第7話 死神、デート疑惑をかけられる
翌朝。
レンは人生でもかなり最悪寄りの目覚めを迎えていた。
理由はシンプルだ。
スマホ通知、九千八百三十二件。
「多っ!?」
寝起きの脳が強制的に叩き起こされる数字だった。
レンは半目のまま端末を掴み、通知欄を開く。
数秒後。
無言でスマホを閉じた。
そして再び開いた。
「いや夢じゃねぇのかよ……」
現実だった。
【#エルミア 世界トレンド1位】
「なんで?」
心底わからないという顔で呟く。
嫌な予感しかしなかった。
恐る恐る詳細を開く。
《昨日の空気、完全に付き合ってる》
《黒乃ミアの好きかもがガチすぎる》
《白雪エル、対人耐性ゼロでかわいい》
《死神、恋愛には弱い説》
「うるせぇ……」
レンはベッドに突っ伏した。
さらに追撃。
《深夜、黒乃ミアが白雪エル宿泊ホテルへ》
「は?」
記事付き。
しかも写真まである。
ホテル正面玄関。
帽子とマスク姿の黒乃ミア。
完全に週刊誌構図だった。
「撮られてんじゃねぇか!」
コメント欄も地獄である。
《これもう公式》
《エルミア助かる》
《死神にも春が来た》
《刺客より文春の方が怖い》
「最後のやつだけ妙に説得力あるな……」
レンは遠い目をした。
一方その頃。
黒乃ミアは朝配信をしていた。
『みんなおはよー』
今日も完璧だった。
笑顔。
声色。
仕草。
すべてがトップVTuberとして完成されている。
当然、コメント欄は昨夜の件で大荒れだった。
《ホテルってマジ?》
《エルちゃんと何してたの!?》
《てぇてぇ供給感謝》
《否定してくれ頼む》
ミアはコメントを流し見しながら、くすっと笑う。
『んー? 秘密かな』
《うわあああああ!!》
《否定しない!!》
《燃料投下やめろ!!》
《公式が最大手》
地獄である。
だがミア本人は楽しそうだった。
「なんで否定しないんだあの人……!」
レンはホテルのベッドで頭を抱えた。
その瞬間。
室内警告ランプが赤く点灯する。
レンの顔から表情が消えた。
「……来たか」
窓の外。
ネオ・トーキョー上空。
武装ヘリ三機。
さらに高層ビル間を飛び回る無数のドローン。
「あー、今日は企業軍の日ね」
最近ちょっと理解してきた。
賞金稼ぎは派手。
企業軍は物量。
どっちにしろ迷惑だった。
スピーカー越しに無機質な声が響く。
『対象確認。死神を排除する』
「朝っぱらからご苦労なことで」
レンはベッド脇の拳銃を手に取った。
同時。
ミサイル発射。
「うわっ!」
爆炎。
窓ガラスが吹き飛ぶ。
超高級ホテルの一室が一瞬で戦場へ変わった。
悲鳴。
警報。
煙。
レンはソファを蹴って跳躍する。
空中で二連射。
パンッ、パンッ!
ヘリ一機のセンサー部が弾け飛んだ。
『機体制御不能――』
そのまま隣のビルへ激突。
爆発。
「うわー……弁償高そう」
その時。
背後。
空気が裂ける音。
レンは反射的に身を捻った。
高周波ブレードが頬を掠める。
「近っ」
黒い強化外骨格。
企業製近接特化兵。
完全武装。
「最近の企業、倫理観どこ置いてきた?」
レンはぼやきながら敵の懐へ潜る。
掌底。
装甲が軋む。
敵が蹴りを返す。
レンは腕で受け流し、その勢いのまま身体を回転。
拳銃を顎下へ押し込む。
パンッ!
頭部装甲が吹き飛んだ。
敵、沈黙。
『第二波、投入』
「うわ増えた」
窓の外にはさらに武装ヘリ。
ドローン多数。
もはや小規模戦争だった。
「配信つけたら絶対バズるなこれ」
思わず配信者思考が漏れる。
その瞬間。
スマホ着信。
【黒乃ミア】
「なんで今!?」
レンは飛来した銃弾を避けながら通話接続する。
『エルちゃん、おはよー』
「お、おはようございます!」
『ニュース見たよ』
「仕事早いなメディア!?」
レンは壁走りでミサイルを回避する。
背後で爆炎。
『……また襲われてる?』
「いやまあ、少々」
『少々かなぁ!?』
ミアの声に、本気の心配が混じっていた。
その瞬間。
レンの動きが一瞬だけ止まる。
(……あ)
営業用の声じゃなかった。
配信用でもない。
本当に心配している声。
その隙を狙って、企業兵が突っ込んでくる。
レンは反射で蹴り飛ばした。
敵兵、壁を貫通して消える。
『今絶対戦ってるよね!?』
「違いますけど?」
『壁壊れる音した!』
「ホテルの耐久が脆くて……」
『エルちゃん』
ミアの声が少し低くなる。
『あとでちゃんと無事確認するからね』
「……え」
『死なないで』
通話終了。
レンは数秒、その場で固まった。
周囲では爆発が続いている。
警報が鳴り響く。
敵兵が迫る。
それなのに。
頭に残っているのは最後の言葉だけだった。
『死なないで』
「……ずるいだろ、それ」
ぽつりと呟く。
昔は、自分の命なんてどうでもよかった。
死ぬならそれまで。
任務で終わるなら、それが当然だった。
でも今は違う。
推しのライブがある。
配信がある。
待っているリスナーがいる。
そして。
「……ミアがうるさいし」
耳まで赤くなったまま、レンは銃を構える。
「はいはい、終わらせますか」
次の瞬間。
死神が消えた。
否。
速すぎて、誰にも見えなかっただけだ。
閃光。
銃声。
爆発。
武装ヘリが次々と墜落する。
ドローン群が火花になって散る。
企業兵の装甲が紙みたいに切り裂かれる。
圧倒的だった。
まるで災害。
数分後。
立っていたのはレン一人だけだった。
煙に包まれたホテルの中心。
彼女は静かに息を吐く。
「……生きる理由、増えるの良くないな」
その時だった。
ホテル支配人の悲鳴が響く。
「弁償額が八億クレジットです!!!」
「高っっっっっ!?」
死神の絶叫が、ネオ・トーキョーの朝に虚しく響いた。




