第20話 窓の外にいるのは、だいたい厄介な女
「ぎゃあああああああああ!?」
ネクスト・フェイズ本社、最上階。
その悲鳴は、廊下の防音仕様を軽々と貫通していた。
セキュリティドアの向こうで警備スタッフが一斉に振り向く。
「何事だ!?」
「またテロか!?」
「いや今の声、白雪エルじゃ……」
そして全員が同時に黙る。
――ああ、いつものやつか。
そんな空気だった。
室内。
レンは窓際から三歩後退していた。
心臓が珍しく速い。
呼吸が乱れている。
銃口を向けるより先に、ツッコミが出た。
「なんで逆さまなんだよ!!」
窓の外。
逆さまのまま張り付いている女。
七瀬イヴ。
満面の笑み。
「サプライズ」
「心臓止まるわ!!」
「成功?」
「失敗だよ!!」
ミアが後ろで笑いを堪えている。
完全に面白がっている顔だ。
「エルちゃんの周り、ほんと人材豊富だね」
「人材って言うな」
レンは額を押さえた。
ここ数日で増えた顔ぶれを思い出す。
元上司。
元同僚。
災厄の魔女。
もはや職場なのか戦場なのか分からない。
「で?」
レンは窓の外を睨む。
「何しに来た」
イヴは逆さまのまま、楽しそうに答えた。
「会いに来た」
「それで逆さまになる必要ある?」
「雰囲気?」
「意味わかんねぇよ」
イヴはするりと窓を開けて入ってきた。
重力を無視した動きだった。
足から着地。
何事もなかったかのように髪を整える。
そして一言。
「久しぶり」
その声は、戦場のものではなかった。
驚くほど柔らかい。
まるで昔の知り合いに偶然会ったような、そんな自然さだった。
レンは逆に警戒を強める。
「久しぶりで窓破るな」
「開いてたら面白くないでしょ」
「面白さで侵入すんな」
ミアが興味津々で近づく。
「イヴさんって、ほんとにあの災厄の魔女なんですか?」
「昔の話だよ」
イヴは微笑む。
「今はただの視聴者」
「ただの視聴者は空飛ばない」
レンのツッコミは鋭い。
その時。
配信機材が起動音を立てた。
「……あ」
レンの顔が引きつる。
自動でカメラがONになる仕様だった。
そして画面には――
白雪エル。
ミア。
シオン(映り込む未来確定)。
そしてイヴ。
《え》
《誰この美人》
《また新キャラ!?》
《カオスすぎる》
コメント欄が爆発する。
イヴはカメラに気づくと、軽く手を振った。
「こんにちは」
《こんにちはじゃねぇよ》
《誰!?》
《また美人増えてるんだけど》
レンは天を仰ぐ。
「もう終わりだこの配信」
その時。
イヴがぽつりと言った。
「ねぇ、レン」
「なに」
「昔みたいに戦う?」
空気が変わる。
一瞬で。
冗談の気配が消える。
イヴの瞳が、少しだけ細くなる。
楽しそうで。
でも確実に危険な目。
レンは数秒黙った。
「嫌だね」
即答だった。
イヴは少し驚いた顔をする。
「え」
「今は配信中」
レンはカメラを指差す。
「仕事」
「戦争じゃない」
その言葉に、部屋の空気が一瞬止まる。
イヴは小さく瞬きをした。
そして。
「そっか」
微笑む。
「なら私も仕事しよ」
「お前の仕事なんだよ」
「推し活」
「やめろその職業」
その瞬間だった。
通信が割り込む。
【緊急接続:アルトマン】
モニターに黒い画面。
アルトマンの顔。
疲れ切っていた。
『七瀬イヴ』
低い声。
『そこにいるな』
「いるよ」
即答。
『……なぜそこにいる』
「レンに会いに」
『理由になっていない』
「十分でしょ」
レンは頭を抱える。
「おいアルトマン、説明しろこの状況」
『説明することが多すぎる』
珍しく投げやりだった。
『いいか、レン』
『そこにいる女は戦略兵器級だ』
「知ってる」
『そしてお前の過去の最大変数だ』
「知ってる」
『そして今――』
アルトマンが一拍置く。
『おそらくファンだ』
「知りたくなかった」
沈黙。
ミアが吹き出す。
イヴは満足そうに頷く。
「ね、レン」
「なに」
「私、迷惑?」
少しだけ真剣な声だった。
レンは一瞬迷う。
昔なら即答できた。
戦場なら迷いなく切り捨てた。
でも今は違う。
少しだけ考えて。
「……迷惑」
正直に言った。
イヴは固まる。
そして数秒後。
「そっかぁ」
意外とあっさりしていた。
だが次の瞬間。
「じゃあ、役に立つファンになる」
「やめろその発想」
コメント欄。
《新しい概念:役に立つファン》
《一番怖いファンで草》
《また変なキャラ来た》
《エルちゃんの人間関係どうなってるの》
レンは配信画面を見た。
視聴者数。
六千万人突破。
もう笑うしかなかった。
「なぁ」
誰にでもなく呟く。
「これ、本当にVTuberの配信か?」
答える者はいない。
ただ。
窓の外で、夜が静かに深まっていった。




