第14話 初めてのファンレター
人は、銃弾では死なないことがある。
だが。
コメント欄には殺される。
「……帰りたい」
レンは配信終了後、机に突っ伏していた。
なお、ここは自宅ではない。
自宅は現在も修理中である。
正確には三度目の修理中だ。
一度目はグリムリーパー。
二度目は海外傭兵団。
三度目はゼロ戦。
修理業者からは先日、丁寧な文面でこう連絡が来た。
『もう少し住居を大切になさってください』
「ごもっともでございます……」
レンは素直に反省した。
人生で初めてかもしれない。
◇
現在、彼女がいるのはネクスト・フェイズ本社。
黒乃ミアの所属する業界最大手事務所だ。
数日前。
ミアが軽い調子で言った。
『一人だと危ないし、しばらく来る?』
その結果。
なぜか今、超大手事務所の応接室にいる。
「場違いなんだよなぁ……」
レンは窓の外を見た。
超高層フロア。
最新設備。
警備ドローン。
巨大ホログラム広告。
まるで別世界だった。
三年前まで戦場。
三か月前まで個人勢。
そして現在。
登録者五千万人。
人生の落差が激しすぎる。
脳が追いついていない。
「エルちゃーん」
扉が開く。
ミアだった。
缶コーヒーを二本持っている。
「ほら」
「お」
受け取る。
冷たい。
少しだけ気持ちが落ち着く。
「会議終わったのか?」
「うん」
「どうだった」
「みんな大騒ぎ」
「だろうな」
ミアは苦笑した。
「アニメ化どうするかとか、海外展開どうするとか」
「やめて」
レンは真顔になった。
「そういうの急に言うな」
「なんで?」
「怖い」
本音だった。
ミアは少しだけ目を丸くした。
◇
レンは、自分のことがわからない。
昔からそうだった。
“死神”として育てられた。
戦う方法は知っている。
人を守る方法も知っている。
殺す方法なら、嫌というほど知っている。
だが。
人気者になる方法は知らない。
愛される方法も知らない。
だから時々、怖くなる。
この生活は本当に自分のものなのか。
全部夢なんじゃないか。
目が覚めたらまた戦場なんじゃないか。
「……エルちゃん?」
気づけば黙り込んでいたらしい。
ミアが心配そうに見ていた。
「いや」
レンは笑う。
「なんでもない」
嘘だった。
だが説明できるほど整理もできていなかった。
◇
その時だった。
コンコン、と扉が叩かれる。
「失礼します」
入ってきたのは事務スタッフだった。
二十代後半くらいの女性。
「白雪さん宛に届いていたものです」
「え?」
渡されたのは、小さな箱だった。
レンは首を傾げる。
「案件?」
「違います」
スタッフは少し笑った。
「ファンレターです」
レンの手が止まる。
「……ファンレター?」
「はい」
箱の中には、数百通の手紙が入っていた。
世界中から届いたものらしい。
戦闘配信以降、事務所経由で集まり始めたという。
「こんなに?」
思わず漏れる。
スタッフは頷いた。
「もっとありますよ」
「もっと?」
「倉庫に」
「倉庫?」
規模がおかしい。
レンは恐る恐る一通を手に取った。
手書きだった。
少し震えた文字。
『白雪エルさんへ』
レンは静かに封を開ける。
中には短い文章。
『受験勉強が辛かった時、配信を見て元気をもらいました』
『生きていてくれてありがとうございます』
レンの動きが止まる。
次の手紙。
『父を亡くした時、毎日アーカイブを見ていました』
『笑わせてくれてありがとう』
次。
『病院で入院中です』
『退院したらライブに行きたいです』
次。
『エルちゃんみたいに強くなりたいです』
レンは、そこで読むのをやめた。
「……」
言葉が出なかった。
ミアも何も言わない。
ただ隣にいる。
静かに。
レンはずっと手紙を見ていた。
知らなかった。
本当に知らなかった。
配信の向こうに人がいることは理解していた。
コメントも見ていた。
スパチャも読んでいた。
だが。
その人たちが、どんな毎日を生きているのかまでは考えたことがなかった。
戦場では、他人を知る余裕なんてなかったから。
いつ死ぬかわからない世界だったから。
だから。
今、自分の言葉が誰かの日常に届いていたことが。
少しだけ。
信じられなかった。
「……重いな」
ぽつりと呟く。
「うん」
ミアが答える。
「でも、いい重さだと思う」
レンは何も言えなかった。
その夜。
珍しくゲリラ配信ではなく、予定通りの雑談配信だった。
『こんばんはー』
コメント欄が流れる。
《こんばんはー!》
《待ってた!》
《今日もかわいい!》
「うるさい」
いつもの流れ。
いつもの空気。
だけど今日は少し違った。
レンは机の横に置かれた箱を見る。
ファンレターの箱。
数秒迷ってから口を開く。
「今日さ」
コメント欄が少し落ち着く。
「手紙もらったんだよ」
《おお》
《ファンレター!?》
《よかったじゃん!》
「まぁ……その」
レンは珍しく言葉を探した。
上手く喋れない。
戦闘なら簡単なのに。
こういうのは難しい。
「ありがとう」
静かに言った。
それだけだった。
でも。
コメント欄は一瞬止まり。
次の瞬間。
《こちらこそ》
《泣く》
《ありがとうはこっちだよ》
《ずっと応援する》
画面が優しい言葉で埋まった。
レンは少しだけ目を伏せる。
そして。
本当に小さく笑った。
「……参ったな」
世界最強の元殺し屋は。
銃でもミサイルでもなく。
たった数枚の手紙に、完全敗北していた。
配信終了後。
レンが最後に読んだ一通の手紙。
そこには、たった一行だけ書かれていた。
『白雪エルへ』
『あなたが帰ってくる場所であり続けたい』
レンはしばらく、その文章を見つめていた。
そして静かに目を閉じる。
気づいてしまったからだ。
いつの間にか。
自分にはもう。
帰る場所ができていたことに。




