第5話 死神、初コラボ配信をする
「……無理かもしれん」
レンは床にしゃがみ込んだまま、ぼそりと呟いた。
廊下には倒れた傭兵。
部屋は半壊。
窓の外では黒煙。
なのに脳内を支配しているのは――
『好きかも』
の一言だった。
「いや待て待て待て」
レンは頭を抱える。
「絶対社交辞令だろ。業界トップのコミュ力を舐めるな私」
そう。
黒乃ミアほどの人気配信者ともなれば、距離感の詰め方も一流だ。
ファンサ。
営業トーク。
空気作り。
そういう類のものだ。
理解している。
理解しているのだが。
「好きかもは強すぎるだろ……」
レンはソファに顔を埋めた。
なおソファはさっき爆風で半壊している。
午後一時。
レンは人生最大レベルで緊張していた。
理由は明確。
本日二十時。
黒乃ミアとのコラボ配信。
しかもテーマは。
【白雪エルに迫る! 死神討伐って何!?】
「終わってる」
サムネを見た瞬間の感想だった。
現在、SNSでは完全に祭り状態である。
《黒乃ミア×白雪エル!?》
《今年最大のコラボ》
《絶対見る》
《死神討伐って結局なんなんだ》
そして一部では。
《白雪エルの正体、元軍人説》
《いやサイボーグ》
《爆発耐性が人類じゃない》
「鋭い奴いるなぁ……」
レンは乾いた笑いを漏らした。
その時。
端末通知。
【UNKNOWN CALL】
「……またか」
レンの目が冷える。
通話接続。
『やあ、死神』
聞き覚えのない男の声。
若い。
軽い。
だが、その裏に粘つくような殺意がある。
「誰」
『賞金稼ぎ。今、君の真下にいる』
レンは無言で床を見る。
『三、二、一――』
爆発。
床が吹き飛んだ。
「うおっ!?」
レンは即座に後方跳躍。
崩落した床下から飛び出してきたのは、黒い強化外骨格を纏った男だった。
両腕に高周波ブレード。
異様に細い笑み。
「初めまして、死神さん」
「留守番くらい静かにできない?」
「いやぁ、賞金百億って聞いたらさぁ」
男は肩をすくめる。
「夢、見ちゃうでしょ?」
瞬間。
加速。
レンの首元へ斬撃が走る。
だが。
キィン!!
金属音。
レンはナイフ一本で受け止めていた。
「速――」
男の言葉が止まる。
レンの瞳が、完全に戦闘モードへ切り替わっていたからだ。
「今ちょっと忙しいんだけど」
低い声。
空気が変わる。
男の笑みが引きつった。
「は、っ!」
連撃。
右。
左。
突き。
回転斬撃。
常人なら視認も不可能な速度。
だがレンは。
全部避けた。
「え」
男の顔から余裕が消える。
レンはため息をついた。
「動きが軽いな。東側訓練校出身?」
「!?」
「癖が同じ」
次の瞬間。
レンの掌底が男の胸部へ叩き込まれる。
衝撃。
外骨格がひしゃげた。
「がっ――!?」
男の身体が壁まで吹き飛ぶ。
そのままレンは銃を抜いた。
眉間へ照準。
「終わり?」
「ま、待っ――」
パンッ。
静寂。
レンはゆっくり息を吐いた。
「……掃除増えた」
その時だった。
ピコン。
通知音。
【黒乃ミア:エルちゃん、リハする?】
「はっ!?」
レンの身体が跳ねた。
さっきまでの殺気が嘘みたいに消える。
「いや待って部屋! 部屋やば!」
背景が完全に犯罪現場だった。
死体。
瓦礫。
煙。
「配信できる空間じゃない!」
レンは高速で部屋を見回す。
考える。
三秒後。
「ホテル行くか」
二時間後。
ネオ・トーキョー中心区画。
超高級ホテル。
最上階スイート。
「……なんで私こんな金あるんだろ」
死神時代の報酬である。
ちなみに口座は複数国に分散済み。
脱税対策も完璧だった。
レンは配信機材を展開する。
背景ヨシ。
照明ヨシ。
血痕ナシ。
「完璧」
そして時刻は二十時直前。
同接待機人数。
二百万人。
「いや多すぎるだろ」
レンの胃が痛み始めた。
銃撃戦ではならないタイプの動悸だった。
その時。
通話接続。
『エルちゃん聞こえるー?』
甘く透き通った声。
黒乃ミアだった。
「ひぇ」
『なんで悲鳴なの!?』
「い、いやなんでもないです」
レンの声が明らかに裏返る。
黒乃ミアがくすっと笑った。
『エルちゃん、配信の時と違って可愛いね』
「っ!?」
レン、無言硬直。
開始五秒で致命傷だった。
コメント欄は既に大爆発していた。
《エルちゃん限界オタクで草》
《死神どこ行った》
《かわいい》
《ミア様が攻めてる》
「……これ公開処刑では?」
『じゃあ始めよっか』
配信開始。
同時に視聴者数が跳ね上がる。
三百万。
四百万。
五百万。
「増え方怖っ」
『みんなこんばんはー!』
黒乃ミアの完璧な営業スマイル。
対して。
「こ、こんばんは……白雪エルです……」
完全に借りてきた猫だった。
《緊張してるw》
《エルちゃん初々しい》
《昨日ミサイル避けてた人と同一人物?》
レンはコメント欄から目を逸らした。
その時。
黒乃ミアが楽しそうに笑う。
『今日はいっぱい聞きたいことあるんだよねー』
「はい……?」
『エルちゃんってさ』
一拍。
『なんで爆発に慣れてるの?』
「」
空気が止まった。
コメント欄も止まった。
レンの背中を冷や汗が伝う。
『この前もノーリアクションだったし』
「え、えーっと」
レンの脳が超高速回転する。
言い訳。
誤魔化し。
自然な返答。
そして導き出された答えは。
「実家が工場で……」
《どんな工場だよ》
《絶対嘘》
《工場でミサイル飛ばねぇよ》
「ですよねー……」
レンは遠い目をした。
だが。
黒乃ミアはなぜか楽しそうだった。
まるで。
全部わかった上で遊んでいるみたいに。




