第15話 白銀の鬼は、オフコラボに現れる
人間には、絶対に遭遇したくない相手というものがいる。
レンにとって、その筆頭はアルトマンだった。
次点で九条シオン。
そして今、その九条シオンが目の前にいた。
「……なんで?」
レンは心の底からそう思った。
場所はネクスト・フェイズ本社の配信スタジオ。
今日は黒乃ミアとのオフコラボ配信の日だった。
事前告知あり。
大型案件あり。
スポンサーあり。
視聴者の期待値も高い。
つまり絶対に荒らされたくない日である。
にもかかわらず。
スタジオ入口に立っていたのは、白銀の髪を揺らす女だった。
軍用コート。
長刀。
無表情。
どう見ても配信業界の人間ではない。
「こんにちは」
シオンが会釈する。
「帰れ」
レンは即答した。
だがシオンは微動だにしない。
「招待されました」
「誰に」
「黒乃ミアさんです」
レンの首がゆっくり横を向く。
ミアがいた。
笑顔だった。
「面白そうだったから」
「子供の理由なんだよ」
「だって気にならない?」
「ならない」
「元同僚で、元ライバルで、今は命を狙ってる相手だよ?」
「だから気になるんだろうが!」
レンは頭を抱えた。
なぜ自分の周囲には、こうも危機感のない人間ばかり集まるのか。
一時間後。
配信開始。
同時接続者数。
三百万人。
開始三十秒で五百万人突破。
《きたあああああ!!》
《オフコラボ!!》
《夫婦配信!?》
《その呼び方やめろ》
「なんで今の拾うの?」
ミアが笑う。
レンは即座に後悔した。
コメント欄は餌を見つけたサメの群れだった。
《夫婦確定》
《公式供給》
《尊い》
「違うからな?」
「否定が弱いよエルちゃん」
「うるさい」
そんなやり取りをしている間にも視聴者数は増えていく。
だが。
本当の問題は別にいた。
画面外。
スタジオの隅。
椅子に座る白銀の女。
九条シオン。
なぜか普通に見学していた。
《待って》
《端っこにいる人誰》
《美人すぎる》
《あれシオンじゃね?》
コメント欄がざわつき始める。
レンは嫌な汗をかいた。
そして。
シオンがカメラに気付いた。
視線を向ける。
会釈する。
《本物だぁぁぁ!?》
《なんでいるの!?》
《処刑人が配信見学してる!!》
地獄だった。
「というわけで今日は質問コーナーです!」
ミアが明るく進行する。
レンは嫌な予感しかしなかった。
案の定だった。
《シオンさんに質問》
《エルちゃんの印象は?》
「却下」
レンが即答する。
しかし。
「答えます」
シオンが答えた。
「答えるな」
シオンは少し考えた後、真顔で言った。
「危険人物です」
「ほらな」
「面倒です」
「おい」
「昔から無茶をします」
「事実だけど」
「それから」
一瞬だけ間が空く。
コメント欄が静まる。
「意外と優しい人です」
レンが固まった。
《え》
《今なんて》
《シオンがデレた》
「違います」
シオンが即否定する。
だが遅かった。
切り抜き確定である。
配信は大盛況だった。
雑談。
ゲーム。
企画。
どれも盛り上がった。
その途中。
レンは何度か思った。
(変わったな)
本当に。
三年前。
戦場しか知らなかった自分。
人を信用しなかった自分。
誰かと笑う未来なんて想像もしなかった。
なのに今は。
隣にミアがいる。
コメント欄が流れている。
視聴者が笑っている。
シオンがいる。
最後だけ若干おかしい気もしたが。
それでも。
悪くないと思った。
配信終了後。
スタッフたちが片付けを始める。
ミアは別件で会議へ向かった。
スタジオにはレンとシオンだけが残る。
少しだけ静かな時間。
シオンがぽつりと呟いた。
「楽しそうでしたね」
「……何が」
「今の生活です」
レンは少し考える。
そして。
「まぁな」
正直に答えた。
嘘をつく理由もなかった。
シオンは窓の外を見る。
夕暮れだった。
ネオ・トーキョーの街が赤く染まっている。
「羨ましいです」
レンの目が少し開く。
その言葉は予想外だった。
「お前が?」
「はい」
シオンは頷く。
「私には無かったので」
戦場しか知らない人生。
それはシオンも同じだった。
だからレンは、一瞬だけ言葉を失う。
「……なら」
気付けば口が動いていた。
「今度配信出るか?」
シオンが固まる。
数秒。
本当に数秒。
世界が止まったみたいだった。
「……本気ですか」
「知らん」
レンは照れ隠しみたいに顔を逸らす。
「別に嫌ならいい」
「出ます」
即答だった。
「即答かよ」
レンは思わず笑った。
シオンも、ほんの少しだけ口元を緩める。
その瞬間。
スタジオの窓ガラスに、小さな赤い光が映った。
レーザーサイト。
二人の表情が同時に消える。
戦士の顔になる。
窓の外。
向かいのビル屋上。
武装した影が立っていた。
そして。
レンのスマホに一通のメッセージが届く。
差出人。
アルトマン。
内容は一行だけだった。
『休暇は終わりだ』
レンは画面を見つめる。
静かに息を吐く。
その横で、シオンが長刀へ手を添えた。
ネオ・トーキョーの夜が、再び動き始めようとしていた。




