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第21話 死神の居場所

 人は変わる。


 それはきっと、本当だ。


 昔のレンなら信じなかっただろう。


 戦場で生きる人間は変われない。


 一度血に染まった人間は、二度と元には戻れない。


 そう思っていた。


 少なくとも三年前までは。


 配信終了後。


 ネクスト・フェイズ本社の最上階ラウンジ。


 時刻は深夜一時を回っていた。


 さすがに人影は少ない。


 窓の外には眠らない街。


 ネオ・トーキョーの光が無数の星みたいに広がっている。


 レンは自販機の缶コーヒーを開けた。


 プシュッという音が静かなフロアに響く。


「疲れた……」


 本音だった。


 今日は色々ありすぎた。


 イヴの襲来。


 アルトマンの通信。


 配信中の大混乱。


 コメント欄の暴走。


 気づけば六千万人が見ていた。


 意味が分からない。


 本当に。


「隣、いい?」


 聞き慣れた声だった。


 ミアだった。


 レンは頷く。


 ミアも缶コーヒーを持っている。


 二人並んで夜景を見る。


 しばらく会話はなかった。


 不思議と気まずくない。


 沈黙が苦にならない相手というのは貴重だ。


「ねえ」


 先に口を開いたのはミアだった。


「エルちゃん」


「ん?」


「楽しい?」


 レンは少し考えた。


 簡単な質問なのに。


 なぜか答えを探してしまう。


 楽しい。


 それは間違いない。


 配信も。


 リスナーとのやり取りも。


 ゲームも。


 歌も。


 雑談も。


 全部。


 昔は知らなかった感覚だった。


 誰かと笑うこと。


 次の日を楽しみにすること。


 ライブの当選発表で緊張すること。


 推しにスパチャを投げて後悔すること。


 そんな普通の幸せを。


 今の自分は知っている。


「……まあ」


 レンは少し笑った。


「楽しいかな」


 ミアも笑った。


 嬉しそうに。


 なぜか自分のことみたいに。


「そっか」


 その一言だけだった。


 だけど。


 レンには分かった。


 ミアが聞きたかったのは、その答えだったのだと。


 登録者数でもない。


 人気でもない。


 収入でもない。


 ただ。


 楽しいかどうか。


 それだけだったのだと。


「エルちゃんってさ」


 ミアは夜景を見たまま言う。


「昔、自分のこと全然大事にしてなかったでしょ」


 レンの手が止まる。


「……そう見える?」


「見えるよ」


 即答だった。


「だって死に慣れてる人の顔してるもん」


 その言葉に。


 レンは少しだけ目を伏せた。


 死に慣れている。


 確かにそうだった。


 いつ死んでもいいと思っていた。


 自分の命に価値なんてないと思っていた。


 任務が終わればそれでいい。


 成果さえ残せればいい。


 それが死神だった。


 だから。


 昔のレンは絶対に言わなかっただろう。


 生きたい、なんて。


「でも今は違うよね」


 ミアが続ける。


「ライブ行きたいもんね」


「そこ?」


「そこ」


 レンは吹き出した。


 確かにその通りだった。


 推しの全国ツアー。


 全通予定。


 死んでいる場合ではない。


「あと配信もあるし」


「うん」


「リスナーも待ってるし」


「……うん」


「私もいるし」


 レンが少し黙る。


 ミアは気づいていない。


 自然に言っただけだ。


 だが。


 その一言は妙に胸に残った。


 その時だった。


 自動ドアが開く。


 二人同時に振り向く。


 シオンだった。


 そして。


 その後ろにイヴもいる。


「なんでいるんだよ」


 レンが反射的に言う。


「いたらダメ?」


 イヴが首を傾げる。


「ダメではないけど」


「じゃあいた」


「その理屈嫌い」


 レンは頭を抱えた。


 シオンは缶のお茶を持っていた。


 イヴは高そうな紅茶。


 気づけば四人になる。


 少し前なら考えられなかった光景だった。


 戦場の怪物が三人。


 そして業界トップVTuberが一人。


 意味不明な組み合わせだ。


「ところで」


 イヴが言った。


「アルトマン、動くよ」


 空気が変わる。


 一瞬で。


 レンの目が細くなる。


「根拠は?」


「勘」


「帰れ」


「でも当たるよ?」


「それが厄介なんだよ」


 実際、その通りだった。


 イヴの勘は異常に当たる。


 昔から。


 だから笑えない。


 シオンも静かに頷いた。


「私も同意見です」


「お前まで」


「最近の動きが不自然です」


 レンは考える。


 確かに静かすぎる。


 新型機との戦闘以降、アーク側は大きな動きを見せていない。


 アルトマンにしては妙だ。


 あの男は執念深い。


 諦めるタイプではない。


 むしろ。


 静かな時ほど危険だ。


 夜風が吹く。


 高層階の窓ガラスが小さく鳴った。


 街の光が揺れる。


 レンはその景色を見つめる。


 昔なら。


 こんな時間は武器の整備をしていた。


 次の任務を確認していた。


 誰かと缶コーヒーを飲むこともなかった。


 笑うこともなかった。


 帰る場所なんてなかった。


 でも今は違う。


 配信がある。


 リスナーがいる。


 仲間がいる。


 守りたい日常がある。


 失いたくないものがある。


 だから。


 レンは静かに息を吐いた。


「……来るなら来いよ」


 三人がこちらを見る。


 レンは少し笑った。


 昔みたいな笑い方じゃない。


 誰かを殺す前の笑みじゃない。


 もっと柔らかいものだった。


「今度は逃げない」


 守りたいものがあるから。


 生きたい理由があるから。


 それは。


 かつて死神だった少女が、ようやく手に入れた答えだった。


 その頃。


 ネオ・トーキョー湾岸地区。


 海底数百メートル。


 誰も存在を知らない巨大施設。


 アーク・ヘリオス社極秘研究区画。


 最深部。


 アルトマンは一人、巨大な培養槽を見上げていた。


 青白い液体の中。


 眠る人影。


 無数のケーブル。


 機械音。


 脈動する光。


『適合率九十八パーセント』


『最終起動準備完了』


 無機質な音声が響く。


 アルトマンは静かに目を閉じた。


「レン」


 低い声。


 感情の読めない声。


「お前は間違えた」


 そして。


 ゆっくりと目を開く。


「だから私が証明しよう」


 培養槽の中の人影が微かに動く。


 その瞬間。


 施設全体が震えた。


 警告灯が赤く染まる。


 そしてモニターに表示される。


【PROJECT:REAPER ZERO】


【起動開始】


 死神討伐プロジェクト。


 その本当の切り札が。


 ついに目を覚まそうとしていた。

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