私服姿だった。
白いニット。
黒コート。
キャップ。
配信よりラフなのに、やたら目立つ。
「うわっ」
「その反応ひどくない?」
ミアは笑いながらレンの隣へ座る。
距離が近い。
近い。
「……変装は?」
「してるよ?」
「芸能人オーラ隠せてないけど」
「エルちゃんも人のこと言えないよ?」
レンは黙った。
確かに。
殺気を消しても、元伝説級暗殺者の雰囲気は完全には消えない。
職業病だった。
二人は並んで歩き始める。
平和だった。
驚くほどに。
銃声もない。
爆発もない。
それが逆に落ち着かない。
「……なんか来ないな今日」
「何が?」
「刺客」
「来てほしいの?」
「来てほしくはない」
だが警戒はしてしまう。
レンは人混みを観察する。
足運び。
視線。
呼吸。
不審者がいないか無意識に分析していた。
そんなレンを見て、ミアがふっと笑う。
「ほんと、ずっと戦ってるんだね」
「……え?」
「気抜いてないでしょ、一回も」
レンは言葉に詰まった。
図星だった。
染み付いている。
いつ敵が来てもいいように。
いつ撃たれても動けるように。
身体が勝手に準備してしまう。
「まぁ、癖みたいなもん」
「そっか」
ミアはそれ以上追及しなかった。
その優しさが、少しだけ苦しい。
ゲームセンター前を通りかかった時だった。
巨大モニターが切り替わる。
【緊急特番! 死神討伐チャレンジ開催!】
「うわぁ……」
レンが顔を覆う。
司会者がハイテンションで叫んでいた。
『本日二十時! 人気配信者たちが白雪エルに挑戦!』
『逃げ切れたら賞金十億!』
『なお本人許可は未取得!』
「当たり前だろ」
ミアが肩を震わせる。
笑っていた。
「エルちゃん、人気者だね」
「嬉しくないタイプの人気!」
その時。
司会者が続ける。
『さらにスペシャルゲストとして、黒乃ミアさん参戦決定!』
「は?」
レンとミアの声が重なった。
ミアがスマホを見る。
「……あっ」
「おい」
「事務所が勝手にOKしてる」
「おい!?」
ネクスト・フェイズ、大手すぎてフットワークが狂っていた。
ミアは困ったように笑う。
「どうしようか」
「断ろう」
「でも面白そう」
「目が完全に配信者のそれなんだよなぁ……」
レンは頭を抱えた。
だが。
ミアは少しだけ悪戯っぽく笑う。
「エルちゃん」
「……なに」
「私が賞金取ったら、デートしてくれる?」
数秒。
レンの思考が止まった。
「…………は?」
ミアは楽しそうに笑う。
レンの顔が一気に赤くなる。
「な、なんでそうなる!?」
「嫌?」
「嫌とかじゃなくてだな!?」
その瞬間。
背後の大型モニターが爆発した。
轟音。
火花。
悲鳴。
レンの身体が即座に動く。
ミアを抱き寄せ、地面へ伏せさせる。
次の瞬間。
煙の中から現れた。
黒い強化装甲。
機械化兵士部隊。
『対象確認。“死神”および協力者を排除する』
「うわ最悪」
レンは心底嫌そうな顔をした。
ミアはレンの腕の中で、ぱちぱち瞬きをする。
そして小さく笑った。
「……ねぇエルちゃん」
「なに」
「今の、ちょっとかっこよかった」
「今そういう空気じゃないから!?」




