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第18話 災厄の魔女は、推し活を始める

ネオ・トーキョー国際空港。


 深夜。


 巨大なホログラム広告が夜空を照らし、無数のドローンが光の軌跡を描いていた。


 人々は足早に行き交う。


 観光客。


 企業関係者。


 傭兵。


 賞金稼ぎ。


 この街では、それら全てが同じ風景の一部だった。


 その雑踏の中を、一人の女が歩いている。


 長い黒髪。


 黒いコート。


 整いすぎた顔立ち。


 年齢は二十代半ばほどに見える。


 だが、その目だけが異質だった。


 まるで世界の全てを退屈そうに見ているような瞳。


 彼女の名は――。


 七瀬イヴ。


 かつて裏社会で災厄の魔女と呼ばれた女だった。


 空港を出るなり、イヴは立ち止まる。


 視線の先。


 街頭モニター。


 そこに映っていたのはニュース番組だった。


【死神討伐プロジェクト最新情報】


【本日、アーク・ヘリオス社新型機に損傷確認】


【白雪エル、生存】


 映像が切り替わる。


 爆発。


 銃撃。


 瓦礫。


 そして。


 笑いながら配信を続ける少女。


 白雪エル。


 その姿を見て。


 イヴは小さく吹き出した。


「相変わらずだなぁ」


 懐かしそうな声だった。


 だが、その笑みはどこか危うい。


 長年探し続けた宝物を見つけた子供のようでもあり。


 ようやく退屈が終わると知った怪物のようでもあった。


 三年前。


 まだレンが死神だった頃。


 唯一勝てなかった相手がいた。


 七瀬イヴ。


 当時二十一歳。


 レンより一つ年上。


 だが戦場では年齢など意味を持たない。


 問題は結果だけだ。


 レンは戦った。


 一度。


 二度。


 三度。


 だが勝てなかった。


 引き分けですらない。


 純粋に負けた。


 正面戦闘。


 暗殺。


 狙撃。


 情報戦。


 何をやっても通用しなかった。


 それはレンにとって初めての経験だった。


 だからこそ覚えている。


 忘れようがなかった。


「さて」


 イヴはスマホを取り出す。


 画面には配信サイト。


 お気に入り登録一覧。


 その最上段。


【白雪エル】


 指が迷いなくタップする。


 チャンネルページが開く。


 登録者数。


 五千七百万人超。


 配信アーカイブ数百本。


 切り抜き数千本。


 ファンアート無数。


 そして。


 メンバーシップ。


 月額コース一覧。


「……」


 イヴは数秒考えた。


 そして。


 一番高額なプランを押した。


 迷いなく。


 即決で。


「よし」


 満足そうに頷く。


 その瞬間。


 近くを歩いていた若い女性二人組が驚いた顔をした。


「え?」


「今の白雪エル?」


「マジ?」


 イヴが振り向く。


 柔らかく微笑む。


「好きなの?」


「え、はい!」


「めっちゃ好きです!」


 イヴは少し嬉しそうな顔をした。


「そうなんだ」


 そして。


「私も」


 それだけ言った。


 一時間後。


 ネオ・トーキョー中心街。


 高級ホテル最上階。


 イヴは窓際に立っていた。


 眼下には夜景。


 遠くに見える巨大タワー群。


 その中の一つ。


 ネクスト・フェイズ本社。


 彼女は静かに見つめる。


「会いたいなぁ」


 ぽつりと呟く。


 だが。


 その声には殺意がない。


 敵意もない。


 むしろ逆だった。


 懐かしさ。


 親愛。


 執着。


 それらが奇妙に混ざり合っている。


「元気そうでよかった」


 本心だった。


 レンが生きている。


 それだけで少し嬉しかった。


 一方その頃。


 レンは盛大なくしゃみをしていた。


「っくしゅん!」


「風邪ですか?」


 シオンが聞く。


「違う気がする」


 レンは鼻を押さえる。


 嫌な予感しかしない。


 戦場で培った勘が言っている。


 何かが近い。


 しかもろくでもない何かだ。


「アルトマン?」


「それならもっと殺意がある」


「失礼ですね」


「事実だろ」


 シオンは否定しなかった。


 戦闘は続いている。


 新型機との戦い。


 無人機群との消耗戦。


 配信も継続中。


 コメント欄も相変わらずカオス。


《頑張れー!》


《シオンさんかっこいい!》


《エルちゃん生きろ!》


《案件どうなったんだ》


「ほんとだよ」


 レンは真顔で答えた。


 本当にどうなるんだろう。


 スポンサーが泣いている気がする。


 その時。


 スーパーチャットが流れた。


【¥10,000,000】


 コメント欄が止まる。


 レンも止まる。


「……は?」


 桁を見直す。


 間違いない。


 一千万。


 しかも匿名。


《!???》


《バグ!?》


《何その額!?》


 続けてメッセージ。


『頑張ってね』


 それだけ。


 たったそれだけだった。


 レンは目を瞬かせる。


「誰?」


 本気で分からない。


 だが。


 その瞬間。


 ホテル最上階。


 イヴは配信画面を見ながら笑っていた。


「気づかないかぁ」


 少しだけ残念そうに。


 そして少しだけ楽しそうに。


 画面の中のレンは昔と変わらない。


 鈍いところも。


 無茶をするところも。


 全部。


「うん」


 イヴは満足そうに頷いた。


「やっぱり好きだな」


 その言葉は恋にも似ていた。


 だが同時に。


 もっと危険な何かにも聞こえた。


 同じ頃。


 アーク・ヘリオス社地下施設。


 アルトマンは新たな報告書を読んでいた。


『未確認人物、ネオ・トーキョー到着』


『危険度:測定不能』


『推定個体名――七瀬イヴ』


 アルトマンの表情が初めて変わる。


 ほんのわずかに。


 本当にわずかに。


「……最悪だな」


 それは。


 死神が復活した時よりも。


 九条シオンが介入した時よりも。


 遥かに深刻な反応だった。


 そしてその事実を。


 まだレンだけが知らない。


 自分の平穏を壊しに来る最大級の厄介者が。


 すでに、この街にいることを。

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